十五話 休暇
朝、フランは家を出た。今日は平日だが休みを取ったため仕事はない。また、休日は狩猟のため王都から出ていることも多いが、今日は約束があるため王都内にいる。
しかし、人が多い。フランは人混みをかき分けながら心の中で呻いた。平日の昼間の十倍は軽くいる。これほど多いのは何かの祭りの日くらいだが、そういった出来事がある日付ではない。
フランは約束の場所につくと、背伸びをしながら周囲を見回し、既に来て待っていた一人の女性に声をかけた。
「シェリ」
「フラン。時間通りね。よしよし」
その女性、シェリはフランを見るとパッと顔を明るくした。
「遅れたことはないだろう」
「寝坊してすっぽかしたことはあるでしょ」
「いや、あれは」
「もうしてないわよね? 全裸で月光浴なんて」
「してない。あれは効果がなかった」
シェリはフランをじっと見る。フランは心を読まれているのを感じるが、特に抵抗せずに見つめ返す。その堂々した態度にシェリは目を細めるが、嘘はついてないことを読み、満足したように頷いた。
シェリが促して通りを歩きだし、フランもそれについていく。
「今日は休みが取れたんだね」
「……? どういう」
「だって今日はズムグスタのカナリア様が来てるんだよ? 警備体制は強化されてるだろうし、私、無理だと思って予定聞いたからさ」
「そうか。知らなかった」
フランは全く知らなかった。だからこの慌ただしさの理由を知って納得した。
「本当に仕事はよかったの?」
「まあ、カナリア様って言うと、ズムグスタの王女だから。多分直接的に影響するのはシン隊の人たちで、ケイ隊には関係なかった。んだと思う。重要な仕事はシン隊かゴ隊だから」
「そうなの」
「多分。休みたいといったとき何も言われなかったし。暇なんじゃないか」
フランとシェリが話していると、不意に背後から声がかかった。
「黙って聞いてりゃ適当言いやがって」
人混みの中、フランの背後に立っていたのは先輩のモイスだった。不機嫌そうな顔をしてフランを睨んでいる。服はいつも通りのケイ隊の制服。勤務中のようだ。
「超忙しいんだぞ俺たちは。お前が急に休み取ったせいで」
そう言ってモイスは溜息を吐いた。
しかし、フランは不思議そうな顔をする。なぜなら、フランが休みを取ろうとしたとき一切反対を受けなかったからだ。駄目だと言われたら諦めるつもりだったが、区長から許可を取れたのだから問題ない筈だ。
フランがそう抗議すると、モイスはやれやれと首を振った。
「そりゃ、お前。お前が休みたいなんて急に言うんだから区長も面食らったんだよ。俺だってびっくりして飯を床に落としたわ。で、驚きの声をお前が了承と取っちまったもんだから、それで話が切れちまったし。入隊後ほぼまったく自分から休みを取りたいと言うったことのないお前が休みたいなんて言ったんだから断れんわ」
「なるほど」
「だから今からでも仕事しろ」
それは中々難しい要求だった。モイスの言うことが事実だった場合、フランの休暇申請は強引に奪ったものともとれる。正式な許可は取れているとはいえそれは少し気分がよくない。しかし、だからと言って今から職務に戻るのはシェリに悪い。
フランが悩んでいるとモイスは苦笑いして言った。
「冗談だ」
「先輩はどこまで本気なのかわかりません」
「ほらさっさと行け。すまんなお嬢さん。冗談だからそんなに心配そうに睨まないでくれ」
フランたちは警備をするモイスへ軽い会釈をして立ち去った。
そのまま雑談しつつ歩いていると、表の正面、二区の真ん中でシェリが立ち止った。
「はい、ここ。今日の目的はここ」
「食堂?」
「問題です。今日は何の日でしょうか」
フランは首を傾げる。こうした問いかけをしてきたのだから何かしら特別な日であることは予想できるのだが、どうにも思い当たる節がない。目の前の食堂と関係があると辺りを付けて連想してみるが、何も思い浮かばなかった。
そんなフランを見てシェリは口をへの字に曲げるが、やがて諦めて肩を落とした。
「まあいいや。フランはどうせ覚えてないと思ってたし。フラン、前に食事をしたのはいつ?」
「五日ほどまえだったか。多分」
「じゃあ丁度いいね。ご飯食べよう」
「ああ。構わない」
断ると怒られるか泣かれると察し、フランは神妙な顔で頷いた。
二人は適当な壁際の席に座り、給仕が席の近くに来るのを待った。そして、忙しそうに歩き回る給仕が二人の前で立ち止まると、フランがいつもの食事を頼むのを遮り、シェリは祝礼食を注文した。
「祝礼食?」
「うん。フランはもう今年は食べた? 余裕があるなら一緒に食べよう」
「まだ一度しか食べてない。問題ないと思う」
年に三度までしか食べることを許されない祝礼食を食べるほどの祝い事。誕生季ではないはずだった。流石にそれを忘れるほどフランも間抜けではない。しかし、他に思いつくものはやはりない。
「誕生季じゃないよ」
「わかっている。シェリの誕生季はトワの季だ」
即答したフランにシェリは目をまるくし、満足そうに顔を綻ばせた
「ならよし。ほら、もう来た。いつも食べてるザキの肉じゃなくて、ちゃんと香辛料が使ってあって、熱も丁寧に芯まで通してあるご馳走だよ。味わって食べよ」
「ああ」
二人は巨人に祈りを捧げ食事を始めた。
先ほどまでとは打って変わってにこにこと食事をするシェリを見て、フランは胸を撫でおろした。何が理由かは明確には分からないが、シェリの機嫌は上向いたらしい。シェリが心の狭い人間ではないことはフランも知っているが、同時に自分が無意識に傷つけてしまうことも多いのを知っている。こうした日々の細かな傷が決定的な亀裂になるのは嫌だった。できれば笑顔でいてほしかった。
祝礼食を半分ほど食べたところで、シェリは口元を拭き、おもむろに話し出した。
「ふふふ、フラン、聞いて聞いて」
フランは頷いて先を促す。
「それがね、これ他の人に話さないでね? 私のお店にまたカナリア様が来てさ、買って言ってくれたのよ、私の作った髪飾り」
「また?」
「あれ、前に一度話さなかったっけ。まあいいや。そう。結構前にも一度お忍びで来て買ってくれてたんだけど、それで気に入ってたらしくてまた来てくれたんだ。いやー、嬉しいね。お忍びじゃなかったら看板に堂々とかけたんだけどなー。ズムグスタのカナリア様御用達ってね」
フランにはそれがどの程度の事なのかはわからなかったが、凄いことであることは分かった。王族の身辺警護は最低ゴ隊。職種は違えどもそれに相応する仕事をしたということなのだろうと。
シェリは興奮を抑えようと水を飲み乾し、ふと、不思議そうに指を顎に当てた。
「しっかし、なんで今回はカナリア様だけでヌルハに来たんだろうね。こういうことってよくあるんのかな」
「他の偉い文官は一緒じゃないのか?」
「そうみたい。武官の人はいっぱいいるらしいけど、文官は誰も。だだの観光? そんなわけないよね」
フランは少しだけ考えを巡らせてみたが、そもそも他国の王女が来ていることを知ったのもつい先程なら、それが単身であることを知ったのもつい先程。前情報なしでは何も分からなかった。
「外交というのは、色々あるらしい。色々。何か交渉したりとか、そういうことをしなくても、外交になるんだとか。他国の王族が訪れるってだけで。そういう複雑な世界」
「へー。フランの口から外交なんて言葉が出るなんて思わなかった。しかもそれっぽいこと言ってるし」
「叔母の受け売りだ」
「やっぱり。でも、そうなんだ。じゃあ単純に仲良くしに来ただけ?」
「わからない。だが、国同士仲が良いのは良いことだ。異国人を相手にするより野者を相手にする方が気が楽。戦士らしくないかもしれないが、平和があるならそれに越したことはないと、俺は思ってる」
シェリはにっこりと笑うと、フランの腕を突っついた。
「何当たり前のこと言ってるんだか」
二人が雑談しつつ食事をしていると、店の外が騒がしくなってきた。単純に人が増えたというだけでなく、歓声も聞こえてくる。
ぱっとシェリが顔を輝かせた。
「これ、カナリア様来てるんじゃないかな」
食事も程々にシェリは店の窓に張り付いた。フランものんびりとその後に続く。
人垣の向こうに屈強な戦士たちが見える。その中央には一台の輿があり、その輿の上には四人の女性が座っている。艶のある黒髪を背中に流すのはヌルハの王女ピアーニア姫。その横でおだやかな顔をしつつも視線だけは周囲をせわしなく伺っているのはその侍女。そこまでフランもたまに見ることのある顔だが、今日は更に二人多く座っている。輿の端で周囲を警戒しているが護衛であることは想像がつく。とすると、とフランはカナリア姫を見た。
カナリア姫は小柄な少女だった。ヌルハでは珍しい金色の波打つ髪に、目は夜明け前の空を思わせる紫。穏やかな微笑みを浮かべて群衆に手を振っている。
「あの方。ほら、ピアーニア様の隣にいるのがカナリア様」
「そうか」
「……もうちょっと何か感想ないの?」
「思い出してみれば、一回か二回見たことがある、気がする」
「そうなの? なーんだ。あのきれーな黄色い髪見て驚くかと思ってたのに」
少し残念そうな顔をしたシェリだったが、すぐにまた口を半開きにして両手を顔の前で合わせた。
フランはそのシェリの横顔をじっと見つめた。




