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十二話 入士式

 それは悪手だった。誰もフランの話を聞いてくれなくなった。誰もフランの言葉を信じてくれなくなった。失敗し、自暴自棄になり、挙句成功した友人を妬んで妄想に執りつかれた。それがフランの評価となった。

 元々誰からも好かれているような人間ではなかった。その正直さと頑固さから周囲の人と衝突することは少なくなく、それゆえフランを嫌っている人も多かった。それがさらに増えた。いや、フランに明確に好意を向ける人がほぼいなくなったといった方が正しい。

 フランは強かった。だから好かれていた。憧れられていた。それがある種の正義だった。フランに向けられる悪感情はほぼすべてが嫉妬だった。だが今は違う。

 フランは落伍者だ。

 ケイ隊の試験は酷く簡単なものだった。健康であり、日々体を動かしてさえいれば受かるような試験内容。形の試験はない。簡単な能力測定と、現役ケイ隊員との組手。それも平の隊員であり、本気のフランより弱い相手だった。当然フランは合格し、ケイ隊員となる。

 武官だ。戦士だ。しかし、理想とはかけ離れた、似て非なるものだった。

 入隊の前に配属される部署に挨拶に行った。そうしたしきたりだ。出迎えに出てきたのは腹の出っ張った中年の男。男は区長を名乗った。

「お前が例の問題児か。まあ頑張れよ。強くはなれないし、昇進もまあないが、命の危険もほとんどない。良い職場だ」

 フランは絶句した。とても戦士の言葉とは思えなかった。武勇を貴び、強さを求め、民を守るために命を懸けるのが武官の仕事だと思っていた。

 そんなフランを区長は鼻で笑う。

「何を黙ってる。俺は上司だぞ。ほら、挨拶をしろ」

「……フラヌトラ・アーミラーです。よろしく、おねがい、いたし、ます」

「随分言いにくそうだな。よろしくしたくはないか」

 無言のフラン。それが答えだった。

 しかし、区長はそんなフランを怒らなかった。嘲笑うように腹を揺らし、濁った泥のような褐色の瞳をフランに向けてくるだけだった。

「随分と自信がありそうだな。俺はお前とは違う。そう思いたいか?」

 やはり無言。区長は笑う。

「残念ながらお前はもう俺と同じだ。これからここでゆっくり腐って行くだけだ。お前たちは使えない、要らないと上から判断されて、こうして暴力の使い道とはけ口を与えられたごみさ。戦士になれなかった者同士、仲良くやっていこうや」

「俺は、違います」

「そう思いたいか? そうか。お前は強かったらしいな。だが、それは本当か? お前は本当に強かったのか?  どうだ。俺を一発殴って見ろ。もし俺に膝をつかせることかできたら、俺が上に掛け合ってユウ隊にでもねじ込んでやるよ。まあ無理だろうけどな」

 どこまで本気かはわからなかった。区長の態度はどこまでも軽薄であり、まるで青水で泥酔した浮浪者の戯言のようだった。しかし、たとえ嘘だとしてもフランはもう殴る気でいた。ここまで侮辱され、ただじっとしているほどの忍耐力はない。何もしないのは戦士ではない。

 構え、拳を作る。最も干渉力が籠るのは爪。親指の先端。しかし総量で考えると拳。指の付け根。

 フランは拳を全力で腹に叩きつけた。

 しかし、区長は一歩も動かなかった。それどころか、眉一つ動かさなかった。まるで風がそよいだかのようなに眼を細め、フランに唾を吐き捨てた。

「おいおい、この程度かよ。これで今季一とは、まあ随分とだらしない。おら、御返しだ」

 区長の平手が無造作に繰り出される。それをフランは腕で受けるが、踏みとどまることはできずに入り口から外へと吹き飛んだ。

 区長はのそのそと緩慢な動きで顔を出し、フランに向かって吐き捨てる。

「なあ、自分がどんなもんかわかったか? 餓鬼の内は強さは与えられねーんだ。だから餓鬼の頃の強さなんてあてにならん。結局はどの隊に入るか、強さを注ぎ込まれるかどうかが重要なんだ。形なんてお飾りだ。強さがなきゃなんもならん。お前はケイ隊に入った。それで終わりだ。それ以上はない。行き止まり。わかったか?」

 フランは動けなかった。自分の無力さを信じられなかった。

「まあ最初は皆そんな感じだ。入士式までは腑抜けててもいいが、いや、入士式の後も別に腑抜けててもいい。ただきちんと指示は聞け。俺の命令を聞いて働け。わかったな」

 ただ、殴ったときの手の痛みは、強い実感としてフランを苛んだ。

 数日後の入士式は荘厳な儀式だった。皆正装をして白く眩しい王城の庭に整列する。王からの言葉。ハユウからの激励。一生に一度の晴れの場であり、ほぼ全員が顔を輝かせていた。

 フランのような、極少数を除いて。

 フランは入士式で同窓生に会った。グレグにサフィ、プルト。ケイルにイリエ。ローン、シムル、タント、ゴーン、ナッノ、他にも、他にも。試験の日以来あっていない顔ばかりだった。皆誇らしげな顔をしていた。そして、フランを見ると眉を顰める。目を逸らす。グレグでさえそうなのだから、誰一人として声をかけてくることはなかった。

 順調に式は進み、入隊員代表の挨拶になった。

 プルトが壇上に立ち、高らかに宣言をした。

 フランは耳を塞ぎたかったができなかった。そんな戦士らしくない行動はできなかった。

「我ら新たな武官の一員として――」

 込み上げる怒りを押し殺す。途端に何をしても無駄だという無力感と諦めがフランを襲うが、それをごまかし、戦士らしくないからと歯を食いしばる。

 終わると同時に、フランはその場を立ち去った。もう何も聞きたくなかった。耐えられなかった。

 血腑が乱れるような感覚がする。。

 息腑が絞られるような感覚がする。

 フランは王城の端、ほぼ裏手とでも言えるような場所に来て、ようやく立ち止った。

 まだ帰ることはできない。もう少しだけ式は続き、最後は出なければいけない章紋の授与がある。

 立ち止り、思わず壁に寄り掛かったフランに、背後から声がかかった。

「あなた、晴れの日にそんな端に――」

 その声の主はアーナだった。

 フランの脳内で記憶がよみがえる。

『そんな端っこで何してるの』

 それはフランが六歳の時の、王女の生誕祭。

『別に。綺麗な服を着ている人たちの中に混じるのは良くないと思っただけ。です。汚い文官の服なので、良く思わない人もいるでしょう』

『くっだらない。そんな奴等のことなんて明日には忘れてるわ。そんな奴等だってあなたのことは気にも留めない。だから気にしないで堂々としていなさい。戦士になるんでしょう? おどおどしないの。弱気を見せないの。戦士はとびきり強くなくちゃいけないんだから』

 そう言ってアーナはフランに手を差し出した。

『ほら。大丈夫。多少粗相をしたって、明日には、いえ、今日の午後にはあなたのことなんて忘れてあげるから。行きましょう』

 そんな、始まりの記憶が。

 アーナは途中で言葉を見失ったままの口を閉じる。

 互いに無言で見つめあう。

 フランより先にアーナが目を逸らした。

「……私は強い人が好きなの」

 アーナはそれ以上何も言わなかった。

 フランは踵を返して走り出していた。王城を出て、更に外へ。まだ式があるだとか、戦士らしく振舞わなければいけないとか、そういったことはもうどうでもよかった。

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