二六話 群生地
骨が腐っていく気がする。そんな錯覚が身を包む。フランが生きている限り、フランの存在強度がある限り、フランの体が勝手に朽ちていくことはない。しかし、何もすることもなく横になっていると、一日中ずっとそうしていると、本当に腐っているんじゃないかと思い始めてくる。腐り、溶け、じくじくと滲み出た何かが肉を侵す。嫌悪感はあるが、立ち上がって確かめる気力はわかない。腕を動かす気力さえもわかない。定期的に騒がしくなるメンセンを黙らせるために起き上がったとき初めて、自分の体がしっかりと機能を保っていることを確認する。そんな日々をフランは繰り返していた。
寝て、起きて、微睡んで、寝る。
食べて、寝て、起きて、寝る。
何日も、何日も。
固い寝台に体を転がし、フランは静かに眠っていた。
物音がした。メンセンだろうか。ぼんやりとそんなことを考える。今いるここはメンセンの群生地。人は来ない。だからメンセンが獲物をむさぼっているのだろう。そう考え、フランは無視した。
しかし、再び物音がした。硬質な物同士がぶつかり合う音。何かの話し声。人の声だ。人が居る。フランはまともに働かない頭でそれを理解した。
「××××」
「××××」
何を言っているのかわからない。遠くて少し聞こえにくい。
更に耳をそばだてようとして、唐突にどうでもよくなった。いつもの幻かもしれない。そうに違いない。そう考え、フランは再び目を閉じた。
何も見ないように眼を閉じていよう。何も聞かないように耳を塞いでいよう。何も考えないように、何も思い出さないように。
しかし、それはなされなかった。フランの朦朧とした夢は轟音によって打ち壊された。家の入口の扉が破壊され、外気が吹き込んでくる。同時にごろごろと床を転がる重量感のある何か。ぶつかられた手作りの椅子は砕け散った。隙間だらけのあばら家とはいえ、外気とは大分気温差があったらしい。そんな抜けた感想を抱きながら、フランはうっすらと瞼を上げ、転がり込んできたものを見た。
転がり込んできたのは人だった。乾いた砂の色をした髪と濡れた土の色をした肌を持つ男。あちこちから血を流しており、既に体力を使い切っているようだ。必死に地面を掻いているが起き上がることはできないらしい。
フランはゆっくりと起き上がり、それを見直した。どうやら幻ではないらしい。軽く首を傾け、ぽきぽきと鳴らす。動いたのは二日ぶりだろうか。そう思いながら、フランはその男をもち上げた。
男は手に長い棒状の物を持っていた。剣だ。センザクリという野者の角を研いだ武器。剣を使っているということは、ズムグスタの人間だろうとあたりを付け、すぐに興味を失ったフランはその男を家から放り出した。
「××××」
外から声が聞こえてきた。先ほどより明瞭に聞こえるが、その意味は分からない。少なくともヌルハの言葉ではない。
無視したいが、これ以上家を壊されるのは困る。漫然と思考し、フランは外に出た。
そこには十数人の人が居た。同じような服装をした男たちと、薄汚い外套を纏った女。そして、先ほどフランの家に飛び込んできた男。飛び込んできた男だけ服装が違う。思ったよりずっと多くの人が居たことに困惑しつつ、フランはそれ以上考えるのをやめた。
「××××」
態度の大きい男がフランに向かって何かを言った。しかし、やはり言葉がわからない。
フランは短く答える。
「帰れ」
わからないだろうなと思った。しかし、伝える努力をすることが面倒だった。伝わらないなら力尽くで帰らせればいい。それが一番楽だったからだ。
「××××」
「××××」
「××××」
男たちが口々に何かを言う。あまり友好的な雰囲気ではないが、ある意味やりやすくはある。敵であるなら心は痛まない。
一人の男が進み出て剣に手をかけた。どうやらやる気らしい。隙のない構えを見るに、きちんとした訓練を積んでいるのだろう。強さもそこそこ持ってそうなので、やはりズムグスタの戦士なのかもしれない。そこまで考え、フランは思考を放棄した。考えごとをしていると頭が痛くなるのだ。
ため息を吐くフラン。
フランは非常に面倒だった。もう人と関わりたくはなかった。そう思い、この人の来ないメンセンの群生地に住んでいた。実際にそれは効果があり、三年ほどは人には合わずに済んでいた。なのに、この有様。結局安寧など長くは続かない。そう思いつつも、フランは溜息を吐くのを止められなかった。
どうしようかと迷うフラン。帰ってくれと言ってみたが、帰ってくれないらしい。全員殺しても良いが、そうすると水浴びが面倒だ。
そして、一つ思いつく。なら追い出せばいい。
「あ」
フランが広域干渉を行うと、目の前の男たちの大部分が吹き飛んだ。そして、立ち並ぶメンセンにぶち当たり、それらを起こしてしまった。ナガクスだと思い込んでいた男たちはメンセンの触手に捕まり、次々と食べられていく。
生き残ったのは、何とか踏み止まった二人の男と、地面に転がっていた瀕死の男。そして、たまたま地に伏せっていた女のみ。
「帰れ」
言葉が通じていないことは知りながらも、もう一度フランは告げる。正確な意味は分からなくとも、言いたいことは伝わるはず、そう思っての行動だったが、男たちは真反対の行動を取った。腰に刺さっていた剣を抜き、フランに襲い掛かってきたのだ。
フランはその光を反射する物体が非常に危険なものであることを知っていた。センザクリの角は干渉力と存在強度が高く、また、ズムグスタはそれに強さを与えることで更に干渉力を引き上げている。死後の生物へのサンジュは非常に効率が悪く、一振りのそれを作り上げるのに最低でも百人単位の戦士の強さを捧げる必要があるが、そうして作り上げられた剣は屈強な戦士さえもたやすく切り裂く。。
だからフランは手を抜かない。丁寧に男の剣をかわすと、その男の剣を手首事むしり取り、男をメンセンに蹴り飛ばす。二人目も同じ。
男たちの断末魔の叫びを聞きながら、フランは残った二人に声をかけた。
「帰れ」
「帰れません」
すると、驚いたことに女は返事をしてきた。流暢なヌルハ語だった。
「私たちには帰る場所がありません。この群生地を出ることもできません」
「無茶、わかる。無礼。だが時間、猶予求める」
男の方もたどたどしくはるがヌルハ語をしゃべることができるようだった。
先ほどの男たちと違い、言葉は通じるようだった。また襲い掛かってくるような面倒くさいこともしない。しかし、フランの望みを聞いてくれるかというと、そんなことは無いようだった。
説得を考えようとすると、ずきりと頭が痛んだ。フランは目を閉じ、苛立たしそうに髪を掻く。面倒ごとには、人には関わりたくなかった。
フランは振り返って家を担ぐと、そのまま跳躍した。群生地のさらに奥に引っ越すことにしたのだ。そうすればそうそう人も入ってこないはずだ。そう考えた。
そしてフランは再び安寧の日々に戻る。
はずだった。




