二四話 祝福
それから翌日まで、フランは王城の一室に押し込められた。顔を合わせるのは定時に確認に来る戦士のみ。理由は聞いたが会話を禁じられているらしく、何も答えは帰ってこなかった。見舞いが来ることもなかった。王城内ということで気軽に来れる場所ではないことは分かっているが、定位官のアリアやシン隊のグレグならば顔を見にくるくらいは可能なはずだった。しかし、誰も来ない。
どちらかといえば寡黙であるフランは、一日くらい誰かと会話をしなくても何も気にならない。しかし、静寂に包まれた一室で何もせずにじっとしているとなると、少しばかり人恋しさも湧いてきた。また、食への執着は薄い方であるが、食事に関する質問もなかったのは気になった。もし定時に確認に来る戦士が居なければ、自分のことを忘れてしまっているのではないかと思ってしまうほどに、何も起こらなかった。
そして、翌日の夕刻、フランのいる部屋の戸が叩かれた。部屋を出ると、三人の武官と一人の文官が立っていた。三人の戦士は封印官だった。
「フラヌトラ・アーミラー。ついてきなさい」
質問をしたがったが、できる空気ではなかった。文官の階級の高さからも、これから起こることがただ事ではないのは分かる。フランは服装を気持ちばかり整えると、四人に付き従って部屋を出た。
向かった先は裁定の間だった。重大な決め事や犯罪の裁決行うための間。中央に向かって階段状に凹んでいる円形の広間であり、中央は砂場だが、その他の台座は高級なランガン造りになっている。既に外周には多くの高位文官、武官が並び、ひときわ高い台座には王族が座っている。
中央にフランは連れられ、立たされる。
「あの、俺は」
「あなたは参考人です。決して罪人として裁かれるわけではありません」
フランが聞く前に文官が答えた。その言葉に嘘はなさそうで、少しばかりフランは落ち着いた。だが、依然として不安は残る。見知った顔はいないかと探してみたが、王女の席に座っているアーナ以外は知り合いはいなかった。プルトのルージェ家やサフィのアイレイン家ぐらいはいてもおかしくないのだが、当人の顔は見えない。
フランが中央に立つと、並んで座る文官たちはざわついた。二人の封印官がフランの背後に立ち、一人の封印官はフランの正面に立つ。
玉座に座る王弟が声を張った。
「静粛に。これより緊急審議会を始める」
徐々に喧騒が消えていく。静寂が広間中にいきわたったのを見て、王弟の横の文官が声を上げた。制服の紋様からして大臣だろうことは間違いない。
「本日の議題は、ウラネロス゠ハユウ゠ルージェの死と、新たなるハユウの選定についてである! まずは、先日のシユラ襲撃に際し、その身を賭して王国を守りし先代ハユウに、黙祷!」
フランは眼を閉じ、黙祷を捧げた。しかし、その行為に集中はできない。ハユウの選定。その言葉に激しく動揺していたためだ。
フランの動揺がおさまる前に目を開くようにと指示が飛び、瞼を上げた。周囲を見回すと、心なしか人々の視線がフランに集中しているようにも感じる。
大臣が書状を掲げ読みあげる。
「ウラネロス・ルージェは護国の名家ルージェ家に生まれ、その卓越した才と優れた仁徳によりハユウ候補生として幼少期を過ごした。そして、その期待に違わず戦士鍛錬場を首席で卒業し、シン隊に配属。六年の下積みを経て、ハユウへと就任した。ハユウになって以降、他国との戦を収めること四度、野者の集団襲撃を防ぐこと十九度。齢四三にして我が国最高のハユウであった」
多くの文官が頷く。今代のハユウは稀に見る傑物であり、また、人望のあるハユウだった。歳の合う王女という楔が居なかったにも関わらず、その忠節を疑うものが一切いなかったことが何よりの証拠だった。国民からの信頼も厚く、他国の戦士にさえ尊敬されていた。そんな戦士だった。
「しかし、シユラという災害の襲撃により、若くしてその命は奪われた。その始終を見ていた者がいる。そこのフラヌトラ・アーミラーである」
大臣へと集まっていた視線が再びフランへと移る。それを話せばいいのだろうか、そのために呼ばれたのだろうか、とフランは悩む。しかし、迷っている間に、一人の文官が立ち上がり、語りを引き継いだ。
「シユラは卑劣にも空を逃げ回り、広域干渉によりハユウを攻撃した。正々堂々戦うのを恐れ、正面から立ち向かうことをせず、少しでも隙を見せようものなら街を破壊し、ハユウを疲弊させた。信じれぬ悪辣さである。勇も魂も見せず、国と民を盾にし続ける卑怯なシユラに対し、ハユウは苦戦を強いられた。部下を庇い致命の重傷を負うほどまで追い詰められた。しかし、あわやハユウは、というところであらわれたのがフラヌトラ・アーミラーである。無力と思われ見過ごされていたフラヌトラは、僅かな隙をついてシユラの気を惹いた。その一瞬を逃さず、ハユウはシユラを打ち倒した」
フランは不思議に思った。いつもこんなに芝居がかった話し方をしているのだろうか。その文官はまるで絵物語を語る詩人のようだった。
しかし、不思議に思っているのはフランだけのようで、広間のあちこちからさざめきのように納得の声が聞こえてくる。顔を見ると、納得の表情をしてたり、痛ましそうな顔をしていたり、興奮に紅潮させていたりしている。なるほど、なんてことだ、卑劣な、などと、話に聞き入っているようだった。
「ハユウの奮戦により我が国は救われた。しかし、ここで二つ問題がある。一つはハユウの命が失われたことだ。非常に痛ましく、悲しい出来事である。しかし、こちらはもう過ぎ去ってしまった出来事であり、変えることはできない。その死を悼むことこそすれ、悲しみに浸っている暇はないのである。であるがゆえに、我々はもう一つの問題に対して真摯に取り組まねばならない。もう一つの問題とは続くハユウが育っていないことだ。こちらは非常に問題であり、そして、これからの国の存続を左右する!」
そうだ、と声があがある。どうするのかね、とも。広間がやにわに活気づいた。
王弟が手を挙げることにより、別の大臣が進み出た。
「副武官長」
「は」
「我が国の戦士団はいかような状況か」
「現在、わが国で最も強さのあるのはシン隊六番隊隊長。時点が私。時点がシン隊六番隊副隊長です。ハユウの最低条件である一〇〇〇を満たしているのは上位二名まで。その上どちらも最低限であり、他国の抑止には物足りません。ミギルサは国政が安定していますが、ゆえに油断できません。ズムグスタ政情が不安定です。何か起こる可能性は十分にあります。率直に言って、ヌルハの危機であります」
先ほどまでは比較にならないほどに広間に動揺が走った。フランはシン隊がほぼ壊滅状態であることは知っていたが、文官までは情報が行き届いていなかったらしい。
「非常に由々しき事態だ」
「これではいつ隣国に攻められるか分からんぞ」
「なぜこのような事態に……」
皆がうろたえる中、一人が力強く拳を掲げた。フランは名前は憶えてなかったが、顔は何度も見たことがある。ルージェ家の家長だ。
「強さの集積が必要だ! 強く、勇気がある若者への、強さの集積が!」
そうだ。そうだ。そうだ。
賛同の声が響き渡る。異論をはさむ者はいなかった。百に近い声の圧力にフランは怯みそうになる。ハユウは作られる。その言葉の意味がなんとなく分かった気がした。
一人が挙手をした。王弟だった。一斉に皆口を閉じた。
「もう対象は決まっているのか?」
「本日の審議会はその承認を得るためのものです」
副武官長が神妙な顔をして頷いた。そして、一歩進み出て、フランに向かって叫んだ。
「フラヌトラ・アーミラー!」
フランは返事をしようとしたが、喉が引き攣って声が出なかった。慌ててごまかすように大きく頷く。そんなフランを副武官長はじっと見つめた。
「名誉あるサンジュを命ずる。その身に授かりしハユウの力を次代のハユウへと授けるのだ」
フランの思考が止まった。
何を言われたのかわからなかった。
サンジュ? 誰が? 誰に?
じわじわと言葉が染み込んでくる。
フランの強さを渡す。即ち。
待ってくれ。と叫びそうになった。一歩踏み出そうとしたフランを封印官が即座に抑え込む。
「次代のハユウは××××をにんめいしマス。フラヌトラの持つツヨサを与えればじゅうぶんニ――」
何を言っているか上手く聞き取れない。耳が聞くことを拒否しているかのようだった。
それは考えていなかった。しかし、当然のことだった。強さを集積するということは、サンジュするということは、その身を捧げるものが必要だ。ハユウに強さを与えるため、自信の強さを失うものが必要だ。集めるから集積なのだ。その身を捧げるものが居なければならない。
それがフランだというのだろうか。フランは自問する。そうだ。そう自答する。先ほどそう言われた。フランの持つ強さを渡せと、そう言われた。訊き間違いではないだろう。この状況が何よりも雄弁に語っている。フランは一段低いの中央に、封印官に押さえつけられてうずくまっている。まるで罪人のように。
しかし、それではあまりに。これは。死刑、体のいい。死刑。
俺は。
待ってくれ。
待て。
フランは耐えきれず叫んだ。
「俺は戦えます! この国を守れます」
広間に失笑とため息が満ちた。くすくすと咳き込むような笑いがフランの耳を打つ。
「その心意気は嬉しく思う。この国には勇気ある戦士が育っていると安心できる」
「だが、元々お前はケイ隊だ。いくらハユウから直接サンジュしたとして、強さが一〇〇〇届くことはない。最低限にすら届いていないのだ」
「ならば、その強さを真に強き者へ。国を守るにふさわしく、国を支えるにふさわしい者へ。それが国のためであり。戦士の義務だ」
フランは直接サンジュを受けた。ハユウの血腑を口にしたのだ。フランは叫んだ。
「俺は強いです! 守れるくらいに!」
更なる失笑が湧いた。混乱しているフランは既に何故笑われているかもわからない。ハユウとシユラの死闘にたまたま居合わせたケイ隊が何を言っているのか、直接口にこそしなかったが、大多数は同じ感想を持っていた。
王弟は重々しく頷いた。
「急激な強さの授受により万能感が湧く。仕方のないことだ。皆のもの。静粛に。定位官。見てあげてやりなさい」
定位官が進み出て強さを測った。
「六〇二、いえ、六〇三……六一七です」
「ほお。素晴らしい強さだ。だが、ハユウには足りない」
それは知っていた。分かっていた。効率よく直接サンジュしたとて、一割受け取れるかどうかが限度だ。元々一〇〇に届かないフランが一〇〇〇に届くわけもない。だが、フランは数字を見てほしいわけではなかったのだ。
そんなフランの願いを知ってか知らずか、副武官長が言い聞かせるように優しい視線を向けた。
「それに、強さだけではないのだ。ハユウたるには強さだけでは足らんのだ。心が伴っていなければならない。分かるかね?」
フランは絶句した。何も言えなかった。
なんだ、それ。
強さだけではない?
俺には心が伴っていない?
俺には足りない?
あれだけ想っても足りない?
疑問がぐるぐると頭の中をかき回す。副武官長の言葉がただの建前であることさえ気づけないほどに、フランの思考をかき乱す。
フランが大人しくなったのを見て、王弟は満足そうに宣言した。
「皆のもの。勇敢な戦士に拍手を。彼は我々のために、その身を捧げるのだ。偉大なる勇者に拍手を」
拍手が湧いた。最初は弱く、徐々に強いものに。
フランは顔を僅上げ、見回す。その目には無数に打ち合わされる手が映る。
拍手。
耳を塞ぎたいのに手が動かない。三人の封印官の力もそうだが、何より心が折れかけている。腕を動かすこともままならないほどに。
拍手。
豪雨のような音に包まれて、その振動に打ちのめされる錯覚に陥る。
拍手。
誰もが祝福をしている。フランの死への祝福か。ハユウの誕生の祝福か。フランにはもう判断ができない。
拍手。
自分は死んだ方がいいのか?
拍手。
そんな問いに何かが囁く。
拍手。
そうなのかもしれない。
拍手。拍手。拍手。
埋め尽くすような破裂音の中、人の声が聞こえた気がした。
フランは顔を上げた。玉座へと視線を向け、アーナを探す。ここに居るはずだ。さっきの声は。きっとアーナならば。
そんな思いで見上げたフランは、玉座で退屈そうに自分の爪を見つめるアーナを見つけた。
そして、同時にアーナもフランに気付き、なんとも歪んだ笑顔を浮かべると、退屈そうに欠伸をし、軽く手を振り、そのまま退出した。
「……は?」
待ってくれ、なんで、君のために。様々な言葉が脳裏をよぎる。
「アーナ!」
一瞬広間は静まり返り、その後、どよめきが上がった。
「アーナ! 待ってくれ!」
「これ! 不敬であるぞ! ピアーニア様をそのような!」
更に強くフランは押さえつけられた。封印官三人がかり。恐らく選りすぐりだろう。フランが暴れることも考慮していたに違いない。しかし、そうわかっていながらもフランは暴れる。
一人が少し段を下り、フランに告げる。
「王女はお疲れだ」
「アーナ!」
「大人しくしろ」
「アーナ!」
わめくフランに、先ほどまで喜ばしそうな顔をしていた人々は冷めた表情になった。ここまで見苦しい真似をするとは誰も考えていなかったのだ。副武官長は首を振り、大臣と眼を合わせて頷きあった。
「これよりサンジュの儀を始める」
フランの胸中に一つの言葉が渦巻く。
歯ぎしりする口から掠れるような声が漏れる。
「なんだよ、それ」
その瞬間、フランから強烈な広域干渉が放たれた。それはまるで先日のコゲツキのような、強烈な干渉。波打つように見守っていたものたちが倒れ、近くに居た封印官は衝撃にフランから手を離した。
「なんなんだよそれ」
次の言葉は近くにいた封印官には聞こえる程度だった。そして、衝撃は更に強い。封印官は壁際に吹き飛ばされ、倒れていた者たちはさらに遠くへ転がされる。
「なんだよ、それ! なんなんだよ! なんだよそれ! なんでだ! なんなんだ! なんだよ、それ!」
一言ごとに地面が凹み、壁にひびが入り、人々は壁に押し付けられる。それはまるで嵐のような広域干渉。そこで初めてそこに居る人々は自身の誤解を理解した。
ほぼ全員が、フランが戦闘の補助をしたなんてのは誇張だと思っていた。ハユウが戦っているところに遠くから石を投げた程度だろうと高を括っていた。ハユウとシユラが相打ちになる場に居合わせ、たまたまサンジュした。その程度だと思っていた。それ以外の事はできないと思っていた。シユラのサンジュができるほどの距離にいれば、一介のケイ隊などすぐに死んでしまうのだから、常識的に考え導いた結論としては妥当だろう。しかしそれはあくまで常識的に考えたらの話。
「なんなんだよ!」
フランは拳を地面にたたきつける。地響きと共に広間の天井が二つに割れた。
荒い息を整えることもせずにふらりと立ち上がり、フランは跳んだ。ここにいる武官はすさまじい強さを持つものばかりだというのに、フランすべての動作が瞬きすれば見失うような速さ。どう見ても尋常ではない。
「に、逃げたぞ、追え!」
その一言に、何人かが立ち上がるが、フランの姿はとうに見えなくなっていた。
あいー




