四〇話 返却
「じゃあ、剣を返して国を出ましょう」
「出るのか」
「はい。だってここにいたら私、石礫の刑ですよ、絶対。やっぱり前王室と関係ある人は皆殺されちゃったみたいですし、私も指名手配かかっているみたいです」
ルーは自身の首をきゅっと絞めて見せる。
「……やり返そうとか、思わないのか?」
「私一人じゃ何にもできませんよ。国の人が重税や圧政で苦しんでいたりもしてないみたいですし、何かしなきゃいけない気もしません。将来的にはどうなるかわかりませんけど、私はそうしたことを考えるような大人でもありませんから」
「カナリア姫のことはいいのか?」
「姫様はもう死んじゃいました。私もいっぱい悲しんで、泣きました。だからもういいんです」
そう言うカナリアの表情はとても悲し気で、フランにはとても良いようには見えなかった。だからつい口を出してしまう。
「割り切ってるな」
「大切な人が死ぬのも、善い人が死ぬのも、よくあることです。理由がなく死ぬことだってあります。理不尽に。だから、良いんです。もう姫様は死んでしまったんですから」
「そうか」
ルーはさらに悲しそうな表情をする。フランはそれ以上何も言えなかった。
フランはルーに促され、町の中心へと向かう。ヌルハと同じく、三層の城壁の中心部に王宮はあるようだった。門を抜ける時の検問は外壁以外は緩いようで、人ごみに紛れた二人が呼び止められることはなかった。
王宮に近づくにつれ、ルーの歩む速度は落ちていく。布を巻き付けた剣を持つ手には力がこもり、顔から血の気は失せていく。怖いのであろうことはフランにもわかった。しかし、フランが前を歩こうとするとルーはフランの服の裾を掴み、フランの前に進み出る。フランの背後に隠れるようなことはしないのだ。であればフランにできることはもうなかった。フランは黙って半歩後ろをついて行った。
第一城壁、最も内側の城壁の門の前には二人の戦士が立っていた。無関係な市民は立ち入ることができないようだ。戦士は絶え間なく周囲を警戒していて、まるで戦時かのような雰囲気を出している。
ルーが立ち止まった。
「そう言えば、どうやって返すか考えていませんでした」
「大問題だな」
「門の前にそっと置いていくのは不味いですよね」
「よくはないだろう。下手したら誰かに盗まれる」
顎に手を当てて考え込むルー。
「あそこにいる戦士の方に渡すのも不味いですよね。その場で中身を確認されたら大事になってしまいます」
「いざとなればどうにかするが」
「それは最後にしたいです。また追いかけ回されるのは面倒ですから」
「じゃあどうする」
「いっそ王宮に投げ込んじゃいますかね」
「しようか?」
「やっぱり駄目です。これは国宝、これは国宝」
「壊れはしないと思うが」
「そういう問題じゃないんです。これは大勢の人の命の元に作られたものですから、敬意をもって扱わないといけないんです」
「あ」
「あ?」
「××××」
立ち止って話し込んでしまったのがまずかったのだろう。二人は背後から声を掛けられた。振り返ると鋭い眼つきの戦士が腰の剣に手をかけている。
「あー……」
二人の顔からさっと血の気が引く。王宮の目の前での作戦会議は流石に怪しすぎたらしい。言い訳をしようにも相手は既に臨戦態勢と言ってもいい状態であり、余計なことを口にした瞬間ばっさりという可能性もなくはない。
フランはどうするかとルーに目で問いかける。すなわち、逃げるか、少しの間寝ていてもらうか。
ルーが返答に迷っている間に、戦士たちが続々と集ってくる。もしかするともっと前から目を付けられていたのかもしれない。そう思う程度には迅速に周囲を囲まれ、フランたちは進退に窮した。
意を決したようにルーが口を開く。
「××××」
「××××」
恐らくルーはとぼけようとしたのだろう。困惑したような口調で何かを尋ねたようだった。しかし、戦士たちの口調は厳しいもので、二人を見逃す気はなさそうだった。
そのまま暫くの間押し問答が続いていたようだったが、一人の戦士が進み出たところから風向きが変わった。
「ルー」
その男ははっきりとルーの名を呼んだ。隻腕の男だった。
その男を見て呆然とするルーと食って掛かる男。
「××××!」
「××××」
「××××!」
「××××」
会話が始まる。会話というにはあまりに乱暴な会話が。内容はやはりフランにはわからない。しかし、非常に良くないことはわかる。ルーの表情は優れず暗いものになってゆき、男の責めるような口調は苛烈さを増していく。どう見てもルーが圧されているのだ。責められていて、傷ついている。非常に良くない。
フランは口を挟みたかったが、言葉が分からないがゆえにそれができない。ルーが困っているのだから力を貸したいのにそれができない。例え言葉が通じたとしても話術は苦手だ。上手く言い包められてしまう可能性が高い。フランは自身の非力さに歯噛みする。
男の言葉に最初はルーも拒否を示していた。それはできないと断っているようだった。しかし、段々と勢いに押され、その身を縮こまらせてゆく。語尾が消えそうなほど小さくなり、泣きそうな表情をする。フランが逡巡しているうちに、ついにはじっと言葉を聞くだけになった。
静かに男が言う
ルーはそれに頷いた。
くるりとフランの方へ振り返り、ルーは困ったような笑顔を作った。
「すみません、剣を返してくることになったんですが、ヌルハの人を王宮に入れるわけにはいかないそうです。なので、フランさんはここで待っていていただけませんか?」
フランは返事をせずにルーの腕をつかんだ。
「えっと、フランさん?」
フランが返事もせずに眉を寄せているのを見て、ルーは子供をあやすように優しい声を出した。
「大丈夫です。信じてください。ちょっと剣を返してくるだけです」
「信じるとか信じないとかそういう話じゃない」
「えっと、でも、離してください」
「嫌だ」
へちょ、とルーが泣きそうな顔になる。
「急にどうしたんです、そんな子供みたいに」
フランはルーから剣を取り上げると、大きく深呼吸をした。
フランには二人が何を話していたのかはわからなかった。ヌルハ語で話していないから分からなかった。なんとなく内容を察することもできるが、それが全く見当はずれな可能性も十分にある。聞きたいことを整理して纏めるのは面倒だし、齟齬を埋めるのもまた面倒。聞いたからと言って本心からの答えが返ってくるとは限らないし、それを聞いて納得できるかもまた未知である。そうして議論が発生すると、フランの思考の遅さが、口の鈍さが、また面倒に拍車をかける。だからフランはいつも黙っているのだ。
だが、それは怠惰だ。
それによる後悔だけは、もう絶対にしないと誓っていた。
「何を言われたかは知らないが、困っているなら話してくれ。俺は心覚が低いからルーが何を考えているかはわからない。けど、ルーが悲しそうな顔をしているのは分かる。ルーの力になりたい。話して欲しい」
ルーは息を呑んだ。そして、何も言わず、自分の服の裾を握りこんで俯いてしまった。
フランは戦士たちに向き直った。
「剣を届けに来た。それさえ済めば俺たちはここを去る。迷惑はかけない」
すると、戦士のうちの一人がヌルハ語で問いを投げた。
「異郷の人、そこの娘とはどのような関係でしょうか」
「お前らには関係がない」
にべもない返答に、男は顔を顰めるが、フランの説得を諦める気はなさそうだった。フランは逆に男たちに聞き返す。
「なぜこの女を殺そうとする?」
「その娘が罪人だからです。身柄を引き渡してほしい」
「どんな罪を犯した」
「悪しき者に協力し国を傾けた」
「具体的に言え」
「暗君に使えていました」
「仕えて、何をした。罪なき人々を殺したか」
お前たちの様に。そう言わんばかりのフランの口調に、男はやや怯んだ。
「いえ」
「じゃあなんだ」
言い淀む戦士を押しのけ、文官らしき男が進み出てきた。
「失礼ですが、異郷の方。あなたは勘違いをしていらっしゃる」
続く男の口上は川を流れる水の様に滔々としたもので、自国の言語ではないヌルハの言葉であるというのに一切の淀みは見られなかった。
「王というのは国家の象徴でありながらその本質は富の分配者であります。権威と信頼によって税という形で収集した金銭を、外敵の排除や治安の維持といった国の形を為すために必要な物事を行う者へ公平に分配すること。それが正しき善き王の在り方です。逆を言えばこれを為せぬ者に王たる資格はない。王たりえぬ者が行うのは収税ではなく収奪。収奪した富をそれとわかっていて享受するは悪であります。無知は罪ではありませんが、国の文官たるものが国の現状を理解せぬは怠慢であり、怠慢はやはり悪であります。そちらの女は仁徳欠けた前王に使え、その恩恵を享受した大罪人。直接人を殺したかどうかが問題なわけではないのです」
ふー、とフランは深いため息を吐く。横にいるルーは俯いたままだ。
フランは剣を向かいの男に押し付けた。
「長い。よくわからん」
「なっ」
「悪いが、この女は俺の命の恩人だ。殺すと言うお前たちには渡さない」
そして、フランはルーの腕を引っ張って歩き出した。
思わずと言ったように戦士たち道を開け、ルーの腕を引くフランを通してしまう。それほどまでに堂々とした態度だった。何人かの戦士は我に返って止めようとしたが、青い顔をした外の戦士たちに止められた。
呆気に取られた表情でルーは腕を引かれ、戦士たちの包囲を抜けたあたりでフランに抱き上げられる。
「え、フランさん、え?」
「行こう」
「いや、でも。なんか、話が」
「あの場にいる全員を説き伏せて、全員が納得して、手を取り合って、過去を水に流して、なんて、そんな言葉を用意することは俺にはできない」
「そうかもしれないですけど」
「ならもういいだろ」
「でも……」
ルーは隻腕の男に言われたことが気になっているのだろう。罪悪感のようなものを揺り起こされたのだろう。しかし、フランにまそれはどうしようもないことだった。フランの結論はもう変わらない。
「あれ以上何を聞かされたとしても、それでルーを見殺しにすることはないと思う。あそこで言われたことでルーが死にたくなったとしてもそうはさせない。だからもういい。行こう」
フランはひょいと跳んだ。跳んだ後にルーに一声掛けるのを忘れていたことに気づいたが、ルーも一緒に飛ぶことに慣れたのか、はたまたそれを気にしている余裕がないのか、特に慌てたりはしていなかった。
風を切り、一息に国の外に着地する。フランはちらりと背後を確認するが、追手の姿は見えなかった。
フランはルーを下ろし、咳払いを一つ。そして、緊張した面持ちでルーの正面に立つと、大変言いにくそうに切り出した。
「ルー」
「なんですか?」
「その、これからヌルハに行くんだが、一緒に来てくれないだろうか」
ルーはきょとんとした顔をする。それを乗り気でないと受け取ったフランは、慌てて言葉を重ねる。
「俺もルーが行きたい場所に行くことを手伝ったし、剣を返す手伝いもした。だからルーも俺の手伝いをしてくれてもいいんじゃないか? 勿論、後出しでこんなやり方は卑怯だということは理解している。だが、どうしても……」
フランは本気で自分の提案が卑怯な提案だと思っているようだった。自分が言い出したはずなのに、決まりの悪そうな顔でそわそわと指を動かしている。語気もルーがこれまで聞いたことがないほど弱々しい。
「来てくれないだろうか」
まるで叱られることが分かっている子供の様な顔で伺うフランに、ルーは思わず吹き出してしまった。
「喜んで」




