二〇話 召集
フランもサフィの話に対して思うところはあった。しかし、それを言葉にまとめるには時間が足りなさ過ぎたし、改めて考える時間もなかった。その日の内に、さらに大きな出来事があったからだ。
フランがその日の職務を終え、夜番に挨拶をしているところ、新たな客人があった。
見たことのない戦士だった。ケイ隊の制服ではない。ユウ隊の制服ではない。ゴ隊の制服でもない。シン隊の制服だ。
「フラヌトラ・アーミラーだな? 私はシン隊二番隊隊長。シン隊から君に協力要請がある。第八区長。隊士をお借りする」
区長を見ると青い顔で何度も首肯している。いくら鈍いフランでもその意図することは分かった。黙って従え逆らうな。そう伝えてきている。
フランも元々友人だったサフィに軽口をたたくのとはわけが違う。逆らうつもりはなかった。
シン隊隊長に引き連れられ第一城壁を抜ける。フランはシン隊詰め所に連れていかれると思ったのだが、そのまま王城に入った。そして、そのまま会議室に入る。王城内に入るのは五年ぶりだったが、この部屋に入るのは初めてだった。
会議室には大勢の戦士が居た。満ちる強さの気配から、全員がゴ隊以上の戦士であることは間違いなかった。ハユウもいて、フランを見ると軽く眉を上げて笑いかけてきた。フランはどうしてよいか分からず、深々と頭を下げるにとどめた。
フランが顔を上げ、改めて周囲を見回すと、明らかに場違いな戦士がもう一人いた。気弱そうな戦士で、そわそわと落ち着かない様子で視線を走らせている。
相手もフランに気付くと、隣ににじり寄ってきてこそこそと耳打ちした。
「君、ケイ隊だよね。わかる? なんで俺たちこんな場所に呼ばれてんの?」
「わからない」
「だよね! だよね!」
ゴホンと咳払いが響いた。音のした方を向くと睨まれていた。フランの隣の戦士は慌てて口を噤んだ。
「では、特殊野者対策会議を始める」
ハユウの横に立つ人物が口を開いた。フランが初めて聞いた単語だった。しかし、何を意味しているかは続く言葉で分かった。
「人型のコゲツキ――シユラが出た」
その場にいた全員が息をのんだ。フランでさえ例外ではない。
コゲツキになった野者はなぜか強さが跳ね上がる。それは人間でも例外ではなく、それどころか人間型だと数百倍になることさえある。なぜかはわからない。知能があるからか。また別の理由か。しかし、それゆえに人間のコゲツキは特別な名を与えられていた。
場はざわついたが、ハユウが軽く手を振ると一瞬で静まる。
「ゴ隊十一番隊詰め所が破壊され、犯人は逃亡した。隊員は全員死亡し、強さはすべて奪われた。対象の行方も不明。言わずもがな最重要案件であり、最優先での解決を目指す。そのため、本事件の指揮はハユウが執ることになる」
ハユウが立ち上がり一礼した。他の戦士たちも慌てて頭を下げる。
「大規模で広範囲にわたる破壊痕より、対象は広域干渉を得意とすると考えられる。ゴ隊員が全員死んでいたことから威力も高い。不意打ちには十分に注意すること。足も速い。ゴ隊の追跡を容易く振り切った。常に考慮しておくこと。存在強度については不明。だが、広域干渉力の高さから見ても存在強度はさほど高くないものと思われる。推定する強さは四〇〇〇前後。基本的にはハユウが相対することになる」
推定されたシユラの強さはハユウと同程度だった。その事実も驚くべきことだったが、戦士たちの動揺は少ない。ハユウへの信頼の高さが伺える。
少しの間会議室のあちこちで相談が行われ、ハユウはそれを黙って見守った。各隊ごとの認識すり合わせを待っているのだ。そして、おおよそ意見がまとまったと見るや、脇の戦士が声を上げた。
「では、まず質疑に入る。状況は理解したか?」
一人の戦士が手を上げ、フランたちの方を示した。
「そちらの二人はなぜここに?」
疑問の視線を向けられてもフランも答えることはできない。
ハユウの脇の戦士は淡々と、しかしどこか不満そうにそれに答えた。
「早期発見、早期撃退が求められる本件ではケイ隊との情報連携が重要になる。この二人にはケイ隊とのつなぎをやってもらう。二人ともケイ隊としては非常に生存のための能力が高い。ハムラ君は速度がとにかく高く、こうしたことにはうってつけだ。こちらのフラン君はハユウからの推薦だ。先日現れたオオグチ・メンセン特異固体の足止めをしたのが彼だ」
会議室がどよめいた。フランが思う以上にフランの頑張りは知られていたらしい。訝し気な視線と半々ではあるが、賞賛の籠った視線がフランに向けられた。
「ハムラ君には表の情報集積と報告、フラン君には裏を頼む。以上。他には?」
「なぜ区長を連れてこないんですか? その二人じゃ強さが足りないのでは?」
「今回は何よりも行動の迅速さが求められる。しがらみや縄張りなどで少しでも足が鈍るのは避けたい。だから平隊士に任せる。異論は?」
「ありません。了解しました」
「では続いて実際の配置に関して説明する」
戦士たちは一応納得したのか、以降フランとハムラの話題が出ることはなかった。
部隊の配置、管轄、見回りの順路と時間。諸々を詳細に詰めていく。ある程度は事前に決まっていたようだが、各部隊の意見を聞いて作戦は柔軟に変わっていった。フランはこうした会議に出ることが初めてだったためこれが普通なのかはわからない。ただ、会議というものがここまで討議に満ちたものだとは思っていなかった。言葉の渦と驚きの連続。フランの目が回る。
耳から入る情報を理解する前に次の情報が流し込まれ、それの繰り返しにフランの脳が限界を迎える直前、会議は小休止となった。
小休止の間、少しでも頭を冷やそうと庭に出るフラン。そんなフランに背後から声かかかった。
「ちょっといいかい、フラン君」
振り向くと、ハユウが立っていた。フランは慌てて姿勢を正す。
「すまないね」
ハユウがにこやかに話しかけてきた。フランはその言葉の意味がわからなかった。言葉としては謝っているように聞こえるが、声色からは祝福しているようにも聞こえる。結局結論はつかず、フランは曖昧に頷いた。
はっきりしない態度が意外だったのか、ハユウは首を傾げた。
「おや、君ははこうした強引なやり方は好まないないらしいと聞いていたが、違うのかな? 一応正式な手続きは通したつもりだが、ケイ隊員をこうしたことに呼ぶのは前例がないからね」
「そんなことは、いえ、ありません。寧ろ光栄です」
「ならよかった」
穏やかな声だった。強大な強さを持っているとは思えないほど穏やかな声だった。フランはただの戦士であるというのに、まるで友人であるかのように気軽に話しかけてくる。不思議な感覚だった。
二人は他愛のない世間話をした。フランにその意図はわからなかったが、ハユウに質問されては答えないわけにはいかない。好きな季節、休日の趣味、家族のこと、野者のこと、天気のこと。フランは全て正直に答えた。
そして、小休止が終わろうかという頃、ハユウが真剣な表情をして問いかけた。
「君はこの国の仕組みについてどう思う?」
唐突な質問だった。そして、曖昧な質問だった。
フランは警戒する。これは試されているのだろうか。不用意な発言は自身の破滅を招くかもしれない。少なくとも批判的な意見は言わない方が良い。そう直感的に理解はした。
しかし、フランは正直に言った。嘘は大罪だであり、赦されざることだったからだ。
「よく、わからないです。俺は常に俺のことで手一杯で、正直なところ仕組みに関して考えたことはありませんでした。そもそも、仕組みにはあんまり詳しくないですし」
ハユウは愉快そうに笑った。高らかに声を上げた笑った。あまりの笑いっぷりにフランはハユウの気が違ったのかと思ったほどだった。
ハユウは一頻り笑った後、大きく息を吐いて自分の頬を揉むと、庭の方を見ながら言った。
「とても合理的なんだ、この国は。強さを少数に集中し、単身で国を潰すことができるほど強いハユウを作り出す。ハユウが存在しているということ自体が他国にとっては抑止力となりうる。戦士団の動きを掴むことはある程度簡単だが、それが個人となると非常に難しい。それが非常に観測能力の高いハユウならほぼ不可能。国と戦える戦力の行方を全く掴むことができない。他国の視点で考えてみると、それがどれほど脅威であるか」
「ハユウを、作る……?」
「うん、我ながら良い表現だ。作られた。そう、僕は作られた英雄だ」
ハユウは満足そうに何度も頷いた。言っていることは侮辱とも取れそうであるというのに、玩具を見せびらかす子供のように得意げだ。
「個人に強さを集中するにあたって最も危惧すべき事がわかるかい? それは簡単なことで、その個人に裏切られることだよ。どれほど精強で屈強で迅速で徐かで強固な戦力があったとしても、その矛先がたった一人の意思で決定してしまうなんて、その戦力を振るっているつもりの王からしたら恐ろしくてたまらない。だから選別が必要になる。慎重に見極めて強さを注ぎ込まなきゃいけない。従順で、聡明で、素直で、忠実で、一回たりとも誤らず、一回たりとも失敗しない。そんな戦士を選ぶんだ」
そうか、とフランは腑に落ちた。一回の失敗でフランは見捨てられたが、ハユウはそもそも一回も失敗してはいけなかったのだ。万が一を減らすために。噛み切れない筋がするりと喉を通ったような納得。
黙り込んだフランの肩に、ハユウの手が乗せられた。
「ただ、俺は失敗しないこと以上に重要なことがあるとは思ってるんだけどね」
「……それは、なんでしょうか?」
ハユウがにやっと笑った。一国を担う戦士とは思えないほど無邪気な表情だった。
「それは知ってるだけじゃ意味がない。理解しているだけでも駄目だ。それを実行できるかは、その時が来ないとわからない。だから、まあ、忘れてくれていい。うん。忘れてくれ」
結局何が言いたいのか分からなかった。文句を言いたくなったが、そんなことできる立場ではない。フランは神妙な顔で頷くに留めておいた。
会議室から鈴の音が響いた。小休止が終わる。
「お互い頑張ろう」
「はい」
二人は再び会議室へ入った。




