二一話 静寂
フランが第一城壁を抜けると、物陰にグレグが立っていた。グレグはフランを待っていたようで、フランに向かって軽く手を挙げた。
「お疲れー」
「どうした?」
「どうしたってのはこっちの台詞だよ。おめでとー!」
理解できていないフランの背中をばしばしと叩く。
「大抜擢だよ。すごいじゃん」
「抜擢? 凄い……?」
更に不思議そうな顔をするフランに、グレグはにまにまと笑いながら帰り道を指さした。フランもそれに頷き、二人は並んで歩き出した。
「普通のケイ隊はシン隊の会議なんかに呼ばれない。しかもこの会議は普通の会議じゃない。シユラ対策会議だ。無関係の人には内容が漏れないように徹底されてて、シン隊でも僕みたいな新人はそもそも呼ばれないくらい。この意味がわかる?」
「わからん」
「道が開けたってことさ。こんなのに呼んだ以上、終わったらまたケイ隊に戻ってはいおしまい、なんてなるわけないだろ? 確実に出世できるよ。ってかゴ隊とか今欠員できているし、終わったら適当にサンジュさせられてゴ隊入隊とかあるんじゃない?」
「ただの伝令だぞ。ない」
「またまたー。まあフランの頭じゃここら辺の機微は理解できないかー。しゃーないかなー。まあめでたいめでたい。どう? 水屋行く?」
「用事がある。今日は砂が凪いでいる。チョニーソントの儀をやってみる」
聞いたことのない単語にグレグは首を傾げたが、詳しく聞いてみても頭が痛くなるだけなので止めておいた。やめておけと言っても聞くフランではない。
なんとか水屋に連れていけないかと考えていると、グレグは自分たちの方を伺う視線に気づいた。その正体にもすぐに勘付いたグレグは素早くその場を離れることにした。
「あ、じゃあ僕は帰るよ。ごめんねー」
フランは呼び止めようとした。だが、遅れてフランもそれに気づいた。
真っすぐ道を進み、四つ辻の曲がり角へ眼を遣る。そこには俯き気味で壁に背を預けるシェリがいた。
「フラン、今帰り? 今日はケイ隊のお仕事なかったの?」
「ああ。少し」
どことなく不自然な態度。まるで偶然を装ってみたが途中で諦めたかのような、気まずそうな顔をしている。待ち構えていたようにも見えたのに、特に話があるわけでもないようで、それ以上何も言わずに口を噤んだまま。
「もう暗い。家まで送るよ」
「ありがと」
二人は無言で夜道を歩いた。やはり妙だった。シェリの口数が異常に少ない。
フランは聞くか悩んだ。しかし、どう聞けばいいのかわからない。思い返してみると、シェリに自分から雑談の話題を振ったことがない。悩み事の相談を聞くのも得意ではない。そうしたことが得意なのは。
結局先に口を開いたのは、シェリだった。
「フラン、ゴ隊に入らないかお誘い来たって本当?」
先ほどの話が頭にあったため否定しそうになり、口に出す前に昼間のサフィの話だと気づいた。
「断ったの?」
「……ああ」
歯切れ悪く答えるフランに噛みつくように勢い込むシェリ。
「なんで? なんで断っちゃったの? 強くなれる機会だったのに!」
「ゴ隊へ入っても強くなれると決まるわけじゃない」
「でも強くなれるでしょ! 少なくとも、ケイ隊でいるよりはずっと。いつもいつもあんなに強くなりたい強くなりたいって色々変なことして頑張って戦って鍛えて鍛えて戦って! 強くなりたいんでしょ? なんで!?」
フランは困惑した。怒りの様な感情を向けられる理由がわからなかった。
「なんで? 本当にわけわかんない。フランが何したいのかわかんないよ。なんでそんなに満足そうなの? 不満はないの? もっと詳しくもっと深く心が読めたら理解できるの? フランは強くなりたいんじゃないの? ねえ」
「別にゴ隊に入ってまで強くなりたいわけじゃない」
「嘘! だって、フランは、まだ……!」
シェリはその続きを言うことはなかった。我に返ったように息を呑み顔を逸らした。何か不味いことを言いそうになったのだろうか。フランには見当もつかない。
空気がより重いものとなった。その空気に耐えられず、フランは言い訳をするように言葉を重ねた。
「強くなりたくないわけじゃない。強くはなりたい。いつもそう思っている。けど、別に強くなる方法は一つじゃないと思ってる。俺はまだ強くなることができる。戦闘の技術一つとっても、君には、いや、誰にもまだ話したことはないけど、俺には色々と奥の手があって、それもまだ使いこなせていない。それだけじゃない。上手く言えないけど」
シェリは俯き気味に聞いていた。
言いたいことが纏まらなかった。自分の考えていることさえうまく言葉にできないのに、考えとしてまとまる前のものが上手く出てくるわけがなかった。
「ごめん」
「謝らなくていいよ。ごめん。私の方こそ。変なこと言って」
シェリはやや表情を和らげた。
フランは立ち止ってシェリの正面に立った。そして、自分の手をシェリの顔の前に掲げると、シェリの片手を取り自分の手と合わせる。
「どうしたの?」
「嘘ではないんだ。まとめられないけど」
フランは集中するために目を閉じた。
「例えば、指の存在強度を片側に寄せる。元の指の強度は落ちていく。どんどん指は脆くなる。風が吹いただけで崩れそうなくらい。けど」
シェリは目を見開いた。シェリの指がフランの指をすり抜けた。壊すのではなく、すり抜けた。まるでそこに何もないかのように。幻に飲み込まれるかのように、シェリの指がフランの指に抵抗なく埋まる。
「限界まで下げると、こうなる。俺は実体を逸らすと呼んでる」
シェリは思わず手を引いた。シェリの指には異常はなかった。フランの指もついたまま。
「俺はまだ強くなれる」
フランは拳を作り、力強く頷いた。シェリはそれをじっと見つめていた。
それから二、三日の間、フランはケイ隊の仕事をすることもなく、王都中を走り回った。各ケイ隊の区長には多少嫌な顔をされたが、シン隊の決定に口を挟むようなものはおらず、情報共有は円滑に進んだ。
異常なし。異常なし。異常なし。
その報告を聞くたび、安堵と共に不安が鎌首をもたげてくる。シユラはどこで何をしているのだろうか。目的はなんなのだろうか。既に何かしらの行動を開始しているのではないか。しかし、フランがいくら考えたところで何も思いつかなかった。
そして、その日が来た。




