十四話 ケイ隊
「ラァラァラァラァラァラァ!」
「トクトクトクトクトクトク!」
「ラァラァラァラァ!」
「トクトクトク!」
砂原に男たちの声が響く。点々と散らばる男たちは次から次へと雄たけびを上げる。
そんな男たちに囲まれ、何とか逃げ出そうと駆けまわっているのは一匹の野者だ。ずんぐりとした灰色の体躯を短く太い八本の足で懸命に運んでいる。頭部には細長い触手がそそり立ち、周囲の様子を窺うかのようにくるくると回っている。尻尾はさほど長いわけではないが、先端が硬質に膨らんでおり、ぶつけられたらただでは済まなそうだ。背にある二枚の襞は体を覆うように垂れ下がり、時折内側から何かが突き破ろうとしているかのように蠢いている。
「ラァラァラァラァラァ!」
「ハイアッ!」
「アー!」
「アー!」
「アー!」
一人の男の声に従い、男たちは一気に方位を狭める。野者は走るのを止め、尻尾と触手を振り回す。戦う気だ。
じりじりと男たちが近づき、尻尾が素早く振るわれるとさがる。反対方向から男が近づき、尻尾が振るわれる。体力と根気を削りあう仮だ。
そんな中、均衡を破って一人の青年が野者に飛びついた。当然岩のような尻尾が振るわれるが、青年は軽やかに跳ねて躱すと、そのまま尻尾の根元に飛びつく。野者が野太い悲鳴を上げ暴れまわるが、青年は離さず、素早く胴体の方へとよじ登っていく。
「エエエエエ!」
「エエエエ!」
「エエエエエエ!」
男達も一斉に距離を詰める。野者は尻尾を振るおうとするが、背中に乗った青年に頭部の触手を掴まれ、上手く体が動かないようだ。近寄られた男に尻尾を抱えられ、頭部を掴まれ、ついに動きを止めた。最後に動いた男たちにマキクスで編んだ縄を掛けられる。
青年は拘束が完了すると体から飛び降り、額の汗を拭いた。
「いやー、フランさ、お疲れだ。今日のは大物だど。高く売れるど」
「怪我した方は?」
「いないいない。フランさのおかげだぁ。おい、確認すっぞ。みなこっちこい」
「おお、そだそだ」
「とれだかを確認せんとな」
男たちはわらわらと野者の周囲に集まり、胴体の襞をめくる。そこには子供の握りこぶし程度の白い野者が大量に張り付いており、突然の外気と陽光に身を縮こま背ている。
「おーおー。こりゃあ上質なベニーコメだ。ひぃ、ふぅ、みぃ……三〇と五匹もおる。こりゃ暫く狩りにでんでもいいかもなぁ」
「一人一匹もってっても十分でな。うひひ」
「そらもう十分よ。ってってもこんなに大きなベニーコメは危なくて狩れんかっで、ぜーんぶフランさのお陰よ」
「そだそだ」
男たちはフランの周囲で上機嫌に湧く。しかし、一人の男が気づかわし気にフランに声をかける。
「でもなあ、フランさは本当にこれらが要らんのけ? 二、三匹もっていっても皆全然困らんでよ。正当な報酬だ」
男たちは顔を見合わせ頷いた。
しかし、フランは首を振り断る。ベニーコメは戦闘を苦手とする割に強さを多く持つ野者で、そのため国に特に高値で売ることができるが、逆に言えばそれしかできない。ヌルハでは野者からのサンジュを国が完全に管理しているので、その強さをフランがサンジュすることはできないのだ。ベニーコメの幼体が一匹で一家数日分の食費になるからと言って、フランには不要だ。フランは金銭を求めて狩りをしているわけではない。
フランは横で足を痙攣させるベニーコメに目を遣った。実質的に野者からのサンジュを許された職業は、武官以外にも存在する。それが食料供給のために野者を狩る狩人。国から免許を得た狩人が狩猟行為を行う場合にのみ、狩人とその補助人にサンジュが許可される。
だからフランはいつも通り、拘束された野者の前に立った。
「いえ、俺はこれで十分です」
そして、急所を掴まれ、拘束されろくに動けない野者の喉に貫き手を放った。紫色の血が砂に染み込み、じんわりと強さが自分になじむ感覚を感じる。
野者を狩ることを手伝う。その代りに獲物にとどめを刺す許可をもらう。そうして地道に強さを溜める。王都の周囲でやるには職場の管轄の関係上問題が出てしまうため、こうして休日に辺境に出かけては強さを得るのがフランの習慣となっていた。
「まあフランさがそれでええならええさ。悪いことじゃねえ。気持ちもわからんでもねえ」
男たちは皆口を開け、心臓に両手を当てる。狩人たちに代々伝わる祈りの所作だ。巨人への感謝。豊穣の願い。自己のために他の生命を殺したことに対する贖罪。そうしたものを願い、男たちはしばしば瞑目する。フランもそれに従った。
眼を開け、陽の眩しさに目を眇める。暑い、暑いモルの季節が近づいてきている。
フランが正式にケイ隊の武官となってから、三年が経過しようとしていた。
ケイ隊第八区詰め所でフランは机に向かって報告書を書いていた。
「先輩質問いいっすか」
「いい」
「それなんすか?」
フランの後輩であるノードがフランの腕を指す。
「腕だ」
「そうじゃなくて、そっちっす。刺青入れてるじゃないっすか。なんか変な模様の。それなんなんすか?」
フランはしばし口を閉じ、どうごまかすか無表情に思案する。妙案思い浮かばず後輩の様子を窺うが、興味津々といった様子でフランを見つめてきている。こうしていると空気を呼んでくれたりフランが怒っていると勘違いして話題を変えてくれる相手もいるのだが、この神経の太い後輩はいつまででも待ちそうだ。
結局、フランは正直に話すことにした。
「あれは、二年前のことだった」
「長そうっすね」
「やめておくか?」
「いえ、ちょっと飲み物取ってきます」
「そこまで長くはない」
フランの言葉を聞かず、ノードは二つの杯に水瓶から水を汲む。そして片方をフランへ差し出すと、椅子に座りなおす。どうやら完全に逃げる機を逸したようだった。
フランは手元の報告書を裏返す。別に見られて困るものではないが、同僚には見せないのが規則となっている。そんな規則を律儀に守っているのはケイ隊でフランだけだが。
「二年前、俺は古書店で見つけた奇術書、偉大なるカ゠ウルの秘典を買った。それには強さをより効率よく収集できるようになる術がいくつか書かれていて、これはそれの内の一つだ。聖紋を強さを吸収する陽天窮に、聖紋を反転した聖邪紋を強さを排出する陰天窮に施すことで」
「すみません、質問いいっすか」
「なんだ」
「何言っているかよくわからないんすが」
フランは頷いた。正直なところ、フランも自身が言っていることの意味を半分も理解していなかった。
「要するに、これを肌に書いておくと強くなれるということだ」
「まじすか」
「わからん」
「わからん……?」
「効果のほどは確かではない。少なくとも、二年試してみたところ、体感できるほどの効果はない。いや、正確にはこれによって強さを得ていると断言できるほどの効果が見られない」
ノードは水を一口飲み、訝しそうな顔をした。
「つまり?」
「特にこれに意味はない。気にするな」
そこでようやくノードはフランが言いにくそうにしていた理由を理解した。本人が大真面目に施したであろう何の意味もない刺青を見て、憐れむような表情をする。
「……因みにその古書のお値段は?」
フランが口にした金額はノードの給料一季分ほどだった。
「はー、なるほど。騙されたんすね。先輩って冷静そうに見えて意外とあほだったんすね」
「反省はしている」
ノードの言葉に怒るでもなく、フランは頷いた。事実だったからだ。
そんな二人の方へくるりと振り返るのは二人の先輩にあたるモイスだ。手に持った黒炭を左右に振りながら、ノードに対して諭すように言う。
「新入り。フランがどういう奴かわかったろ。真面目だし、誠実だが、強くなりたいとかなんとか言って無意味な奇行に走ることがままある。そんな変な奴だ。ああ、ついでにすぐわかるが、あくまでケイ隊としてはだが、意味不明なくらい強えぇ。便利に使えるぞ。何かあったら頼っとけ」
「それは……褒めていますか?」
「ああ勿論褒めてるぞ。頼りにしてる。愛してる」
「同性愛は、違法です。戦士としてあるまじき」
「冗談の通じない奴め。そういう意味じゃねーから。新入り、幼児でも分かるくらいわかりやすくしゃべらないとこうなるぞ。気を付けろ」
「っす」
素直に頷く二人に気をよくしたモイスは黒炭をくるくると回し、ノードの方へと身を乗り出す。そして、得意げに口を開こうとして、そのままの姿勢で固まった。
「随分楽しそうに仕事をしてるな? ええ?」
詰所の入り口に立っていたのは、腹の出っ張った中年男性。ケイ隊第八区長であり、フランたちの上司だった。その表情は野者の内臓を舐めたかのようであり、いつものこととはいえフラン以外の二人は肝を冷やした。
ノードは愛想笑いをして自分の席へと向かい、手に持っていた杯に気付くと慌てて机に置いた。モイスも口笛を吹きながら仕事に戻った。
そして、フランは区長へと向き直ると、真面目な顔をして言った。
「仕事に楽しいかどうかは無関係でないでしょうか」
ノードとモイスは頭を抱えた。
純粋に疑問に思っていそうなフランに対して青筋を立てる区長が再び口を開こうとしたとき、一人の男が休憩所に飛び込んできた。服装からして一般都民のようだが、非常に慌てた様子だ。
「すみません、大変です! 三二七番地で、なんか、外人が暴れてて……」
応援要請だった。
判断した瞬間フランが飛び出す。ノードも慌ててそれに続く。区長もそれに続こうとしたが、休憩室から顔を出したときには既にフランの姿は見えず、すぐにノードも姿を消した。存在強度のみに優れた区長とフランでは速度が違い過ぎた。区長は二人の後を追おうとし、番地名を覚えていないことに気付き地図を取りに戻った。そして、再び出るころには追うことが面倒になり、仕事はフランに押し付けることにした。俺は手が空いていない。区長はそう呟くと、行かないことを即座に決めていたモイスと共に食事をとり始めた。
一方、フランとノードは直ぐに現場にたどり着いた。家も壁も無視して屋根の上を走った結果だ。
現場にいたのは一人の男と、それを取り囲む群衆だった。男は幼い少女の首を掴んだまま、周囲に威嚇するように何かをわめき散らしている。肌は浅黒く、髪は大地の色で、筋骨隆々の男。フランの乏しい強覚でも一目でわかった。男は一般人ではない。言葉の意味が分からないことから、ミギルサかズムグスタの戦士だろうと辺りを着ける。強さだけで言えばフランより上だろう。そこまで考えた時点でフランは思考を停止した。
周囲に怪我人はいない。人質の少女も怪我はしていない。
フランは立っていた屋根を音もなく蹴り、男の真上へと飛び降りる。そして、男が気づく前に男の手首、少女の首を掴む手首に手刀を叩きこみ、破壊した。動く男の手首という小さな的に、落下しつつ小指の先を当てるという離れ業だ。男は目を見開いて手を抑え、距離を取った。
少女が地面に倒れるのを受け止め、ノードに預けるフラン。周囲の人々も少女が無事であることを確認すると、その輪を急速に拡げていく。
「××××!」
「何を言っているかわからない」
一歩で接敵、男の蹴りが風を切ってフランに迫る。フランはそれを姿勢を落とすだけで躱すと、男の脇に手刀を叩きこむ。息を詰まらせ、唾を散らす男。予想外の反撃。予想外に重い一撃。男は混乱する。
続いて振るわれる右腕に対し、フランは絡めとるように体を滑り込ますと、足をかけ地面に倒した。強さだけで言ったならばフランは男より遥かに弱い。しかし、フランは男に強さを振るう機会を与えなかった。方向をずらし、修正させる暇を与えずに攻撃を加える。ひたすらに拍子を外し、当てる気のある攻撃を出させない。まさしくフランは男を翻弄していた。
しかし、フランの攻撃はやはり強さが足りなかった。倒しても封印力が足りず振りほどかれ、何発当てても、最初の一撃以降はまともに干渉させてもらえていない。中途半端な干渉では男の存在強度を傷付けることはできなかった。
焦れるフラン。
しかし、男も焦れている。
このまま続けていれば、勝つのはフランだろう。なにせ男の攻撃は一発もあたっていない。大きな隙ができるか、疲労が蓄積するかすれば控えているノードも参加するだろうし、すぐにゴ隊からの応援も来るだろう。続けば最終的に男が捕えられて終わり。両者共に同じ認識だった。
フランとの距離が僅かに開いた瞬間、それを待っていた男は逃げ始めた。フランは追いかけようとするが、追いつけないことを即座に悟る。
どうにかできないかと周囲に目を走らせたフランは、遠くの家の屋根に見知った人影を見つけた。
フランは遠ざかる男に向かって叫んだ。
「明日は良い天気になるかもしれない!」
男はフランの方をちらりと振り返り、次の瞬間に轟音と共に倒れた。
フランは男へと素早く近づくと、懐から捕縛縄を取り出し拘束する。男は白目を剥いて気絶していて、しばらく目を覚ましそうにはない。
フランは軽い足取りで近づいてくるグレグに話しかけた。
「シン隊が気軽に出たら駄目だろ」
「いいじゃん。ケイ隊やゴ隊みたいに縄張りが決まってるわけでもないし、気にしない、気にしない。お陰で皆怪我してないでしょ」
「まあ」
フランは頷きながら縛り上げた男をグレグに押し付ける。それに対してグレグは意外そうな顔をした。
「いいの? フランが突き出したら得点高いよー?」
「今回は仕留めたのはグレグだから、グレグが処理すべきだ。それに、俺は前の前の事件の報告書がまだ書き終わってないし、これ以上ためるのは、まずい」
「報告書なんてぱぱっと書いて終わりじゃん」
「これ以上ためるのはまずい」
「はいはい」
グレグは呆れたように笑いながら、男を肩に担いだ。
「ってか、フラン、臭うよかなり。最後に湯屋に行ったのはいつだよこれ?」
「……一昨日も入った」
「毎日行けとまでは言わないけど、戦闘があった日くらいは入りなよ」
「わかるか?」
「野者の血の匂いは独特だからねー。女の子に嫌われるよ」
「気を付ける」
素直に頷いたフランにグレグは意外そうな顔をしたが、それ以上何を言うことはなかった。
その場をさろうとするグレグにフランがためらいがちに話しかける。
「サフィは元気か」
「元気だよ。ってもサフィはゴ隊だから詳しくは知らないけど」
プルトのことなら、と言いかけ、グレグは押し黙った。グレグはフランとプルトの間に何があったのか、三年たった今も詳しくは知らない。二人とも語ろうとせず、聞ける空気ではなかったからだ。また、グレグは二人と交友があるが、それゆえに二人が完全に断交していることを知っている。
結局、グレグはひらひらと手を振ってその場を離れた。
「じゃ、またねー」
「おう」




