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四話 家

 フランたち四人は並んで帰路につく。夕日が影を長く伸ばす。

 雑談の合間の無言の隙間、それを破るようにプルトが口を開いた。

「すまなかった、フラン。もう少し早く援護に行けると思っていた」

「いい」

「ごめん、ちょっとばかりまた固くなってたんだ、クリイの奴がさ。プルトの拳でも耐えられるくらい。多分サンジュしたんだと思う。それで仕留めるのが遅れちゃった。まあフランなら大丈夫だとは思っていたけど」

「ああ」

「ってかフランは無理して倒しに行く必要はなかったのに。適当に時間稼ぐだけなら簡単だったでしょ」

「……」

「え、なんで僕だけ睨まれるの?」

 戦士としてそんな真似をするわけにはいかないし、適当に手を抜くというのは失礼だし、時間稼ぎがばれたら相手に逃げられるし、苦境を戦い抜いてこそ強さは手に入ると思うし。様々な言葉がフランの脳裏に浮かぶが、結局うまく短くまとまらなかった。結果、無言で眉間にしわを寄せるだけになってしまう。

 その無言をどう受け取ったのか、サフィが呆れたようにグレグを小突いた。

「フランがそんなことするわけないでしょ、グレグは馬鹿ね」

「まったく。一番フランとは付き合いが長いくせにな」

「え、なんで僕罵倒されてるの? 今日僕頑張ったよ。二人倒したよ。ね」

「横取りされた」

「フラン! いやいや、確かにしたけど!」

「ずるい」

「汚いぞー」

 プルトとサフィがくすくすと笑う。それに対してグレグは文句を言うが、フランは素知らぬ顔でそっぽを向いた。

 グレグが甲高い声で抗議し、プルトは耳を塞いで聞こえないふりをする。グレグが詰め寄り、フランは無視する。しかし、グレグに頭を押さえつけられそうになって体を反らせたフランを見て、プルトが訝しげな顔をした。そして、おもむろにフランの左腕をつかんだ。

 フランの顔が微かに痛みに歪む。

「フラン、これ、どうした?」

「大した怪我じゃない」

「別に怒っているわけじゃない。大丈夫なのか?」

「問題ない」

「うん、やっぱりフランの問題ないは信用できないな。うちに来い。逆干渉させる」

「問題ない」

 プルトはフランの腕を引くが、フランはそれに従わない。無言のまま二人はにらみ合い、やがて、プルトが難しい顔をして腕を離した。フランは自身の脇をさする。

 グレグが素っ頓狂な声を出す。

「えっ、怪我してたの? いつ?」

「昨日」

「あれほど怪我に気を付けるように……って、昨日?」

「ああ」

「プルトがやった奴じゃん」

「……ああ」

 言いにくそうに肯定するフランに、再びプルトは腕を掴もうとするが、今度はフランもそれを避けた。

「なんでお前はそう遠慮するんだ。別に金をとりなんてしない。恩を着せるつもりもない」

「わかってる」

「だったら治療させろ。俺に原因あるんだから」

「いい」

「だー、もう」

 二人の間に割って入ったのはサフィだった。

「まあまあ。この時期だからさ、フランも借りを作りたくないんでしょ。例えプルトがそう思わなくても、フランはそう思っちゃうってことでしょ。ただでさえ世話焼きなプルトには普段から色々してもらってるんだからさ。私も含めてだけど」

 プルト以外の三人は、プルトの普段の行いを思い浮かべた。食事を忘れた下級生に注意するのは日常茶飯事、頼まれごとは何でも引き受け、伸び悩む生徒への助言をし、雑事当番の代わり、教官への諫言、貧乏な生徒へこっそりと金銭的な援助まで、一般にお節介と呼ばれる行為を日に一度はしている。改めて考えるとやり過ぎにも思える。

「いや、けど、今回は本当に俺に原因が」

「じゃあまた明日ー。ほらほら、行くよプルト」

 悩みながらも諦めないプルトをサフィは引きずっていく。二人は一区に住んでおり、フランとグレグは二区に住んでいるため、帰路は途中で別れるからだ。

 グレグは立ち去る二人に手を振り、その二人が影に消えたところでため息を吐いた。それは嘆息というよりは憧憬の籠ったものだった。

「真面目だなぁ。あんなんだから下級生に人気なんだよねー」

「いいことだろ」

「フランも見習ったら?」

「それは難しい」

「まああんなに気が利かないよね普通。あれで心覚が高くないって言うんだから本当どうなってんだか」

 グレグは呆れたように首を振った。

「あっち行きたい?」

 不意の問いかけにフランは不思議そうな顔をする。グレグがあっちと指しているのは国の中心。即ち一区のある方向。裕福な国民の住む区域。二区、三区に住む人たちの憧れ。

「別に」

「まだそんなこと言ってんの。ハユウ目指してるんだから最強になってお金持ちになって名誉と王女様を手に入れるつもりなんだーって宣言してりゃいいじゃん。別に恥ずかしいことじゃないし」

 フランは答えなかった。無言の否定だった。

 おやおやとグレグは眉を上げる。常にしかめっ面で堅物で口下手なこの友人がそうしたことを公言しないのは、実現できそうにないことは口にしないように、という真面目さから来ているものだと思っていた。しかし、入隊試験が間近に迫ってもなおそれらを欠片も肯定しないのはどうにも妙に感じる。フランは今季最も強いのは周知の事実であるし、フランもその自覚はあるだろう。まるでそれが実現できない立ち位置にいるわけではない。では否定したことが嘘なのか? それもないだろう。呆れるほど正直なフランが嘘を吐くとはとは思えない。

 少し考え、グレグは思考を放棄した。深い理由があるのかもしれないが、単純にフランにしか分からないくだらない悩みの可能性もある。どちらにしても想像できないのだから、できるのは言葉になるのを待つことだけ。そもそも質問に深い意図はない。グレグは考えるだけ無駄だと判断した。

 世間話に切り替える。

「アリアさん元気?」

「ああ」

「タロト君は?」

「変わらない」

「そっか。反抗期?」

「反抗期かは知らない」

「全然会話してくれないでしょ。家でなんか避けられたり、一緒にいるだけでいらいらしてる感じ出してきたり」

「それが反抗期かは知らない」

「認めなよー。往生際悪いなー」

 フランが立ち止まった。釣られてグレグも立ち止まる。そして視線の先にあるものを見て、グレグが呟いた。

「あれ、呼んじゃったね。タロト君だ」

 前方の広場に数人の子供が集まっている。歳は十代前半。フランたちよりは一回り小さい少年たちだ。ばたばたと砂埃を立てているのは吐け激しく動き回っているからで、もっと直接的に言うならば喧嘩をしているからだ。

 中央にいるのは赤毛の少年。フランの弟、タロト。囲む数人を睨んで牽制している。

「おお、喧嘩だ。いいね。三対一? いや、二人転がってるし、三対三だったのかな? タロト君の方が数的に不利だけど頑張ってる。一人、二人、おお。強い。あっという間にあと一人じゃん」

 ほほえましそうに見る通行人と同様に、グレグも楽しそうに様子を眺める。ヌルハでは子供の喧嘩は基本的に止めない。骨の一本二本ならば経験しておいて損はないと、そう考える大らかな人々が多かった。

 一方、フランはやや苦い顔だ。

「一発入れて、二発、あ、牙入った。強い。爪、爪、拳。良い連携だ。お手本のようだね。ただもうちょっと足も使った方が良いかな。干渉力はあれだけど体勢崩すのには使えるし。追撃! いいぞー」

 グレグは容赦のない追撃をほめたたえる。しかし、フランは舌打ちをして走り出した。

 地面に仰向けになった相手にまたがり、更に拳を叩きこむタロト。周囲の通行人はやはり止める気配はない。所詮子供の喧嘩。そう考えている。

 相手が泣いても殴るのを止めないタロトの手を、フランは後ろから掴んで止めた。

「なにすん――」

「やり過ぎだ」

「……兄ちゃん」

 タロトは反射的に食って掛かり、止めた相手が誰であるかと気づくと気まずそうに顔を逸らした。フランは襟首をつかみ、釣り上げるようにして正面から向き合う。

 不満そうにタロトは口を尖らした。

「兄ちゃんには関係ないじゃん。なんでここにいんのさ」

「帰りだ」

「あっそ。じゃあさっさと帰れよ」

「やり過ぎだ。もう勝負は決まってただろ」

 タロトは答えない。フランはじっと睨みつける。お互い引く気はなかった。

 のんびりと追いついたグレグがのんびりと二人を仲裁する。

「まあまあ、喧嘩ぐらいいいじゃん。強い戦士になるためには大切だよ。僕だってフランだってやってただろ? 誰もが通る道だって」

「グレグは黙ってろ。関係ない」

 端的な拒絶にグレグは呆れたように肩を竦めた。打つ手なし。フランの頑固さを嫌というほど知っているグレグは、兄弟喧嘩に口を出すのを諦めた。

 睨みあう兄弟。

 先に耐えきれなくなったのはタロトだった。

「……わかったよ」

「何がだ?」

 不貞腐れた様子のタロトに対してフランの声は冷たい。

「わかったから離してよ!」

 タロトは叫ぶと、唐突に暴れだす。襟首をつかむフランの手をはじき、フランと距離を取る。フランはそれを無表情に見つめた。

 フランを睨み付け、立ち上がる周囲の少年たちへ威嚇するように視線を飛ばす。どうやらその反応を見る限り、周囲の少年たちは全員敵だったようだ。つまり五対一の喧嘩。それに気づいたグレグはひょうと口笛を吹き、フランに睨まれて慌てて口を手で隠す。

 タロトは脱兎のごとくその場から駆け出した。

 フランは思わずため息を吐く。

「反抗期?」

 フランは答えずに憮然とした表情で歩き出し、その動きが止まる。グレグが不思議に思って顔を見てみると、非常に渋いものを食べたような顔をしている。

 視線の方向を見て、グレグは挨拶をする。

「あ、アドハさんだ。こんばんわー」

 赤銅色の髪を持つ、四十代の男性。フランの父親である、アドハだ。

 挨拶に気付き、アドハもにこやかに会釈を返す。両家の家は遠く、職業上かかわりがあるわけでもない。しかし、幼い頃から子供同士の交遊があるので、顔と名前くらいは把握しており、あったときに挨拶程度はする関係だった。

「やあ、グレグ君。いつもフランと仲良くしてもらって悪いね。こいつは愛想ってもんがないから何を考えてるかわからなくて大変だろう」

「そんなことないですよ。戦士に必要なのは愛想じゃなくて腕っぷしだから、全然」

「いやいや、君みたいな優秀な子がうちのに気を遣う必要はないよ。うちのの<強さ>が大したことないのは知っているだろう? サンジュが嫌いな戦士などが大成できるわけない」

 ははは、と笑うアドハ。それに対してグレグも困ったような愛想笑いを返す。フランは無言でアドハを睨み付けている。

 アドハは息子をちらりと見てため息を吐くと、グレグに対して声をかけて立ち去った。

「気を付けて帰りなさい。試験が近いのだから」

 背中に視線で穴でもあけようとしているのかと言わんばかりのフランに、グレグは頭を掻いた。グレグはアドハがフランに才能がないと本気で思っていることを知っている。強さがないものは勝てないという常識を信じる常識人であると知っている。文官が管理するのは数字だ。文官であるアドハが信じるのは定位官によって数値化された強さ。だからこうして強さが低いのに本気で武官を志すフランとたびたび衝突していることを知っている。

 一度戦士鍛錬場に来れば、わかるのに。そう思いつつも、グレグは口を出したりはしない。アドハにその気がなく、フランにもその気がない以上、口を出すのは余計なお世話だと認識しているからだ。

「本当、なんで仲良くできてないのかな。親子なのに」

「一々俺のやることに突っかかってくるのはあいつだ」

「親は心配なんだよ」

「知るか」

 感情的に吐き捨てるフランに、フランは手を叩いて言った。

「反抗期!」

 フランはグレグを殴った。

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