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 紹介してもらった修辞学の教師を前に大介は、次の救う会へ照準を合わせて書いたものを読み上げていった。

「あなた方は、みなさまの善意におすがりするしかない、といいながら、他人の善意を要求しているのです。

 なぜならば、あなた方が、日本国内において臓器提供の順番を待たず、募金活動を行うのは、その善意が当然得られるだろうという、どこか楽観的な目算からなることにほかならないからです。一般的に、日本の社会人で一億円を稼ぐことがどれほど不可能に近いことか、これは働いていらっしゃる両親もご存知かと思います、だからこそ募金という博打にでたのでしょう。そうです、募金とは博打なのです。一般人が一億円稼ぐことがどれほど不可能なことを知りながら、あえてそれだけの金額を集めようというのですから、これを博打といわずなんというでしょうか。 にもかかわらず、皆さんが募金に走るのは、単なる博打ではなく、成功する可能性の高い賭けだということを皆さん自身が認識しているからにほかなりません。どうして成功する確率の高い賭けかと申しますと、あなた方の要求の正当性が幼い命にあるからです。

 だれが子どもの命を救うことに反対するでしょうか。おそらく両親の切実な訴えをきけばほとんどの人が幾らかの金銭を寄付するでしょう。

 しかし、それでも一億円集めることがいつ達成されるかが正確にわかるわけではありません。待機患者リストに載り、臓器提供の順番待ちをすることと、いつ集まるかわからない一億円を集めることにはそれほどの違いはないと思われます。違う点は、待つという受動的な行為と積極的に活動する能動性だけでしょう。それでもあてのない点では同等でしょう。それなら、移植の順番を待たず、実際リストは患者の容態によって順番は変動するのですから、早急に移植が必要ならおのずと順番は早まるのです。にもかかわらず、日本と同様にいつ誰かが死んでその人から心臓が取り出されるかわからない現実を脇へ追いやり、海外なら臓器が簡単に手に入ると考えるのでしょうか。」

 呼吸を整えるついでに教師をみるが、彼は黙ったままでいる。まだ続けろということか、と大介は理解し後を続けた。

「繰り返しますが、心臓は人が死ななければ取り出せない臓器なのです。つまり誰かが死ぬのを待つという点では、日本も海外もその姿勢はかわりないのです。日本より海外の方が死亡率は高いのでしょうか。だとすれば死人の出やすい海外に救いを求める行為はそれなりに合理的であるといえます。

 早急に一億円集めなければならない。一億円集めたとしても、海外に臓器がすでに用意されているわけではありません。その間に、レシピエントである彼、彼女が亡くならないとどうしていいきれるでしょうか。

 なのに、海外に、海外といっても決まってその病院、日本人医師のいる病院という点を見逃してはなりません。そうなのです、海外といっても、そこには日本人医師の存在があるために、融通が利くという点です。それは、アメリカやドイツの国民が日本人に対し、優しいからではなく、単に日本人医師の存在と、デポジットという高額の医療費、収入が得られるという病院側の利益などの側面により、日本人が臓器提供の順番を好条件でまわしてもらえるというだけにすぎず、海外は臓器提供が盛んだというわけではないのは、心臓、ほかの臓器と違い代替えのきかない唯一のものを提供するということは、一つの生命を救う反面、誰かが死んだという事実抜きに語られてはならないということ。心臓を提供されたということは、誰かが死んだということなのです。

 ですから単に日本人の死亡率とアメリカやドイツのそれを比べて結論がつくようなものではありません。日本で心臓移植を盛んにするということは、日本人をより多く殺すということを法律が推奨するということにはなりはしないか、という複雑な問題に発展していき、15歳以下の子どもでドナーになった子どもの内訳に、虐待を受けた子どもたちが含まれているということも留意しなければなりません。こどもが脳機能の停止に陥った時、その子をドナーとするかどうかは、両親親族の判断に委ねるという法律の改正案。それはこどもの気持ちをないがしろにしてしまうということ――」

 教師が遮るように手をあげて言った。

「とりあえず、そこまでにして、反対意見を述べてみてよ。」

 修辞学の練習、とりわけ議論の強化の為に教師が用意した訓練を、大介は何度も受けていた。

先回りして、後援者達の反論を予想し、それに対抗する反論を自ら考えることで、こちらの言い分をより信頼に足るものにするというやり方を教師に提案された時、それは普段から自然とやってきたことだと言い出しそうになったが、大介は修辞学の教師を相手に自分がどの程度の評価を貰えるのか、腕試しをするつもりで教師の提案に乗ってみたが、いざそうして教師と向かい合ってみると、頭で思うほどには簡単ではないことに気づかされるばかりだった。

 大介は、A案が脳死を死と認めることを引き合いに、生きている人間から臓器を摘出することにはならないと反論してみたが、教師は彼の弱腰の反論に満足しなかった。もっと自分の主張を打ち砕くくらいのつもりでやれという。

「それなら、あなたは助かる命を捨ててしまえと言われるのですか? もし、臓器提供で助かる命があるのならば、どうしてそれをしてはいけないのでしょうか、理由を……」と言葉に詰まり大介は、これは反論とは呼べないしろものだと教師が制すより先に止めてしまった。

「一億円稼ぐことが確率の高い賭けとあなたは仰いましたが、それはわたし達が善意というものを固く信じているからです。世の中の人間にあなたは絶望されているかもしれませんが、わたし達はそうではありません。きっと弱者に手を差し伸べてくれる暖かい人達の救いがあると……」

 見かねた教師が、そこまでと制し、「どうも君は自分の意見に反論するのは苦手らしいな。ぼくからすると、君の主張にはいくらも切り崩せる箇所があるんだが、そんなに持論を破られたくないかな。プライドが許さないって?」

 おちょくられているような気持ちに大介が答えられないでいると、さらに教師は彼を挑発するように、「ようはうさんくさいっていいたいんだろ、目に余るものがあるって言いたいわけでしょ? 早い話がさ。なら、もっと的を小さくして、今のはさ広範囲をカバーしようとしてるんだろうけど、聴いてる方の意識がついてけないんだよ。ありすぎて。まあ、とりあえず続けて」

 しぶしぶと大介は残りの文章を読み上げる。

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