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三七話 化性

 ある日、フランが家の中で椅子を作っていると、外からルーに呼びかけられた。

「フランさん! 来てください!」

 その声は酷く慌てたもので、何か異変が起きたことをはっきりと伝えてきた。

 フランは即座に家を飛び出すと、声をした方へ走った。

 ルーは家と水場を繋ぐ道を必死に歩いてきていた。特に怪我をしていたりする様子はない。そのことにフランは安堵する。しかし、ルーがひきずっているものを見てフランは一瞬足を止めてしまった。ルーはその肩を一人の人間に貸していた。

 その人間はぐったりとしており、一人では立っていることもできなさそうだった。髪は朝焼けの色。肌は骨の色。中肉中背の男だ。見たことのない容姿をしている。出血はなく、大きな怪我もなさそうだった。フランは眉間に皺を寄せ、その男を睨み付けた。

「フランさん! この人が、そこの泉に倒れてて……! 恐らく陽障りです! 水は飲ませたので、日陰で休ませないと!」

 ルーはそのまま家に運び込むと、長椅子に寝かせる。フランも一応手を貸したが、最低限と言ってもいいほどで、その態度はよそよそしかった。

 男は横になったまま掠れた声で礼を言った。

「すみません、ありがとうございます。見ず知らずの他人にこれほど親切にしてくれるなんて……」

「いえ、気にしないでください。大事に至らずよかったです。ね、フランさん」

 笑顔でルーは振り返った。ルーはフランが男のことを心配して黙っているのだと信じて疑っていなかった。又は、単純に見知らぬ人相手に緊張しているのだと、そう思っていた。

 しかし、フランは固い表情を崩さず、低い声で男に問いかけた。

「で、何の真似だ。サフィ」

 男の柔らかな笑みが凍り付いた。そして、ゆっくりと氷が融け落ちるようにして笑みは消えてゆく。男はつまらなそうな顔をして、フランから目を逸らした。

「……そうか。ならこれ以上の芝居は止めておくよ」

 男の姿がゆっくりと変わっていく。髪の色が赤から黒に。肌の色はやや血色がよくなる。やや角ばっていた顔の輪郭はすっきりとした卵型になり、各部位は均整のとれたものになる。体格さえも変化し、身長は縮み、体つきはほっそりとした痩せ、女性特有のやや丸みを帯びた線が現れた。

 化性が高いものの中でも珍しい変身の能力。髪の色を変えるくらいはできる人も多いが、性別を偽れるほど変えることのできる者は少ない。戦闘力が高くならないためその能力は重視されていないが、哨諜官などになるためには必須ともされる能力だ。

 そこに座っていたのは黒い髪の強気そうな女性。フランの幼馴染、サフィだった。

「よくわかったわね。フランはこれを知らなかったはずだけど、ハユウにもらった強さのお陰かしら」

 フランはそれには答えなかった。いくら見た目を変えようと歩き方でわかった。それぐらい長くつきあってきたのだ。だが、それをここで言う気にはなれなかった。

 助けを求めていた男は自分をだまそうとしていて、フランの知り合いだという。その事実を把握したルーは警戒を露わにする。

 フランはルーの前に出ると、再び問いかけた。

「何の用だ」

「マチクイが出たわ。ヌルハの国に向かってる」

 極めて端的な言葉に、フランとルーは息をのんだ。

 マチクイとは巨大な野者の名前であり、大きさは小さいもので町と同じ程度。大きいものとなると国と同じ程度。強さはおよそ一〇〇〇〇から五〇〇〇〇。生態は不明だが、数十年から数百年に一度、砂の中から地上に露われては地上にあるものを根こそぎ呑み込んでまた砂の中に消える。災害の一種であり、過去いくつもの国を滅ぼしている。

 マチクイの進路にある国の人々は選択を迫られる。進路がそれることを願うか、国を捨てて逃げるか、戦って死ぬか。ヌルハの国も過去に二度襲われており、その二度は多数の戦士とハユウの命を持って撃退している。

 それが現れたという。フランは無意識に両手の拳を握り締めた。

「……俺の強さを寄こせと?」

 サフィは鼻で笑った。なんとも投げやりな笑い方だった。

「そこまで傲慢になれるほど上法院の連中も阿呆じゃないわ。あなたを力で従わせることはできない。かと言って今のあなたには権力も届かない。あなたの親族を罰しようにもあの伯母さんがいたらそれもできない。だから頭を下げてお願いしに来たの。力を貸してくださいって。膨大な強さを持つあなたの力を。国の危機であり、大勢の民の危機だから、多少の遺恨は忘れて手を取り合いましょうって」

「随分と投げやりだな。お願いをしている態度には見えない」

「当たり前じゃない。馬鹿馬鹿しいって馬鹿にできる話ですらないわ」

 サフィは不機嫌そうに吐き捨てた。何が気に食わないのかフランにはわからなかったが、別にフランの気持ちを慮っていたりするわけではなさそうだった。

 皮袋が地面に投げ捨てられた。重く硬質な音が室内に響き渡る。袋の口から溢れ出たのは大量の硬貨だ。フランが見たこともないような大金が詰まっているだろうことは容易に想像ができた。

 拾えとでも言っているかのような態度にルーは困惑したが、フランもサフィも気にしている様子はなかった。サフィはフランがそんなものは求めていないと分かっていて、フランもサフィがわかっていることをわかっていたからだ。

「礼は用意するわ。あなたの望み通りの報酬を上は確約したから、大抵のものは手に入るでしょう。勿論、あなたの身の安全も保障する。手を出そうとするような動きはアイレイン家が全部潰す。怪しい動きをした時点で即座にね。報酬は物以外でもなんでもいいわ。三年前のあの場にいた全員の頸が必要だというのなら私がこの手で持ってくる」

 突然の物騒な発言に、ルーはぎょっとした。ルーが聞いた限りでは、その全員というのは国の中枢を担う人々のはずだ。正気なのかとルーはサフィの眼を見た。

「お前ができるのか?」

「やるわ。じゃないと皆死ぬもの。あなたを馬鹿にした彼らや私たちだけじゃなくて、何の罪もない人々も皆」

 サフィの目は狂気を湛えつつも、理性の色を見せていた。判断力や思考力が落ちていたりするわけではなく、冷静に思考した末の答えだと、その目が伝えてきていた。

 ルーは思わずフランの前に出た。そして、サフィに食って掛かるようにまくし立てた。

「か、勝手すぎます。いきなり来て、力を貸せとか、首をやるとか、そんなの。そんなの……!」

 すぐに言葉に詰まるルーを見て、サフィは面倒くさそうにフランに聞いた。

「この子は?」

 しかし、フランはその問いにも答えなかった。フランはルーの腕を掴んで自分の横へと引き寄せると、サフィから隠すようにして再び前に出た。

「それより、一つ聞いて良いか?」

「なんなりと。あなたはこちらの命を握ってるのよ。許可を取る必要は無いわ」

 憂鬱そうに答えるサフィは、続くフランの質問に息を呑んだ。

「なんでお前が来た?」

 眼を見開き、ぐっと歯を噛み締める。フランでもわかるほどにサフィは動揺していた。痛いところを突かれたと顔に出ている。

「それは、私が哨諜官で」

「違うだろ」

 大きな目があてどなく彷徨う。フランからルーへと、ルーから家の壁へと、壁から床へと。そして、嘘は無駄だと諦めたのか、サフィは大きくため息を吐いた。

 なんでそんなことばかり気付くのか、とサフィは呟いた。

「このお役目、あなたのお姉さんもグレグも断ったわ。だから私に回って来たの」

 きっとフランを睨み付ける。その獰猛とも表現できる表情は、昔からサフィが最も真剣なときにする表情だった。

「私は、別にあなたになんと思われようとも構わない。残っているかもわからない微かな友情を恃みに無恥なことをしているとも承知している。これであなたがどんなに傷つこうともどうでもいいわ。だって、こうしないと多くの人が死ぬもの。大勢の命を救うためには私にはこれしかできない。だから這いつくばってお願いします。どうか力を貸してください」

 そうしてサフィは地面に額をこすり付けた。

 フランの腕をルーが強く握った。


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