十九話 来訪
フランが詰め所に入ると、ぎょっとした顔をしてノードが立ち上がった。
「うぇ、先輩どうしたんすかそれ。すっごい痣できてますよ」
「ちょっと揉めてな。大したことはない」
「っても先輩殴れるなんて相手素人じゃないっしょ。あれですか、他の隊の人と喧嘩になったりしたんすか。規律違反すよー」
フランは似たような反応をする区長とモイスを適当にごまかし、その日の職務に入った。
普段通りにふるまっているつもりだった。しかし、どこか浮かれていたのだろう。昼の休憩時間、フランは普段ならばしないような失敗をしたのだった。
「先輩、それなんすか?」
昼休憩、休憩室で箱を抱えたフランに、ノードが問いかけた。フランはぎくりと固まる。
ぴんときたノードはフランを逃がさないように正面に回り込む。そして、手に持っている箱に素早く手をかけた。
「悪いもんすか? いけないもんすか? なんか動いてますもんね。中何が入ってるんすか?」
フランは言い訳を考え、ごまかす言葉を考え、諦めた。ここですぐに嘘が思いつくようなら、もう少し楽に生きていけるだろう。
説明することなく、黙って箱を開けた。
「……これ、喉潰しっすか」
赤紫色のぶよぶよした拳大の塊が五、六個蠢いている様子を見て、ノードは訝し気な表情をする。てっきりサンジュを禁止されている野者が入っているのだと思い込んでいたのだが、それは半分しかあっていなかった。喉潰し――トルカナは野者だが、サンジュを禁止されていない。その別名の通りに食べようとすると喉を潰すからだ。
「これ、どうするんすか?」
「こうする」
赤紫色の塊をフランは慎重に抓む。衝撃を与えてはならない。衝撃を与えた瞬間、それは鋭い針をすさまじい勢いで射出し、自身を襲う外敵を刺し殺そうとするからだ。余程存在強度に自身がある戦士でも――例え所長でもその針を食らうと穴が空いてしまう。まして同じくらいの強さを持つ戦士の中でも特に存在強度の低いフランだ。食らった大怪我をすることは間違いない。
ゆっくりと掌の上に乗せ、眺める。それには頭もしっぽもはないが、よく見ると頭部を示すぶちがある。その位置は絶えず変化するが、一度見つけてしまえば見失うことはまあない。そして、頭部を見つけてしまえば大体針が突き出す方向も見当がつく。とはいえ、見当がついたとして、頭部はわさわと動きまわっているし、針が突き出す方向もそれなりに幅があり、何より、口に入れてしまえば把握することはできない。つまり、これからすることは普通に自殺行為だということだ。
慎重に掴み、くれぐれも驚かさないように注意しながら口に入れ、一息に噛み潰す。
しゅっと鋭い音。フランの口の端を掠めるようにして唇の間から針が突き出る。今回も無事だ。針が喉を突き刺し、脳を破壊するような悲劇は起こらなかった。
ノードはぎょっと目を見張り、信じられないものを見たように瞬きをする。
「えええ、なにしてんすか先輩。食っちゃ駄目ですよ! 危なすぎますよ! たまたま喉に刺さらなかったからいいものを……」
「こつがある」
「だからって、そんな、絶対成功するわけじゃないっすよね? そんなんあったらサンジュ禁止されてるでしょうし」
「貴重な強さだからだ。安い」
「ひょっとして定期的に食ってます?」
「勿論」
「信じらんねー。アホですか。実はアホですか。愚者の肉ですよ。喉潰しですよ?」
「やってみるか?」
「嫌ですよ。命がいくつあっても足りやしない」
後輩は肩を抱きぶるぶると首を振った。フランも真面目に聞いたわけではない。別にこんなことをだれもがやる必要があるとは考えていない。ただこうでもしない限り強さを得ることができないからやっているだけだ。
「そうだ。その馬鹿は放っておけ。絶対に真似するんじゃないぞ。死ぬだけだ」
「あ、区長。知ったんすか?」
区長が休憩室に入ってくる。そして、口から針を引きずり出しているフランを見て苦々しい顔をした。
「まったく、わかったか。こいつはこういう奴だ。凄い奴じゃない。馬鹿なだけだ。決してこんなのになろうとするんじゃないぞ。全く、去年はこいつのせいで欠員が出て大変だったんだ」
続いて入って来たモイスはトルカナのことを知らなかったのか、驚いた表情をしている。
ぷっとフランはトルカナの針を吐き出し、自分の席の置いてある壺に入れた。
「それ、そういうものだったんすね。トルカナの針、めっちゃ溜まってますね」
「まとめて捨てる」
「捨てるの勿体ないっすね。あ! なんか売れないっすかね。こいつ固いし、見た目キラキラしてて綺麗だし、なんか装飾品とかになりそうじゃないすか」
「天才か」
「ですよね。上手くいったら取り分は一九でいいっすよ」
意気揚々と皮算用をする二人に、区長は苦々しい顔をした。
四人はわいわいと賑やかに昼の休憩時間を過ごす。やはりフランは気分が高ぶっていたのだろう、いつもより口数が多い。ノードと区長はいつも通りのしゃべりっぷり。一方、モイスはやや口数が少なかった。
ややあって、モイスがぽつりと呟いた。
「俺も食おうかな。トルカナ」
「おい馬鹿止めろ」
「どうしたんすか、先輩」
フランも目をぱちくりとさせている。フランの認識ではモイスは一般的なケイ隊員で、強さを求めたりはしていなかったはずだからだ。区長と同じようにフランの奇行を眺めている側だと思っていたからだ。
区長が慌てて訳を問いただすと、不承不承といった様子でモイスは語った。どうやら先日の襲撃で思うところがあったようだ。ただ、それはフランの活躍を聞いて羨ましかったとかそんな単純な理由ではなく、もう少し複雑な理由らしい。
「別にフランがどうこうってんじゃないんですよ。ただ、最低限自分とその周りの人間の身を守れる戦士になりたいというか、なんていうか」
「だからってなぁ。もう少し安全なやり方があるだろう」
嘆息する口調に即座に同意したのは、意外なことにフランだった。
「そうですよ先輩。効率的ではないです」
「当のお前が止めるのか。じゃあなんでやってるんだ」
「安いので」
「金銭効率は良いんすね」
「じゃあもっと効率いい方法教えろよフラン。お前色々試してるんだろ」
「八割外れでしたが。そうですね……」
再び議論が始まろうとしたところで、詰め所の扉が叩かれた。時計を見ると既に昼の休憩の時間は終わっている。フランたちは慌てて片づけをし、その間にノードが対応した。
だが、すぐに慌ててノードが引き返してきた。
「あの、く、区長。ゴ隊からお客さんらしいんすけど。どうします」
皆の視線がぎょっと集中する。詰所の入り口に立っていたのはサフィだった。
フランとサフィの目が合う。他の三人もそれに気づき、二人の顔を交互に見る。フランは特にいいたことはなかったが、サフィも何も言ってこない。
区長に背中を小突かれ、仕方なくフランが切り出した。
「何か用か、サフィ」
サフィはぎりぎりとフランを睨み付ける。横ではらはらしているのは区長だ。ゴ隊の平隊員とケイ隊の区長とではより権力があるのは前者。そして、当然強さがあるのも前者だ。つまり無礼をして機嫌を損ねでもしたらどうしようもなくなる。それをわかっているのかいないのか、フランは敬語も使わず気安く話しかけている。
しかし、フランはへりくだる気はない。権力が上だとしても明確な上下関係があるわけではないからだ。
サフィはフランを睨み付けたまま、モイスに勧められた椅子に座った。
「フラヌトラ・アーミラー」
「なんだサファリラ・アイレイン」
「ゴ隊へ転属する気はないか」
「ない」
即答に全員が息をのむ。詰所の空気が凍り付いた。
一番長く固まっていたサフィが、驚きのあまり身を乗り出す。
「な、なんで? ゴ隊よ?」
「理由は必要か」
「当たり前でしょ。光栄なことなんだから」
フランは少し考え、指を折りつつ答えた。
「ケイ隊の仕事は重要な仕事だ。俺はケイ隊の仕事をこなせる」
「ゴ隊の仕事に比べたら些末な仕事だ」
区長とモイスがピクリと反応する。普段から似たようなことを言っている割には、他人に言われるのは気に食わないらしい。
フランは特に気にした様子もなく、穏やかな口調で答える。
「お前にとってはな、サフィ」
「……堕落だ。高みを目指さないなんて」
「少し目標は変わった。それは堕落なのか?」
サフィは真っすぐにフランの目を見つめる。しかし、フランはそれに真向からみつめかえしてきた。サフィは焦げ茶色の中の金色の輝きに気圧される。
サフィは逃げるようにして区長の方に向き直った。
「第八区長。フラヌトラ・アーミラーはゴ隊で預かります。よろしいですね」
「馬鹿か。良いっていうわけないだろ」
サフィは一瞬耳を疑った。先ほどまでサフィの一挙一動に顔を青ざめさせていた男はそこに居なかった。余裕綽綽とふんぞり返り、馬鹿にするように嘲笑を浮かべている。
「失礼、今何と?」
「こんな使える部下をくれてやる上司がどこにいる。少しは道理を考えて物を言え小娘」
「……本気ですか?」
「お前こいつが嫌だって言っているのか聞こえてないのか? 本人が嫌がってんだから無理矢理連れてきたいなら上司の許可取ってこい。ゴ隊分隊長だよ。ほら」
「ゴ隊長の許可は貰っています。ですので、断るというなら」
「許可じゃなくて命令だ。転属命令貰ってこい。じゃないとこいつを動かすことなんて俺にはできんよ。お前も同窓ならこいつの頑固さを知っているだろう。残念なことだ。ああ残念だ。部下に昇進の話が来たというのに、慎み深い部下は断って俺の元で働きたいなんて殊勝なことを言うなんて」
サフィは顔を真っ赤にした。ここまで馬鹿にされたのは人生で初めてだった。
「世の中上手くいかないなぁ、小娘」
けけけ、と楽しそうに笑う区長に、モイスとノードは呆れかえった。
「フラン、ゴ隊に来ればまた道が開けるのよ。勿論エイ隊に入ったプルトやグレグはずっと先を進んでるけど、こんなどん詰まりから抜け出せる好機なのよ」
「かもな」
サフィは額を抑えた。こうなったらもう何をしても無駄だった。
ぱんと手を打つ音が詰め所に響いた。見るとモイスが両手を合わせている。モイスは両手を合わせたままサフィに頭を下げた。
「お引き取り願うよ。ゴ隊のお嬢さん。フランはこういってるし、区長は普通に権力に弱いから、我を通したいなら正攻法で来なよ」
サフィは苦々しそうな顔で頷くと、荒々しく席を立った。
そして、去り際に、振り返ることなく吐き捨てる。
「フラン、ピアーニア様のことはもういいの?」
フランが答える前に詰め所の扉は閉じた。




