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四五話 戦士は

 フランはルーを連れ、そのまま祭りを抜けた。

 待ち合わせ場所にはエリィナのほかに、アリアとタロトもいた。

 フランが首を傾げていると、エリィナがつかつかと近づいてきてフランの尻を叩いた。

「家族にぐらい顔見せてから行きな!」

「わかった」

 フランは頷いた。元々そのつもりではあったが、予定に組み込むことを忘れていた。フランは自身の迂闊さに呆れながらも、エリィナのそつのなさに感謝した。

 フランはルーをエリィナに預けると、二人の元に歩み寄る。

「久しぶり、姉さん、タロト」

「フランは、もう!」

 アリアはフランを抱きしめ、顔を両手で挟み込んだ。

「んー、よし。ちゃんと寝てるようね。食事はちゃんとしてる? 強さだけじゃなくて味も気にしないと駄目よ。あとは、服はちゃんと定期的に選択しなさい。してる? ……してるわね。よし。あとは、野晒の場所で寝ないこと。あとは、あとは」

「わかった。大丈夫だから離してよ、姉さん」

 フランの抵抗にアリアは名残惜しそうに手を離した。そして、ルーにちらちらと視線を飛ばし、フランに期待の籠った視線を向けてくる。

 その視線を無視し、フランはタロトへ視線を向けた。

「なんだよ」

 眉間に皺を寄せたままタロトはフランを睨み付けた。そんなタロトの後頭部をアリアははたく。

「ほら、いつまでむくれてんの。もう会えないかもしれないんだから言いたいこと全部言っておきなさい。成人しても反抗期なんて情けないわよ」

 タロトはアリアを睨み付けたが、結局何か言い返すことはなかった。代わりにフランの方へと向き直ると、噛みつくように吐き捨てた。

「どんな気分? たまたま手に入れた強さで全部すっ飛ばして国一番の英雄になった気分は」

 アリアはぎょっとした顔でタロトの顔を見た。しかし、タロトは怯むことなく言葉を続けた。

「それまでは重罪人扱いしてたくせに手の平返しておべっか使ってる連中見るのはどんな気分? 兄ちゃんのこと欠片も知らなかった奴等とか塵芥としか思ってなかった奴等が褒めたたえてくるのはどんな気分? 皆どうでもいいんだぜ、誰だっていいんだぜ。強ければどうでもいい。守ってくれればどうでもいい。訊いてみたくてさ。どんな気分?」

 言われてフランは考えてみた。すると結構あっさりと答えは出た。

「どうあれ、悪くない。感謝されるのは」

 その短い返答をタロトはじっと聞いていた。聞いた後もじっとフランを睨み付けていた。だが、やがて耐えられなくなったのか、手で口元を押さえて笑い出した。

 フランとしては笑われるような返答をしたつもりはなく、どちらかと言うと格好つけたつもりだったので、笑われるのは心外だった。しかし、タロトの笑顔は幼い頃からよく見ていた笑顔で、フランはそれに安堵する。フランが成人してからは会話は少なくなっていたが、フランにとってたった一人の弟なのだ。むすっとした渋面より、楽しそうな笑顔の方が、別れの挨拶には合う。

 フランは二人に軽く手を振り、ルーとエリィナの元へ戻った。

 フランがルーに話しかけようとする、その瞬間にエリィナがどこかへ消えた。エリィナの気遣いだろう。しかし、フランは緊張のあまりそのことに全く気付いていなかった。

 血腑がこれでもかと全身に血を巡らす。ここまで緊張したのはフランの人生でもない経験だ。唾を呑むことさえうまくできない。気を抜くと歯がぶつかり合って音を立ててしまいそうだ。

 ルーの紫の瞳がフランを見つめて来ていた。フランは気圧されないように目に力を込めて見つめ返す。

 フランは深く深く息を吐いた。

「ルー、俺はこれから国を出ようと思う」

「はい」

「目的があるわけじゃない。あてどない旅となるかもしれない」

「はい」

「だが、遠くへ行く。行ったことも見たことも聞いたこともないくらい遠くへ」

「はい」

「だから、その」

「はい」

「良ければ、ついてきてくれないか?」

 ルーの笑顔が固まった。

「え、置いていく気があったんですか?」

 予想外な答えにフランの思考が停止した。フランの思い違いでなければ、ルーは少しばかり怒っているようにも見える。

「いや、勿論、俺としては一緒に来てほしい。だがルーが嫌なら」

「フランさん。いい加減にしないと怒りますよ。あれだけ思わせぶりなこと言っといて、私が嫌がったらはいそうですかで終わらせる気だったんですか。昨夜のあれはなんですか。冗談ですか。本気ですか。冗談ですよね」

 フランは困った。言葉の選択を間違ったらしいことはわかるが、何が駄目だったのかいまいちわからない。

「すまない」

「謝る必要はないです。ただ、なんか、こう」

「すまない」

「怒ってるわけでじゃないです。ただ自分に呆れているというか、フランさんに呆れているというか」

 不意に二人の間に笑い声が響いた。二人の頭に手を置いて撫でているのは、満面の笑みを浮かべているエリィナだ。

「はいはい、じゃあ二人とも行くということでいいね?」

 フランは頷いた。やや遅れてルーも頷く。

 エリィナは二人の手を握り、跳んだ。


 気づけば、三人は先ほどとは全く異なる場所にいた。

 まず空気が違う。呼吸をしたとき息腑に入る空気が湿り気を帯びており、温さを帯びた甘さを感じられる。次に土。非常に湿り気があり、砂原とはまたことなる硬さと柔らかさを持っている。そして景色。茶と緑の生物がそこら中に犇めき、遠くには無数の黄色い輝きが宙に浮いている。

 フランが見たこともない景色。ただ漠然と遠くへ行きたいと思い、こうして見知らぬ土地へ来た。しかし、未知であるということは危険であるということ。多くの未知を感じ取り、フランは改めてそのことに気付いた。

 守らなければいけない。どんなものからも。

 拳を握り締めようとしたそんなフランの手に何かが触れる。

 それはルーの手だった。強張ったフランの手をほぐすように触れ、自然と指が絡み合う。

「行きましょう」

「……ああ」

 そしてフランは歩き出した。

 しっかりとルーの手を握り締めながら。

終わり

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