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三八話 準備

 サフィが去り、家の中が沈黙に包まれた。

 フランはサフィの頼みに対して肯定も否定もしなかった。サフィもすぐに返事をもらえるとは最初から思っていなかったのか、マチクイが到着するであろう期日のみを告げて去っていった。サフィはフランの感じ取れる範囲からはいなくなったようだが、本当にヌルハに帰ったのか今もどこかでフランのことを監視しているのかは分からない。数年で化性を大幅に伸ばし哨諜官になっていたような相手だ。どんな強さをどれだけ伸ばしているかなど想像もつかない。

 ルーがそわそわとフランの方を窺っていると、フランはルーの方を振り返り口を開いた。

「ルー。どこか行きたい場所はないか?」

 ルーはその言葉の意味を測りかねた。単純に行きたいところに連れて行ってやるという意味か。それとも好きなところに連れて行ってやるとからそこでお別れにしようといういう意味か。後者は嫌だと思った。しかし、ルーは後者なのだと直感した。

 やはりヌルハを助けに行くのだろうか。だから自分が邪魔なのだろうか。ルーはそう思った。それに対する不満はない。フランは助けに行くだろうと思っていたし、ルーもそれを望んでいる。だが、置いて行かれるのは嫌だった。今一緒に生活しているのは、別に何か約束を交わしたからではない。一度命を助けとはいえ、先に命を助けられたのはルーだ。今は丁度貸し借りのない中庸な状況だともいえる。引き止めるだけの楔もない。

 ルーは酷く動揺した。動揺したことにさらに動揺する。ルーはこの平穏な日々がいつまでも続くと勝手に思っていたことを今になって自覚した。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。フランを困らせるわけにはいかなかった。

 じっと返答を待つフランの目を見つめ、ルーは答えた。

「ズムグスタへ行きたいです」

「何をしに?」

「剣を返しに。あれはきっと、これからのズムグスタに必要なものです」

 フランは少し考え頷いた。それが何を意味するのかはルーにはわからなかった。

「じゃあ出かける準備をしよう」

「今からですか?」

「早い方が良い」

「そうですか。……わかりました」

 そうして荷づくりが始まった。

 物の整理には時間は掛からなかった。元々二人とも逃亡者であるがゆえに持ち物は多くない。フランは着の身着のままで国を出たのだから、所持品と言えば衣服と手製の家具だけだ。ルーも少しばかりの日用品と旅の装備以外はない。ここでの生活の中で作った小物を選別する必要があるくらいで、さしたる手間ではない。

 フランはいつか再び袖を通すかもしれないとしまっておいた衣服を取り出す。三年前はぶかぶかだった服は今のフランには少しばかり丈が足りないが、どうにか目立つほどではない程度の不格好さで収まってくれた。血の汚れも微かに残っているが、少なくとも丸いのの皮で作った衣服よりは遥かに文明的である。

 準備が終わり、。家を出た時にルーははたと気づいた。

「家はどうしましょうか」

「……このままだとメンセンに飲まれるか」

 フランにとっては三年以上過ごした家だ。居心地最高の家とはいいがたいが、流石に多少の愛着は湧いている。

「流石に持ち運ぶというわけにもいかないですしね」

「できるぞ」

「やったらすごく目立ちますよ」

「確かにそうだ。やめておこう」

「はい」

 どうするか二人で相談した結果。家は岩場に置くことにした。他の野者に荒らされる可能性はあるが、少なくともメンセンのように丸ごと食べられるようなことはないだろうと判断してだ。

「最初からこうしておけばよかったんじゃないでしょうか。毎朝毎晩メンセンを蹴散らす手間が省けますし」

 フランは首を傾げた。考えたことがなかった。

「ここだと視覚が優れている者には遠くから見えてしまう。物好きが見に来たら面倒だ」

「今考えましたか?」

「ああ」

 ルーの指摘にフランは素直に頷いた。思いつかなかったことをごまかすのは見事に失敗した。

 フランは家を移動させ、できるだけ岩陰になる場所に配置する。すると早速と言わんばかりに隙間に紐のような野者が潜り込んでいった。どうやら隠れ家に丁度いいようだった

 それを見たルーぽんと手を叩く。

「そうだ。掃除していきましょう」

「暫く……いや、ここにはもう戻らないかもしれない」

 言いづらそうに渋い顔をするフラン。ルーは質問をしたくなるのをぐっとこらえ、手作りの箒を手に取った。

「だとしてもです。××××。ヌルハ風に言うなら、旅立つときには寝床を清め、です」

「初めて聞いた」

「そういうものです」

「そういうものか」

「はい」

 結局、ルーに押し切られる形で二人は掃除を始めた。

 ルーとしては普段から小まめに掃除をしていたつもりであったが、無意識のうちに遠慮していたのか、隅の隅まで塵一つ残さずとまでは掃除できていなかった。部屋の隅のシロチの死骸や、寝台の下の埃。壁の隅にこびりついた滓に、骨組みの隙間に刺さった欠片。丁寧に見れば見るほど汚れは見えてくる。

 軽く掃き清める程度のつもりだったが、最終的には天幕を挙げての大掃除となった。

 掃除中に干した丸いのの肉に気付いたため、ついでとばかりに二人は食事をすることにする。脇道に逸れていることはフランも気づいたが、特に何かを言うことはなかった。

 肉を飲み込み、フランが呟く。

「少しわかった気がする」

「掃除の理由ですか?」

「ああ。うまく言葉にはできないんだが、なんとなくすっきりした。ここに何も残していかないことの確認ができたから、なのかもしれない。ただ、それだけじゃない気もする。上手く言葉にはできない」

「すっきりしました?」

「ああ」

「なら良かったです」

 食べ終え、二人は食器を片付けた。

 そうして掃除を終え、いざ出発となった段で、再びルーが声を上げる。

「流石に路銀がないのは不味いですね。フランさんは幾らかもっていたり持っていらっしゃいますか?」

「ない」

「ですよね。私もここに来た日に水場で落としてしまったようで、一文無しです。換金できるものもいっぱいあったんですけど」

 ルーは水場を探すということを一瞬考えたが、それをすぐに打ち消した。水場は毎日使っていたのに今日まで拾えていないということは、改めて探してみても見つからない可能性が高い。また、仮に見つかったとしても、ズムグスタの方面で換金するには問題があるものが多かった。時間や手間を考えても、別の方法を探した方が良い。

「何か換金できそうなものを持っていきましょうか」

「メンセンの肉とか?」

「あれを買う人はいないと思います」

「強さは豊富なんだけどなあ」

「食べられるなら、そうなんでしょう」

 フランはルーとジルがメンセンの肉を食べた時の表情を思い浮かべ、そうかもしれないと納得した。フランとしても味わう気にはまったくなれない味だ。食事を娯楽と捉えている節のあるズムグスタの人間には辛いかもしれなかった。

 売れそうなものと聞いて、フランは頭を捻る。

「丸いので作った楽器は?」

「あれは人に売るような出来ではないと思います。が、あれの筋は売れるらもしれませんね。とっても頑丈ですから」

「なら取ってこよう」

「ついでに干し肉にもなってもらいましょう」

 フランがメンセンを獲り、皮を剥ぎ、筋を取り、肉を燻す。そうこうしているうちにまた別のことを思いつき、また別の作業を行う。そうして、あれもこれもと脇道に逸れ続けていると、日も段々と傾いてくる。

 大体のことを終わらせる頃には日が暮れていた。

「ここからズムグスタへはどのくらいかかる?」

「フランさんの足なら一日もあればいけそうですけど、私もいるので歩いて二十日程でしょうか。二日も歩けば街道に出ますが、それまでは砂原を進まなければいけません。最低でも一食と、野宿の用意。水は目一杯用意しておかないといけませんね」

「そうか」

「あ、砂原を抜けるまでは、フランさんに私を運んでもらっても良いですか?」

「砂原と言わずズムグスタまで運んでも大丈夫だが」

「王都に入る前に情報収集もしておきたいですし、道中商人がいたら、その、大変図々しくはありますが、下着なども買いたくて」

 フランは不思議に思い、気づくと同時に思わず目を逸らした。ルーと一緒に二季も過ごしたというのに、そうした配慮を行ってきていなかったことに気付いたからだ。しかし、今更それらを言及するのも憚られる。

 ルーはごまかすように明るい声を出した。

「私達は兄妹の旅行者ということにしておきましょう」

「流石に見た目が違いすぎないか?」

「髪と目の色さえ揃えておけば怪しまれないと思います」

 ルーは目を閉じて力を込めた。すると、髪の色がゆっくりと赤く染まっていく。再び目を開くと目の色も紫から焦げ茶に変わっていた。

「なるほど。だが、辛くはないか? 見た目を変え続けるのは大変だと聞いた」

「色変えてるだけなので大丈夫です。だけと言いますかこれが限界なんですけどね」

「変えられるだけすごい。俺はできない」

「前挑戦した時は十日くらいは余裕でした。夜中は戻しておけばもっとずっと伸びると思います」

 気合に満ちた表情に、ほどほどに頑張ってくれと注意し、フランは沈む夕日に目を遣った。

「出るのは明日にしよう。もう日が暮れてしまう」

「はい」

 陽が沈み切る前に、掃除した家の床に敷き布をし、二人は横になった。

 フランはルーの背中をちらりと盗み見た。すると、寝返りを打ったルーと丁度眼が合ってしまった。今日はよく晴れているようで、月の光が非常に明るく、家の中でも薄っすらとお互いの顔が認識できた。

 二人は特に何かを語り合うこともなく眠りについた。

 翌朝、二人は家を出た。

「いってきます」

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