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十六話 目的

 見回りに行くために靴を履きなおしているフランに、ノードが話しかけた。

「先輩、見回り行くんすか。俺も言っていいっすか」

「駄目だ」

「ええっ。なんでっすか。暇なんすよ」

「モイス先輩と俺が当番だ」

「そう言わずにー。ね。モイス先輩! 大丈夫、休憩室に区長いますし、詰め所を空けることにはなりませんよ」

 詰め寄ってくるノードに、モイスは鬱陶しそうに首を振る。

「俺に振るな。着いてきたいならすりゃいい。だが区長に怒られても知らんからな」

 それを許可と受け取ったノードはいそいそと準備を始めた。それに文句を言おうとしたフランだが、最終的に口で言っても聞かないだろうと判断し、諦めた。

 三人は見回りのために市街に繰り出した。

 王都だけあり、基本的に治安は良い。裏側の三区でも数日に一回喧嘩がある程度で、見回りと言っても実質的にはただの散歩だ。

 ノードはその認識が間違っていたことを今日知った。

 行く先々で都民から声を掛けられ、フランはそれに不愛想に対応する。それが、見回りの間中何度も何度も繰り返される。内容自体は非常に平和なもので、道がわからないから教えてくれだの、落とし物をしてしまったが見ていないかだの、ツバサモチが屋根の上に巣を作ったからなんとかしてくれだの、わざわざケイ隊に頼むようなことではなく、対応するのに大した労力も必要ない。しかし、いかんせん数が多い。

 足を怪我した老婆を家まで送り終えた後、ノードはモイスに引きつった顔で聞いた。

「モイス先輩、モイス先輩との見回りんときはこんなに声かけられませんしたよね?」

「フランの馬鹿が真面目に応対するからな。こんなの仕事じゃねーっつーのに」

 モイスは面倒くさそうに答えた。モイス自身は慣れているので程々に手を抜いていた。

 対象を間違えたと判断したノードは先を歩くフランを足早に追いかける。

「フラン先輩ー。いい加減詰め所戻りましょーよ」

「見回りしたかったんだろ」

「いやいや、まあそうなんすけど。ほら、疲れません?」

「疲れてない」

「面倒じゃないすか?」

「面倒じゃない」

 無表情に答えるフラン。その威圧感に若干気圧されつつも、ノードは愛想笑いをする。

「けど、こんなん適当に済ました方が早く終わるし、時間空きますよ。したら先輩の大好きな稽古もいっぱいできますよ」

 フランの眉がピクリと動いた。ノードの言葉に対して様々な思いが浮かんだが、それをうまく言葉にする方法はやはり浮かばない。結局、思考時間の割には短い言葉を返す。

「二つある。仕事は真面目にすべきだ。そして、俺は稽古が好きなわけじゃない」

 ノードは目を丸くし、愉快そうに笑った。

「いやいや、先輩が稽古好きじゃないって、先輩も冗談言うんすね。朝来る前に汗だくになるくらい形稽古して、休憩時間には形稽古して、仕事終わったら形稽古に行くってそそくさと帰るフラン先輩が? いやー、中々いいぽけっすね」

 あまりの笑いっぷりにフランはややむっとした。ノードがフランを馬鹿にしているわけではないのは分かっている。だが、冗談を言ったわけではないのだからそう解釈されては困る。

「好きなわけじゃない。必要だからしてるだけだ」

「必要っすか」

「必要だ」

 フランは大きく頷いた。

「重要なのは自身の体を完璧に制御すること。動かすべき部位を動かすべき方向に動かすべきだけ動かすこと。それをできるだけ早く行うこと。これらが戦闘の勝敗を分ける。これは極端な話だが。たとえ相手がどれほど強い干渉力を持っていようと、当たらなければこちらが倒れることはない。当たらないためにはどうするか。相手の動きがどこに来るかをしっかりと見ること。そして、それに当たらない場所へと体を動かすことだ。前者は簡単にできることではないが、後者は鍛錬すればするほど伸びていく。だから俺は形稽古をしている」

 ノードは急に饒舌に語り始めたフランに面を食らった顔をし、たじたじとした顔で反論する。

「えっと? つまり強くなりたいからやってるってことっすか? でもそれ、強さが溜まれば解決しますよね。動き、速くなりますし」

「誰もが強さを得られるわけじゃない。だから形稽古もする」

 なんだかはぐらかされた気もして、ノードは首を傾げる。しかし、それ以上追及する前に新たな疑問が頭に浮かび、そちらの方が俄然気になってしまった。

「そう言えば、少し疑問に思ってたんすけど、先輩強さいくつですか?」

「八二だ」

「また高くなってないか?」

「モイス先輩はいくつっすか?」

「聞くな、二七だ」

「んー、普通?」

「普通だ普通。不思議そうな顔すんな。フランがおかしいだけだ。区長だって五十前後の筈だぞ」

 ノードは納得した顔で頷き、いやいやと首を振った。

「あ、いや、フラン先輩の強さは高いですけど。けど、先輩もっと高くないっすか?」

 フランは無言でノードの方を見る。ノードはわかりやすいようにと言葉を選びながらも、しっかりと自分の考えを口にする。

「ほら、この前フラン先輩が戦った異国の戦士いたじゃないすか。あれ、なんか噂によると強さ二〇〇あったらしいんすよ。そんなのに干渉できる先輩って、明らかにおかしいじゃないっすか。動きも互角ってことは、速度も十分だったってことっすよね。速度と干渉力だけがめちゃくちゃ伸びてても、あれと互角に戦うのは無理があるんじゃないかって、思ったんす」

「種がある」

「あ、やっぱなんかあるんすね」

 ノードが身を乗り出して聞く体勢に入る。モイスも初耳だったのか同様だ。

 二人に注目されてやや居心地悪そうにしながら、フランは話し出した。

「強さに指向性を持たせることができるのは知ってるか。ますか」

「それ、あれっすか。干渉力を伸ばしたいって強く願えば干渉力が伸びるっていう、噂」

「事実だ。誰もが無意識にやっている。俺はそれを意識的にやっている。速度と干渉力だけを伸ばしている」

「そんなこと……できるのか?」

 驚いているモイスにフランは頷いた。

「マジすか」

「恐らく区長もしているはずだ。でないとあんなに存在強度だけが高くなることはない」

 二人は納得したように頷いた。

「あ、それは納得っすね。意識的にできるかどうかはともかく、なんかそう言うのありそうって思えます。区長ってめっちゃ戦闘嫌いのびびりすから」

「おいおい、区長がいたら殴られてるぞ」

「区長の干渉力は低いんで痛くないっすよ」

「確かに」

 ノードとモイスはからからと笑う。しかし、フランは区長の拳でも十分に致命傷を負いかねないので笑えなかった。フランは挨拶の時に区長に吹っ飛ばされて以降ほぼほぼ存在強度が上がっていないのだ。

「もう一つある」

「まだなんかあるんすか」

「強さは寄せることができる」

「それは指向性、とかいう奴とは違うのか?」

 二人とも不思議そうだったが、先ほどまでの懐疑的な雰囲気は消えていた。単純にフランの話が気になっているようだ。

 フランは神妙な顔をして頷くと、右手と左手を二人の前に出した。

「こっちは強さを取得した時の話じゃなくて、常にできます。左手で殴る時、右手が常に持っている干渉力を左手によせます。すると、単純に左手の干渉力は二倍になります」

 無反応だった。少しの間沈黙が場を支配し、困ったフランはもう一度言うことにした。

「左手で殴る時、右手が常に持っている干渉力を左手によせます。すると」

「いやいや、二回言わなくていい」

「まじすか? え? まじすか?」

「多分」

「なんで自信なさげなんすか」

「本当だったら結構な大発見なんだがな」

「証明できない。です。あくまで体感で」

 二人は額を抑えた。

「ああ、まあ一人で証明するのは無理だな。定位官の協力は必須だ。それもかなり高位の。能力値ごとの測定は非常に難儀だし、部位ごとなんてさらに上。そもそも強さを測定した時の数値化自体、定位官ごとでかなりばらつくしな」

「どうやって証明するか考えるだけでげんなりするっすね。ほら、俺頭使いたくないから武官になりましたし。証明とかいう小難しいことは考えたくないっす」

 もしこれを言い出したのがフランでなければ、まだ証明の手立てはあっただろう。ユウ隊の官位、又はゴ隊以上の隊員であれば証明の可能性はあった。しかし、こんなことを言っているのが一ケイ隊員であれば、妄言を吐いていると判断されて終わりだ。

「昔同窓生に言ったときには馬鹿にされた。ました。客観的な証明は難しい。実演するにしても実行は難しい。これができるようになるのに、俺は五年以上かかっているので、気軽にやってみろとも言えない、ません」

 悔しそうなフランに、二人は一瞬同情するような顔をしたが、そもそもがあまりに荒唐無稽な話だということを思い出し冷静になった。そして、各々のやり方で納得した。

「うーん、まあ、だとすると、納得なんですかね? それでも無理な気もしますねー。まあいいや」

「知らん。だがこいつは強いし役に立つ。なんかあったら頼っとけ」

「す」

 ふと、モイスは常々聞こうと思っていたことを聞くことにした。今まではなんとなく強くなりたがる変な後輩程度の認識だったが、改めてその理由が非常に気になり始めたのだ。

「そういや、なんでフランはそんなに強くなりてーの?」

 フランは少し考え、短く答えた。

「人を、守れるように、です」

 それに対し、モイスは淡々と答える。

「でもそれは俺らの仕事じゃないだろ。俺らにできることじゃない」

 フランは僅かに視線を逸らした。話をするときには常に焦げたような瞳で見てくるフランにしては非常に珍しい所作だ。しかし、モイスがそう思ったのも束の間、フランはまた真っすぐに見つめ返してきた。

「それを他人に決められて終わりで、いいんですか」

「そうするしかないだろ」

「それでいいんですか」

「いいかどうかじゃないんだって」

 モイスは駄々をこねる子供を見る目でフランを見た。

「多分それじゃ我慢できないんです。俺は。我慢できない」

「我慢ってなぁ」

 苦笑いするモイスに、フランは肩を落とした。理解されるとは思っていなかったが、もう少しうまく話すことができたら、相手に伝わるかもしれないのに。そう思うとやはりはがゆさがある。

「昔はもう少し別の理由でした。強くなりたいのにもう少し明確な理由があって、それは簡単に説明できるし、先輩も後輩も納得してくれると思います。けど、今はそれとは違うんです。多分」

 ノードがおどおどと二人を交互に見る。いつの間にか真剣な空気になっていて、口を開く機会を失ってしまったのだ。

 そんなノードに気付き、モイスは溜息を吐いた。そして、いつの間にか立ち止っていた二人を促して再び歩き出した。

「フランとこんなに話したのは初めてだわ」

 フランはただ首肯した。

 その瞬間、轟音がなり響いた。

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