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三九話 ズムグスタ

 ズムグスタまでの旅程に大きな問題はなかった。街道にでてからは川沿いにまっすぐ進むだけであり、迷うような要素はなかった。野者が出てもフランがいたからか襲ってくることもなかった。道中で出会う旅人は兄妹だと告げるルーの言葉を疑う人はおらず、取引も滞りなく進んだ。順調だった。

 ズムグスタには十日で到着した。当初の予想より早く着いたのは、夜中にフランがルーを抱えて移動したからだ。

 フランは進む先に姿を現したズムグスタを眺めた。一度来たことがあるはずだが記憶とは大分違う気がした。というよりは、ほとんど覚えていないと言った方が正しいのかもしれない。既視感は湧かない。

 赤茶けたネリト造りの家が建ち並ぶヌルハとは違い、建物が全体的に白っぽい。建物の間隔も非常に狭く、一度どこかの建物から火が出たら国ごと燃えてしまいそうなほどだ。街を覆う壁は低く、その気になれば普通の大人でも乗り越えられそうなほどだ。外壁の様子から見るに、野者の襲撃はヌルハより少ないのかもしれなかった。

「さて」

 門から少し離れたところで二人は佇んだ。

「どうやって関所を越す?」

 ルーはフランの問いに顎に手を遣ると、ふむと考え込んだ。

「そうですね。色々とやりようはありますが、宝剣もありますし、一番簡単な奴で行きましょう。こっちです」

 ルーはすたすたと街道を離れ、外壁の周りを沿って歩いていく。フランが不思議に思いながらついて行くと、国を四半周ほどしたあたりで立ち止まった。フランは裏口か審査の緩い門でもあるのかと思ったが何もない。目の前には頑丈そうな外壁が立っている。

 ルーは壁を軽く叩くと言った。

「越えちゃいましょう。フランさんお願いします」

「……いいのか?」

「大丈夫です。ここら辺が一番警備が緩いです。警備体制変わってるかもしれませんけど」

「駄目じゃないか」

「警備が緩いのは色々と理由があるのです。たとえば、隣接しているのが貧民街だとか、王宮から遠いとか、詰め所が遠いとか。人が入れ替わっても都市自体は簡単には変わりません。恐らく大丈夫だと思います」

 納得しかけるフランににやりと笑うルー。

「それに、見つかっちゃったら逃げちゃえばいいんですよ。フランさんに追いつける人は居ませんし、戦士の数が減っている状況で不審者の一人や二人、追いかけまわしている暇はないでしょう。すぐに追手も諦めますって」

「なるほど?」

 ルーは口にしなかったが、そもそもルーが関所を通ること自体危険だった。いくら髪の色を変えたとしてもまじまじと観察すれば自国の王女だと気づく人間は少なくないだろうし、宝剣が見つかっても駄目だ。少しでも怪しまれたらズムグスタ語をしゃべることのできないフランはどうしても追及される。

 フランは周囲に視線を飛ばし、人が居ないことを確認すると、ルーを抱え、ひょいと壁を越えた。

 国の様子が見える。貧民街だというだけあって猥雑な場所。遠くには広場、更に遠くに壁。そして荘厳な白の王宮。

 幸いなことに人に見られることなく、二人は路地に降り立つ。ゴミを漁っていた小型の夜叉が驚いて走り去る。フランはすぐさまルーを下ろし、なにごともなかったかのように軽く服の袖を直す。

「さて、どうする?」

「お昼にしましょう」

 予想外な返答にフランは目を瞬かせた。全く想像もしていない暢気な答えだった。

「いいのか?」

「何がですか? あ、お金なら大丈夫です。丸いののあれこれは高く売れましたからね。こっちに安くて多くて美味しい食堂があるんです。行きましょう」

「あ、ああ」

 フランの認識が正しければルーはお尋ね者の筈だ。前政権で重要な役職も兼ねていた侍女であり、国宝と一緒に消えた逃亡者。ここは敵の本拠地ともいえる場所の筈だ。そんな余裕はあるのだろうか、とフランは困惑した。

 しかし、ルーが鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌で手を引くのだから、フランとしては従うしかなかった。

 連れていかれた食堂というのはフランのよく知る食堂とは違った。客が注文をすると店員が愛想よく応対し、少しすると調理された料理が出てくる。それを食堂内にある食卓で食す。ルーの話は聞いていたが、本当に料理が禁止されていないようだ。量を伝えて金を出せばそれに見合った生肉が出てくるヌルハとは文化が違う。

 料理は美味だった。フランが注文した具だくさんの汁物も、ルーが味見させてくれたふわふわした何かも、食後に追加で頼んだ甘い菓子とやらも、全て美味だった。

「どうです?」

「うまい」

「私の料理とどっちが美味しいですか?」

「どっちもうまい」

「どっちの方がおいしいですか?」

「どっちも同じくらいだ」

 不満そうに肩を竦めるルーに、フランは自分が失言したのではないかと不安になったが、良くわからなかったので忘れることにした。碌に調理器具もなく食材もあり合わせという環境で、店の物と同じような味の料理を用意できるルーは凄いと思ったが、今それを口にするとさらにまずい気がした。

 二人が満足して食堂を出ると、ルーが更に突拍子もないことを言った。

「さて、お次は呉服店です」

「服か? 必要か?」

「はい。ヌルハの服を来た屈強な男が歩き回っていたら警戒されてしまいます。ただでさえヌルハの人はあまりズムグスタに来ませんからね」

「なるほど。しかし今更な気もする」

「だとしてもです。フランさんの服って、丈がぎりぎりじゃないですか。流石に人目を引きます。目立ちます。目立つのはあまり好ましくありません。というわけで行きましょう。前々から目を付けてたお店があるんです」

 目を輝かせるルーに戸惑いつつもフランは頷いた。

 呉服店ではフランは終始首をひねっていた。自分の服を用意するはずだったのだが、ルーが見ていたのは装飾品ばかりだった。フウベの半透明の首飾り。磨かれ光沢を放つナガクサの腕輪。何やら見慣れた棘から削りだしたらしい簪。眼を輝かせては身に着け、フランに感想を求めてくる。

 それが一段落すると次は、フランが着せ替え人形のように次から次へと衣服を着せられた。途中から店員まで一緒になってフランを玩具にするのだが、何を話しているのかわからないせいで口を挟むこともできずなされるがまま。姉のアリアに似たようなされたことはあるが、疲れるばかりであまり楽しくはない。

 結局一つの店でしなりの時間足止めをされた。

「疲れた」

「はい。ですがおかげで良い買いものができました。服どうですか?」

「丈はぴったりだ。が、やはり少し慣れない」

「まあそこは仕方ないです。ズムグスタはズムグスタの気候に合った服になっているんですから」

「そうか。まあ悪くはない」

「よかったです。じゃあ、次は」

 フランは少し身構える。食堂のようなところならば構わないが、また服屋のようなところに連れていかれるのは避けたかった。

「大衆浴場、と言いたいところですが、流石にフランさんと離れ離れになると不安ですね。ここまでの無茶はフランさんがいなきゃできませんし」

「大衆浴場だと離れる必要があるのか?」

「え?」

 少し首を傾げ、ルーはヌルハの大衆浴場が基本混浴であることを思い出した。知識として知ってはいたが、実際に堂々と態度で示されると恥ずかしいものがある。

「××××」

 ルーが呟いた言葉の意味は分からなかったが、なんとなく罵倒だということは感じ取ったフランだった。

「とにかく、そろそろ本来の目的を果たしましょうか」

「王宮か」

「はい。あ、その前に一か所寄っていきたい場所がありました。いいですか?」

「構わない」

 フランは快諾し、ルーの後について行った。

 向かった先は何かの店だった。食堂のようにも見えるが、その割には雰囲気が少し暗い。客を呼び込むような店構えではないのだ。それに、やや小汚くもある。先ほどまで入っていた店のあった通りからは三つほど離れた通りにあり、道幅も店の間隔も狭い。ヌルハで言うなら、裏の街並みに近い街並みだった。

 ルーは頭巾で顔を隠したまま入っていくと、少しの間店内を見回す。そして、一人の女に小走りで近寄り声をかけた。

「××××」

「ルー! ××××! ××××――」

 二人は嬉しそうに抱き合い、何やら言葉を交わしている。しかし、すぐにルーが声を潜め、フランを手招きした。

 フランが近づくと、相手の女は怪訝そうな顔をしてフランを見た。そして、ルーと二、三言言葉を交わす。どうやら怪しまれているらしいことはフランにもわかった。だが、ルーに押し切られたのか、ルーとフランを店の奥に通してくれた。

「××××」

「××××」

「××××」

「××××」

 フランは手持無沙汰に二人の姿を眺める。二人はとても親しげだった。歳の頃は同じくらいかルーの方がやや年下なくらいだろう。見た目はあまり似ていないが、姉妹だと言われても納得しそうなくらいには仲がよさそうだ。会話には時折ヌルハという単語が出てくるが、フランに分かるのはそれぐらいであり、何を話しているかは皆目見当がつかなかった。

 しかし、段々と雲行きは怪しくなってくる。女の口調が鋭いものになり、フランを見る眼つきが怪しくなってくるのだ。

「××××」

 そして、ついに女はフランに対して話しかけてきた。女はにこにこと笑顔を作っているが、ルーは困り顔だ。

「なんて言ってるんだ?」

「それが、その。ヨヒはフランさんが怪しい人だと思っているようで、素性とかを尋ねてきています。色々とぼかして伝えたのが悪かったのかもしれません」

「流れの傭兵のようなものだと答えてくれればいい」

 ヌルハでは戦士を傭兵と呼ぶのは侮辱だった。主もなく、金のために力を振るうのが傭兵の在り方だからだ。それは戦士の在り方と似ているようで全く違うものだ。例え腐りきったケイ隊の隊士であっても、傭兵と呼ばれたら手を出してしまう程度には、はっきりとした侮辱だった。

 ルーもそれを知っていた。だからこそ確認したい気持ちをぐっと抑え、そのままの言葉で女に伝えた。

「××××」

「××××」

 女の表情は露骨に心配そうなものに変わったが、そこはルーが上手く言い包めてくれたようで、段々と柔らかな物へと変化していく。そして、最終的にある程度の不信感は払拭されたのか、先ほどの作り笑いよりは大分自然な笑顔をフランへ向けてきた。

「フランさん、この子は私の幼馴染のヨヒ。幼い頃からずっと一緒に居たんです」

「ハジメマシテー」

 片言のヌルハ語でヨヒが挨拶をする。フランはそれに頷いて返す。

「……なら、つもる話もあるだろう。俺のことは気にしなくていい。出るときに声をかけてくれ」

 フランはそう言って壁に背を預けた。

 ルーは嬉しそうに何度も頷くと、樽に腰かけてヨヒとおしゃべりを始めた。


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