二五話 夜
騒ぎを聞きつけて現れた戦士を、フランは無視して駆け抜けた。邪魔をしてきた戦士は適当に蹴飛ばした。死んではいないだろうが、死んでいても構いはしなかった。
あり得ないほど五観が鋭敏になっていた。舞い上がる砂の粒さえ見分けることができそうだった。国の外の野者の足音さえ聞こえてきそうだった。
あり得ないほど七勁が増加していた。一歩で国を飛び越すことさえ容易そうだった。一撃で城壁さえ崩せそうだった。
フランは理解した。自分は今ようやくハユウの血腑を消化しようとしている。そして得ている。その強さを。だからあとからあとからこんなにも力が湧いてくる。そして恐らく、シユラの血腑も共に消化している。だからこそ不得手だった広域干渉までできるようになっている。だからこそこんなにも強さが溢れそうになっている。
またどこからか戦士が現れ、フランの前に立ちはだかった。フランは同様に振り払おうとしたが、それはフランの一撃を受け止めた。フランは思わず足を止めて、その相手を眺めた。
体勢を崩しつつも、打たれた腕を抑えつつも、フランの前に立ち睨み付けてくる戦士は、プルトだった。
「その、強さ。サンジュしたのか、ウロス兄から」
フランは答えなかった。ただ面倒そうにプルトを見た。
プルトは噛みつくように叫ぶ。
「なんでお前が!」
「俺は戦った」
「偶々だろう! 偶々その場にいただけだろう!」
偶々。それをフランは否定する気はなかった。フランがあの場にいたのは偶然が重なってのことだった。しかも、あの場にいたのは決して褒められた理由からでもない。しかし。
「だから? だから死ねと?」
静かに聞き返すフランに、プルトはやや怯んだ。フランは今まで見たこともないような眼をしていた。いつも爛爛として輝いていた瞳は覇気がなく、しかし、強烈な感情をその奥に湛えている。普段とは正反対の暗い感情。プルトが今までフランから感じたことのない種類の感情。
「そ、そうだ! お前が死ねばよかったんだ! そうしたらウロス兄もきっと助かったんだ!」
フランは唾を吐くように笑った。
一歩踏み込み、指先でプルトの胸を軽く押す。ごきごきと骨が砕ける音共にプルトは血を吐いて倒れた。
フランは振り返ることもせず、その場から立ち去った。
気付けばフランはシェリの家の前に立っていた。店は既に閉まっている。やけに暗いと思ったら、既に日は沈み切っていた。
なんとなく店を眺めていると、横で物音がした。見ると、買い物帰りらしいシェリが手に持っていた荷物を落としている。
「フラン……?」
「シェリ」
フランはシェリに一歩詰め寄った。シェリは半歩下がる。
口から漏れ出た言葉は、フランとしても意外な言葉だった。
「シェリ。一緒に来てくれ」
「ど、どこに?」
「絶対に守るから。一緒に来てくれ」
「ふ、フラン、おち、落ち着いて」
「シェリ」
シェリは思わず尻餅をついてしまった。それほどまでにフランの放つ感情は強烈だった。
フランはシェリに手を貸そうと手を伸ばし、シェリが怯えたように身をすくめたのを見て我に返った。シェリの肩が小刻みに震えているのは何故か。シェリの眼尻に涙が浮かんでいるのは何故か。シェリの指先が耐えるように固く握りこまれているのは何故か。全部全部フランのせいだ。フランの怒りのせいであり、悲しみのせいだ。気付くと馬鹿らしくなった。守るだなんてよく言えたものだ。今最もシェリを怯えさせているのは誰だ。最も傷付けているのは? フラン意外ありえない。
吐き気がした。自分の醜さに喉をかきむしりたくなった。そもそもなぜシェリを誘ったのか。アーナに捨てられたから? その代わり? 誰でも良かったのか? その程度の覚悟で、その程度の気持ちだったのか? 最低だ。最悪だ。何よりも醜悪で汚らわしい。
フランは呻くような声を出して口角を上げると、その場を走り去った。背後からかかる制止の声を無視して、大きく跳んだ。
フラン夜の闇に向かって叫び、硬く固く拳を握り締めた。
希望の章終わりです
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