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二七話 問い

 夜、フランは中々寝付くことができなかった。

 庇いあうようにして地面にうずくまる二人の姿が脳裏に焼き付いている。

 男の方は非常に強そうだった。しかし、瀕死だった。女の方は元気だが弱そうだ。二人とも明日の朝までにはメンセンに食べられて死んでいるだろう。

 そう思うと胸がざわついた。二人とは初対面であり、異邦人であり、何の関係もない筈なのに。それでも二人が死んでいくところを想像するのが止まらない。その場面を想像してしてまうと、胸の奥に渦巻く何かが、吐き気の様なものが、喉の奥まで混みあがってくる。

 じわりじわりとメンセンが家のあった広場を埋めていく。メンセンは止まっているように見えても常に縄張り争いをしているので、それに押されて空白の地帯は消えていくのだ。それに女が気づく。しかし、どうしようもない。焦り、男を起こそうか迷う。男は気絶している。女はまだ時間があると先延ばしにする。その合間にもメンセンは迫ってくる。やがて男を寝かせておく隙間スラ亡くなる。女は男の半身を起こ手自分にもたれさせる。もう時間がない。女は男を起こそうとする。男は起きない。女は男の膝を曲げさせ、必死に身を縮こませる。メンセンが進む速度は変わらない。ついにメンセンが二人に気付く。触手を伸ばす。悲鳴。手足を引っ張られ、千切れ、天辺の口から飲まれていく。咀嚼。悲鳴。咀嚼。悲鳴。男が痛みに気付いて意識を取り戻してももう遅い。

 そんな想像をしてしまう。眠れないのはいつものことだ。やることなく寝てばかりいるフランが夜寝付くことができる道理はない。しかし、それを考慮しても普段とあまりに違う。落ち着かない。

 助けにいきたいのだろうか。そんなことはないと頭を抱え込む。人と関わるのはもうたくさんだと思っている。そうはっきりと思う。

 じゃあ何を迷っているのだろうか。その問いに答えを出すことはできない。悶々と同じ質問が頭をこねる。

 考え、考え、迷いに迷う。何に迷っているのかさえわからない。それが非常に苛立たしい。

 フランの耳元で顔のない誰かが言った。

「そういう時は一度全部取っ払って考えればいい。自分が違うと思っていることを肯定して考えてみれば良い。そうすれば思考は進む。間違った方向だとしても、停滞しているよりは有意義だ」

 普段ならば幻と会話などしない。しかし、気付けば口から言葉が零れ出ていた。

「俺は何をしたい? なぜ眠れない。どうやったら眠れる」

 二人のことが気になっているから眠れない。

 言葉にしてみると、簡単にその思考に至る。

「どうやったら眠れる。助けに行けばいいのか? 俺はそんなことをしたいのか?」

 違うと思っている。しかし、それを嘘だとしてみる。つまり自分は助けに行きたいのだとフランは考える。

「じゃあ助けに行けばいいじゃないか。俺の力なら簡単だ。俺の強さなら簡単だ。メンセンを蹴散らして、この家に連れてくればいい。ここなら安全だし、暫くは休める。なんなら群れの外に連れていくことだってできる。なんだってできる。俺には何でもできる」

 その言葉は酷くフランの頭を痛ませた。まるでそれをしたくないかのように、拒否感が全身を撫でまわした。まずい、と直感する。これはこれ以上考えてはいけないことだと。

 やはり自分は助けたくないのだろう。そう結論付け、フランは思考を止めた。

 しかし、そんなフランの正面で幻が笑った。

「物事はそんなに単純じゃないでしょう。したいけど、したくない。そんなことはいっぱいあるわ。したいけど、しちゃいけない。したくないけど、しなきゃいけない。したいけど、できない。したくないけど、できる。したいけど、したくない。面倒だよね、本当に」

 助けに行きたいけど、助けに行きたくない。その言葉すっとフランの腑に落ちた。

 ならば次だ。フランは服の襟を握りこむ。頭が痛い。割れそうなほどに痛い。

「なんで俺は助けに行きたくないんだ?」

 人助けは嫌か。その問いかけに対する答えはすぐに見つかった。いや、別に嫌ではない。したいと思っているわけではないが、したくないと拒絶しているわけでもない。

 失敗を恐れているのか。助けに行って、もう死んでいたときに感じる無力さが嫌か。それも違うはずだった。なぜならこの拒否感は最初にあった時から感じていたものだからだ。あの時点では失敗なんてありえなかった。森の中に置いてきてしまった今とは違って。

 じゃあなんだ。何が嫌なんだ。フランは自問する。

「拒絶されることでしょう?」

 髪の長い誰かが囁く。

 拒絶されること? フランは納得しかけ、強くかぶりをふる。

 そんなことはない筈だった。人に自分のことを恐れられようが、嫌われようが、どうでもいいはずだった。見知らぬ誰かに嫌われたところで、傷つくような繊細な精神はしていない。そもそも、人助けをして拒絶されることなどあるのだろうか。人に助けられたら人は感謝をする筈だ。そう考えると尚更意味が分からない。フランはそう考え、それを否定した。

 女性がくすくすと笑う。とても不吉な笑い方だった。

 フランは思わず耳を塞いだ。こんなに機敏に腕が動いたのは久しぶりだった。先ほどの戦いの時より、ずっと素早く手が動いた。

「ええ、違うわ。もうあなたは分かっているでしょう」

 わかっていない。そう思いつつも、それにはすべてを見透かされているように感じた。

「あなたはあなたの無価値さを恐れているのよ。それを人に知られることを恐れているのよ」

 ずきり、と頭が痛んだ。フランは息ができなくなった。

「俺は無価値じゃない」

「あなたに価値はあるの?」

「俺には強さがある」

「そんなものに価値があるの?」

「あるはずだ。ないなら何故皆が求める」

「使うためよ。振るわれない力に意味はないわ。自分以外の誰にも知られない力に意味はない」

 息を吐くことはできる。しかし、吸うことができない。まるで体を縛りあげられ、ぎゅうぎゅうに締め付けられているようだった。

「あなた、強さ意外に価値はないの?」

「……ある、はずだ」

「意思も目的ももなくして、それでもあるの? まだ何か残っているの? ならあなたは何故寝ているの? いつもいつも寝ているだけなの? 見なさいこの不格好な家。不格好な家具。不格好な服。あなたは何もできないわ。お腹が空いたらメンセンを食い散らかして、することがなくなったら寝る。そんなあなたにまだ何かあるというの? 無価値よ。無為よ。あなたにはなんにもない」

「違う」

「一人じゃ何もできない」

「なんでもできる」

「一人じゃなにもしない」

「するさ。やる必要があるならやってやるっ」

「まあ素敵。それが本当ならね」

 フランは寝台から立ち上がる。横になっていることさえできないほど、気分が悪い。立ち上がって何かをしていないと耐えられない。

 幻は追いかけて来て、フランの背にふんわりともたれかかった。振り払おうとしたが手が動かなかった。幻は楽しそうにフランの耳元に顔をよせる。

「なんにもなくて」

「違う」

「それを知られるのが怖い」

「違うっ」

「それを知られて」

「違う!」

 その幻は、いつの間にかはっきりとした形を取っていた。黒い髪、白い肌。からかうようにはにかむその仕草。

「また捨てられるのが怖い」

 それは、アーナだった。

 フランは家を飛び出した。

 一歩の跳躍で空を裂き、長い滞空の後に元々家があった場所の近くに着地する。衝撃でメンセンが二本吹き飛んだが、メンセンの群れは少しざわついただけであり、またすぐに静かになった。

 フランはゆっくりと振り返り、確認する。しかし、そこに二人の姿はなかった。既に食べられた後かと思ったが、その割にはまだ広場が残っている。注意深く確認すると、血痕が点々と一つの方向に移動していた。危険を察知したのか、はたまた別の理由かはともかく、二人は既にここを離れたらしかった。

 シロチが血にたかり始めていることから、移動したのは半刻ほど前だろう。移動し続けているならばそこそこ離れてはいるだろうが、瀕死の男を連れた女の足だ、すぐに追いつけるだろう。

 フランは血の跡をたどって歩く。下手にメンセンを刺激して消えてしまっては血痕が消えてしまう可能性もあるため、いつもと違って慎重に移動する。足音を消して移動するなんてのは三年振りだったが、思ったより簡単だった。体は一度覚えたことをそう簡単には忘れないらしいかった。

 真っすぐ進んでいくと、思ったよりだいぶ早く二人の姿を見つけることができた。フランがよく使っている泉のほとりに二人で座り込んでいた。男の方は気絶しているらしく、女の膝に頭を預けて動かない。女は男の傷に布を当て、優しくなでている。

 フランは声をかけるために近寄ろうとして、足を止めた。なぜか足が言うことを聞かなかった。こんなことは初めてだった。巨大なカツノを相手にした時も、コゲツキになりかけたメンセンを相手にした時も、シユラを相手にした時だってこんなことはなかったのに、まったく足が言うことを聞いてくれない。意思に反して動かない。どんな時も思った通りに動かせるようにあれだけ鍛錬したというのに。フランは混乱した。

 二人がいる場所は危険な場所だった。なぜならば、メンセンがいない。このメンセンの群生地はメンセンが密集しているが、だからこそメンセンのいない場所が最も危険なのだ。メンセンがいないということは、そのメンセンを食す存在がその付近にいるのだから。

「俺は強い」

「そう」

「俺は無敵だ。シユラさえ相手にならない。この三年で三匹も殺した。皆弱かった。俺より強い野者はいなかった」

「凄いわね」

「俺は強い!」

「本当に?」

 息ができない。頭がずきりと痛む。

 女は手拭を泉の水につけ、折りたたんで男の額に乗せた。その際、透き通った水の跳ねる音が響いた。それは不味い行動だった。泉の中にいる野者に何かがいることがばれてしまう。

 泉に影が差す。女は気づかない。

 泉からぬらぬらした野者が飛び出す。女が悲鳴を上げ、男を庇う。

「ねえ――」

 誰かが何かをフランに囁いた気がした。

 フランは飛び出し、その野者の頭部を砕いた。続いて、横っ腹を蹴り飛ばし、野者の軌道を変更する。野者は重い音を響かせながら、ごろごろと岸を転がった。

 フランと驚く女の眼が合った。女は綺麗な紫色の瞳をしていた。

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