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十一話 慟哭

 翌朝、フランの部屋に訪れたのは見知らぬ武官だった。服装からしてケイ隊であることはフランにも理解できた。非常に重要な事件が起きた場合はゴ隊が対処するが、そうでなければケイ隊が対処する。今回はそうでない場合ということだ。

「つまり、君はその三人組に襲われ、朝まで囚われていたということかね」

「はい」

「その三人はどうして君を襲ったのかね」

「それは、わかりません。ですが、彼らが言うには、俺が彼らのことを笑ったからだと、そう言っていた気がします」

「笑ったのかね?」

「いいえ」

「しかし何か彼らの気に障ることをしたわけだ」

「そのつもりはありません」

「わかった。いい。必要ない。言い訳は不要だ」

「はい」

「それで、調査によると彼らに無理矢理青水を飲まされたとのことだが……」

「縛られたうえで無理矢理口に流し込まれました」

「しかしそれは妙だ。青水は貴重なものではないが、非常に高価だ。直ぐに腐ってしまうからね。腐ってしまうと飲めたものではない。体調はどうかね?」

「崩してはいません。やや頭は重いですが」

「だろう。新鮮な青水だった証拠だ。そんな高価なものを、痛めつけていた相手に湯水のごとく飲ませるものかね? 一体何が目的で?」

「でも、実際に飲まされました」

「それに、縄だ。君は仮にも武官の卵だ。そんなものを長時間拘束できるだけ強度のあるものは常備しているわけがない」

「ですが、縛られました」

「どのように?」

「それは詳細には覚えていません。ですが、腕を縛られました」

「干渉して壊すことはできなかったのかね?」

「手首を、そう、手首の少し下を括られたので、干渉することはできませんでした」

「それも妙だ。まるで相手は干渉力を発揮しやすい部分を理解しているように聞こえる。相手はただの浮浪者だったのだろう」

「わかりません」

「わからない?」

「態度と身なりは戦士のようには見えませんでした。ですが、拳は早く見切ることができませんでした。封印も高く、最初に手を掴まれて、逃げることができなくなりました。ですので、強さは一般人のそれとは違うと思います」

「君は相手を計ることは得意かね」

「いえ、あまり」

「読むことは?」

「まったく」

「それじゃあ正確な情報はないということになる。君自身の強さはどれほどかね?」

「十二です」

「……本当に? 君は訓練所でも有望な武官見習いだったと聞いているが」

「本当です」

「まあ、子供の言うことだしな。そういうこともあるだろうか」

「もう十六です。成人しています」

「ああ、いい。君は余計なことは言わなくていいんだ。質問にだけ答えなさい」

「すみません。失礼しました」

「で、だ。君はろくに訓練もしていない大人に完膚なきまでに負けたという事実がある。君としてはそんな相手を戦士じゃないとは思いたくないだろうが、君はまだ弱い。普通の大人に負けることだってある。例えば狩人を生業としている大人は強さが五十前後まで行くこともある。しかし、彼らは戦士ではない。わかるかい」

「わかります。ですが」

「相手は戦士ではなかったのだろう」

「ですが、俺は強さが二十近い同窓生にも勝っています」

「それは訓練の話だ。路上の喧嘩ではまた違う」

「喧嘩ではなありません」

「君がそう思いたいというのは分かった。だから黙りたまえ。質問にだけ答えるんだ」

「……はい」

「ふう。嘘を吐くことについてどう思うかね」

「許されざるべきことだと思います」

「じゃあ君も真実を話すべきだ」

「本当です。本当のことを話しています」

「そうか。残念だ」

 そう言った武官はフランの言葉を全く信じていないようだった。

 フランは歯がゆさで叫びたくなった。相手の読む力が高ければフランの言葉も信じてもらえたはずだった。しかし、そんな能力があれば独令官になっているだろうし、独令官はこのような些細な事件に出張ったりはしない。だからフランの言葉は信じられない。

 部屋を出る武官を見送り、扉を閉めた後、アドハが震える声で言った。

「お前は……馬鹿だ。少し失敗したくらいで、自棄になる必要などないのに」

 フランは無視した。信じてくれと言う気も起きなかった。

 固く握りしめた手を見つめていると、いつの間にか部屋が暗くなっていた。頭の芯に染みるような疲労感に包まれ寝台に横になると、いつの間にか部屋が明るくなっていた。

「フラン」

 サフィの声がしたような気がして部屋の入口の方を向くと、サフィが立っていた。フランは驚き眼を見開く。

「サフィ……?」

 サフィはそんなフランを見て眉間に皺を寄せると、立ったまま吐き捨てるように言った。

「再試験の話が来たわ」

 フランは耳を疑った。そんなことはありえないはずだった。過去に前例がない。

「本当に?」

「本当よ。それに受かればケイ隊の入隊が許されるわ」

「ケイ、隊」

 落胆を露わにするフランを蔑んだ目でサフィは言う。

「当たり前でしょう。再試験なんて聞いたこともないことを許可されたのよ。感謝こそすれ、文句を言う権利なんてあなたにはないわ、フラン。それでも文句を言いたいなら武官なんて諦めて町で生きていきなさい」

 サフィの言うとおりだった。フランは何かを要求できるような立場ではなかった。試験に遅刻すれば無条件で入隊不可の筈なのだから。

 しかし、サフィのその淡々とした口調はフランの心に深く突き刺さった。

「サフィ、俺は、皆は、俺を疑っているのか」

 普段のフランならば絶対に出さないような弱弱しい声だった。サフィは目を閉じ、深く息を吐く。

「正直、私はどっちでもいいのよ。フランの言うことが嘘なら、一般人と喧嘩して大事な大事な試験に遅刻した愚か者。本当ならそれよりはましってだけ。一般人に一方的に喧嘩を売られて負けて試験に遅刻。大差ないわ」

「一般人じゃないかもしれない」

「どっちでもいいのよ。だとしても。もしそうなら危険管理ができなさすぎよ。危ないと思ったら撤退するのも戦士には必要なのに。相手に捕まったらそれこそ強さを丸々持っていかれることになるんだから。それも含めて情けなさよ。ねえ、フラン。もう止めましょう。たとえ一時でも私たちの最強だったのがフランなのよ。フラヌトラ・アーミラーなの。もう言い訳は要らないわ」

 サフィはフランを睨み付けた。

「あなたがそんな顔をしている時点で、もうハユウも何もないわ。あなたは英雄にはなれない。そんな非凡さはなかった。どこの世界に破落戸に負けて死にかける英雄がいるのよ。恥ずかしいわ。私」

 フランは何も言い返せなかった。ハユウという言葉の輝かしさと、今の自分の惨めさ。すべて全く合致しない。

 うなだれるフランに舌打ちすると、サフィは部屋を飛び出していった。入れ替わりにプルトが入ってくる。

「フラン」

 フランは顔を上げることかできない。怖かった。どんな言葉を掛けられるのか。どんな言葉を投げつけられるのか。言葉に恐怖するのは初めてだった。

 しかし、とフランの心に醜い想いがこみ上げてくる。そもそもあの日遅く帰ったのは、遅くまで稽古をしていたからだ。遅くまで稽古をしていたのはサンジュに参加できなかったからだ。サンジュに参加できなかったのは。それは、プルトが。

「フラン」

「プルト……」

 フランは歯を食いしばってその続きを頭から振り払った。気を抜いたらプルトのことを罵倒してしまいそうだった。

「ずっと言いたかったことがあるんだ。今まで言えなかったけど、あの日。あの日俺が余計なことをして、フランをあんなところに連れてったせいで。ことなことになってしまって、俺……」

 今更謝られても遅い。ついそう考えてしまった己を恥じる。プルトの行動は全て自分のための行動だったのだし、最終的に失敗したのは自分自身だ。フランはそう答えようとしたが、口から言葉が出ない。どうしても割り切ることができない。

 自分が更に嫌いになる。吐きそうになる。フランはこれまでの人生で一番惨めな気分になった。

 思わず目を伏せるフランの耳に続いて飛び込んできた言葉は、しかし、あまりに予想外なものだった。

「この上なく愉快な気分だよ。俺は」

 思考が、停止する。

 聞き間違いだと思った。

「聞き間違いじゃないぜ」

 何かの間違いだと思った。

「何も間違えてなんてない」

「何を」

「行ってるのかって、俺の正直な気持ちだよ。やっと言えた。やっと笑うのを我慢しなくて済む。はは、清々しい。愉快だ! 最高だ!」

 フランは混乱した。目の前の人物が何を言っているのからよくわからなかった。プルトによく似た黒髪の少年が、よくわからない言葉を離している。そう感じた。ズムグスタ語か、ミギルサ語か。いや、そもそも人間が話す言葉なのか。フランは疑ってしまった。

「おいおい、気をしっかりしろって。現実逃避なんてらしくないぜ。フラン」

 プルトは肩を竦めた。それは呆れた時のしぐさだった。

 呆けたままのフランに、プルトはにこにこと近寄り、肩に手をかける。

「お前がはいつくばって許しを請うさまは見物だった。まるで何か悪いものでも食べたかのように、あの日のお前はらしくなかったぜ。なあ、盗人ってのは許されるべきじゃないよな。まあ誰もお前を疑ってなんていないさ、大丈夫。ああ、いくら焦っていたからって勝手なサンジュは禁止されてるぜ? か弱いツバサモチを殺すのなんて簡単だとしても。おーい、聞こえてるか? 分かるか?」

 プルトはフランの額をこんこんと小突くと、自分の頬を指さして言った。

「なあ、巨人は笑っていただろ」

 その言葉で、ようやくフランはその言葉の意味を理解した。

「お前が、全部」

「いくらなんでも鈍すぎるぜ」

 プルトは心底可笑しくてたまらないかのように吹き出した。

 焼けるような怒りに押され、フランはプルトを殴りつけた。全力だった。今は干渉力を妨げる拳帯もないのに、全力でプルトの顔にこぶしを叩きつけた。

 プルトは無抵抗でそれを受け、踏みとどまることもせずに体を投げ出した。扉にぶつかり、扉を割り、家じゅうに破壊音が鳴り響く。プルトはだらんと体を投げ出したまま手首を揺らすと、一瞬だけ鼻血まみれの顔を上げ、フランににやりと目配せした。

 怒りに押され、フランが一歩踏み出した時、サフィとアリアが声を上げた。

「フラン! 何をしているの!」

 そんな二人をプルトは手で制し、辛そうな声で言う。

「いえ、いいんです。俺が、フランの気持ちを考えず、余計なことを言ったせいです」

「……よくも、ぬけぬけと!」

「フラン! やめなさい!」

 更に殴りかかろうとするフランをサフィとアリアが押さえつける。普段のフランならば辛うじて避けれたかもしれないが、今のフランにはどうにもできなかった。

 よろよろと立ち上がり、鼻血を拭うプルトは、フランを抑える二人に見られないように舌を出した。

「プルトォ!」

 フランの咆哮が家に響き渡った。


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