四三話 決戦
翌日、ルーをエリィナに預けて家を出たフランは、王城の廊下をずかずかと歩いていた。後ろには慌てた様子のグレグがついてきている。
「ちょ、ちょっと待ちなってフラン。落ち着きなよ」
「任せろ」
「任せられるか! そっちは駄目! 駄目だから!」
フランは音を立てて会議室の扉を開け放った。
中にはどんよりとした空気が籠っていた。よほど書いては消してを繰り返したのか炭粉の靄ができている。暗い顔をした戦士に、憔悴を隠せない文官。怪我をした戦士からは血の匂いが漂い、陰鬱なため息の音がこだましている。
飛び込んできたフランとグレグに、みな怪訝そうな顔をした。ここはシン隊専用の会議室。シン隊とゴ隊以外は許可が無ければ入ることすらできない王城内の、更に奥の奥の部屋。そんな場所に見知らぬ戦士が飛び込んできたのだから、それは当然の反応だろう。
しかし、何人かはフランに気付いた。それは三年前からシン隊だったものであったり、三年前の緊急審議会に出席していたものだったりした。
希望と恐怖が入り混じって目で見つめてくるものを無視し、フランは言い放った。
「俺に言いたいことはあるだろう。だが、俺から言いたいことは一つだ。これからマチクイを倒してくる。共に戦う者はついてこい」
それだけ言うとフランは踵を返した。
グレグはぶっきらぼうな態度に慌て、室内の人々に愛想笑いをし、フランの言動に驚き、疑問の視線に目を泳がせ、フランを呼び止めようとし、質問に呼び止められ、すたすたと歩いていくフランと会議室との間で視線を往復させた後、小走りにフランの後を追った。
王城内を出るや否やすさまじい速度で走り始めたフランに、グレグは怒鳴るように話しかける。
「こんな速度じゃ他の戦士がついてこれないよ、フラン! ってか今のなに? どういうこと? 少しぐらい説明しろー!」
突然の感動の再会と思いきや、即座に拉致され、説明もないままこの有様。グレグの不満は爆発しそうだった。最低でもこれから何をしようとしているかの説明くらいは事前にほしかった。というかフランからはまだ久しぶりの一言もないのだ。生きていたことに感激して涙を流しそうになったグレグとしては、もう少し何かないのかと問い詰めたい気持ちでいっぱいである。
フランはいつも通りににこりともせずに、淡々と返事をする。
「別に完全についてくる必要はない。俺がマチクイを倒し終わる頃に到着すればそれでいい」
「フラン一人で倒すって? 本気?」
「ああ」
「できる?」
「できる」
「まあフランがそう言うならできるのかもしれないけどさ」
フランに全力で追いすがりながら、グレグは溜息を吐いた。
「それならなんで他の戦士を募ったのさ。あんなとこに顔出す必要なかったじゃん。あれのせいでずぇーったい僕に色々と面倒な質問尋問降り注ぐよ。お前あのフラン・アーミラーを匿っていたのか! とか、隠れてずっと連絡とってたんだろ! とかさ」
「悪い」
「そう思うなら連絡の一つでも寄こせよほんと」
「悪い。そんな気は起きなかった」
「なんて薄情な奴だ! 嘘でもいいからもう少しごまかそうとしろ! なんか言い訳考えたりとかさ!」
フランはグレグに背中を小突かれた。が、それは全然痛くなかった。
遠くに微かに見えてきたマチクイの背を睨みつけながら、フランは呟いた。
「戦士に必要なのは勇気だ。マチクイと戦う勇気のある人間に、マチクイからサンジュする権利はある」
何を言っているのか分からず、グレグは眉を寄せた。ややあってフランが理由を答えていることに気付き、その理由を咀嚼して聞き返した。
「つまりは、選別ってこと? あれでついてくる戦士がいるか試した感じ?」
「そうだ」
「はー、そんなことできるようになったんだね。偉い! あの愚かで直情的で愚直なフランが人を試すなんてできるようになるなんて思わなかったよ」
「悪いか」
「いや、子の成長を見る親の気分」
フランは色々と言い返そうとして、考えがまとまらず黙り込んだ。しかし、やはり何か言い返すべきだと思いなおし、結局簡素な感想を述べることにした。
「むかつくな」
「事実なんだからしかたない」
フランはむっつりと口を噤んだ。軽口というのは最後まで言い返した方の勝ちだ。年季を考慮したらフランが敵うわけがなかった。
やっと少しやり返せて満足したのか、グレグは得意げに講釈を垂れ始めた。
「まあけどやり方は微妙だね。そういうのは最低でも一割くらいはやれるかもって気分にさせなきゃ駄目なんだよ。怪しげな男がいきなり乗り込んできてあんなこと言ったって、ついてくるのは頭のおかしい奴くらいだって。試験にはなってないね」
「……グレグはついてきてるじゃないか」
「僕は無理矢理連れてかれただろ。自分がしたことを忘れたのか」
「いや、その後の、今」
「あーそう言えばフランの謝罪を聞けてないなー。色々と僕に謝らないといけないことあると思うんだけどなー」
そこまで一方的に言われる謂れはないと思いつつも、逃げる時に何の相談もしなかったことは間違いない。生活が落ち着いてからも連絡をしようなどということは頭になかった。フランは結局黙り込むことによってせめてもの抵抗を示すのだった。
マチクイの全身が見えてきた。どこか無機質な動きで甲殻を蠢かせ、進路上にあるものを呑みこみながら進むマチクイ。進路はまさにフランたちが今来た方向だ。
マチクイの横で跳び回る米粒の様な人影も見える。進路を逸らせないか、気を惹けないか試しているのだろう。または単にマチクイの様子を監視しているだけか。どちらにせよ、恐らくはヌルハの戦士、決死隊のうちの一人だろう。
フランは立ち止り、マチクイを眺めた。
「グレグ。なんで俺を呼びに来なかった。こんなこと、俺が言うのは変かもしれないが」
グレグは呆れかえったように答える。
「フランさぁ。僕はサフィと違って妻子持ちなんだよ。そんな気軽に行方不明の友人を探す旅になんて出れないのさ」
フランは驚きにグレグの方を振り返った。しかし、考えてみると当然のことだ。フランたちはもう二一歳。真っ当な人間ならば結婚して子供の一人や二人はいて当然の年齢だ。シン隊の戦士として戦ってきたグレグは引く手あまただろうし、相手には困らない。
おめでとう、と言うべきか悩み、フランは黙り込んでしまった。
「何度でも言うけど、友人に何一つ言うことなくふっと消えたのはフランだからね。もし祭りに呼んで欲しいなら連絡する手段くらい確保しておいてよ」
「……祭りか」
「そうさ。祭りだよ。マチクイの焼肉祭りだ。別にフランが来なくても何とかなったよ。フランはヌルハという国を舐め過ぎだ。君一人が何とかできるなんてうぬぼれる必要なんてないのに、まったく」
仕方ない奴だ、という目でグレグはフランと目を合わせる。フランも苦笑しながらグレグの肩を叩いた。
「友人に誘われてしまったからな。折角の祭りなんだ、参加しない手は無いだろう」
「言うようになったね」
「俺だって少しは成長するさ」
遥か彼方から二人に向かって伸びてきた触手をグレグが弾き飛ばす。
「口内に入るまでは一応僕も援護するよ。フランは三層の甲殻をぶち抜いて血腑を抉りだす。問題は?」
「ない」
「無駄話の続きは帰ってからね」
「そうしよう」




