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七.

大介が老人を市役所から出て行くのを見送り、二階の会見場に駆けつけた頃には、会場は片付けが済み、役員がテーブルとイスを元通りに並べているだけで、支援者たちも街頭へと活動の場を移し終えた後だった。

 老人の話を聞いている際に階段を降りてくる列が見え、大介はもう直接街頭募金の場で役員をつかまえるしかないとあきらめていたので、老人のいつ終わるかもわからない昔話にもそれほど焦らずにいられた。

 市役所からすぐ近い場所にオレンジのたすきを掛けた団体を見つけ、大介は彼らを安心させる為に募金をするつもりだった。千円札を新札で用意しておいたのも、自分の印象を良いものにする目的で、それでも『あやかちゃんを救う会』での失態を黙考した末、ささやかな贈り物を持参していくことを考えた。

 あまり高額のものだとかえって警戒を誘うからと、安価なものはないか辺りを見回し、アーケード付近の大きなデパートの脇に小さな花屋があることを思い出し、それを持っていくことに決めた。花なら妥当だろうし、両親や役員にも自分の心遣いを分かってもらえ、話の糸口くらいにはなるはずだと考え、花屋へ歩く方向を定めた。

 花屋の前には若い女性が立っていて、別のお客らしいもう一人の女性と花を選んでいるような様子があって、店先まで近づいていくと、それは生花に使う稽古花を二人して組み分けていることが、会話の内容から分かった。

 枝物を五本一組にしたものを買い終え客が去ると、店員の女性が大介を接客の最中から気づいていたらしく、声をかけてきた。

「お見舞いの花をお願いしたいんですが」と大介は花を選んでほしいこと、贈る相手が子供であること、そういったものはどれくらいの値段でできるのかを店員に告げた。

 ではアレンジメントがよろしいでしょう。花瓶の必要がないですし、それと匂いの強いものは外して、子供さんでしたよね、ガーベラなんてどうですか、と店員は自分のことのように熱心で嬉しそうな笑顔で、ガーベラメインにピンクとオレンジのバラをミックスさせたのは、楽しげで男の子には似合っているかも、値段も四千円ほどでできますよ。

 大介は店員の馴れすぎた態度に圧倒され、言われるままにそれに決め、できれば千円程度に抑えたかったのが、花の値段にまでは精通していなかった自分の無知が恥ずかしくなった。

 募金に千円、花に四千円。五千円の出費は学生の大介には痛かったが、それで『かいとくんを救う会』への執着はより強いものになった。元を取る為にも必ず目的は達成しなければならなくなったことで彼の覚悟は固まった。

 店員が直ちゃんと呼ぶ声がして、奥から大介と同年代と思われる女の子が顔を出し、手には洗い立てのバケツを持っている。不思議そうに大介を見て、それから店員の女性に目を移した。

「アレンジメントやってみない?」

 大介が、女の子は新人でベテランの店員が彼女に技術を教える為に自分の見舞いの花を練習に使うことを、店員に注意してやろうかという考えもよぎったが、別に自分が部屋に飾るわけでもないし、とその花が新人の練習用にされようが構わないから、自分から店員に急いでいませんからと言ってやった。

「ほら、お客さんもいいって。せっかくだからおいで」

 彼女は大介を見つめ、あの時の会見場にいた学生であることに気がついた。あの学生が一体花を買ってどうするのだろう。あやかちゃんのところにでも謝りにいくつもりなら、こちらも心を込めてすてきなものを作ってあげよう、と直之は学生が改心したものだと信じてしまい、裕子に手ほどきを受けながらアレンジメントにとりかかる。

 裕子に言われまず、白のガーベラを手にとって、「裕子さん、男の子だったらガーベラじゃないほうがいいんじゃない?」

 だって、花言葉は女性を連想させるものが多いから、と指摘を受け、裕子がそれならトルコ桔梗にしましょうか、それで構いませんか、と大介に訊き、大介は花のことなど全く分からないので、相手に失礼にならなければなんだって構わないと答えた。

「その花にはどんな言葉があるんですか?」

「希望……、深い思いやりとか、お見舞いにはぴったりな花言葉ですよ」と裕子が教えてやる。 なるほど、しかし連中が花言葉を知っていない場合、自分の心遣いが徒労に終わってしまう。自分から花言葉を教えてやるのも憚られるし、役員や支援者達のなかにそういったことに詳しい者がいれば、花言葉は有効なものになり得る。

 大介は白いトルコ桔梗を多めにあしらったアレンジメントが出来上がるのを眺めていて、二人の店員には派手さがないことに気づいた。

 爪も伸ばしていない、髪は二人とも後ろで結んでいる、服装もスカートではなくパンツで、靴もスニーカーを履いている。花屋といっても結局は肉体労働に近いな、そういえばせりって朝早いんだっけ、花だって生き物なんだから今ここにある花もすぐに痛んで売り物にならないんだよな。原価って幾ら位なんだろうか、花屋って儲かるものなのか、ああまただ、花屋のことなんてどうでもいい、これから自分は支援者たちと対峙しなければならなかった。こんなことで本来の目的を忘れ、考えに落ちている暇はなかった。どうしてこう雑念ばかりが頭にまとわりつくのか、うっとうしくてかなわない。

 大介の不機嫌を察知した直之は、それを自分の作業の拙さによるものだと誤解し、「すみません。もう少しだけ待ってください」

「ごめんなさいね。まだ入ったばかりなんで、いろいろとお勉強中だから」と裕子も重ねて詫びてくるのを、新人だからという理由は自分にはなんの正当な言い分にもなりはしない、謝るならば、別の言葉があるだろう、おれなら始めに時間が掛かることを相手に伝えておいたのだし、その許可ももらっているのだから、強調するように謝れば相手をそういった気持ちに変えてしまうことになる可能性だってあるのだから、にこやかに話しかけながら作業をして、なんなら作業の説明でもしてやれば時間を持て余すこともなく、退屈させずに完成させることができるだろう。過剰に謝るのはこの場合逆効果になる。

「あの、やっぱり裕子さんが……」

 裕子も大介の表情がさらに険しくなったのを見て、直之と作業を代わろうとしたのを、大介が、せっかくなんだから最後までやったらどうですか、時間は気にしてないから、練習しなきゃ技術も上達していかないでしょう。どんな職業だって慣れなきゃ熟練はないんだから。

 突然その険しい表情とは反対の提案に直之も裕子も意表をつかれ、しばらく言葉がなかったが、裕子の方が先に口を開き、大介にお礼を言うと、直之に時間は掛かってもいいから丁寧に仕上げることを考えてやりなさいと励まし、直之も大介の思いがけない優しさに戸惑いながらも、この機会を利用し彼の満足するようなアレンジメントを完成させてやろうと意欲的に作業にとりかかる。

 バスケットにラッピングペーパーとスポンジのようなものをカットし入れ、それを二人はオアシスと呼んでいたが、それに花を挿していく。

そこには個人のセンスが要求され、そういったセンスはやはり練習によって磨いていくしかない。自分の議論と一緒だ。成長にはなにをおいても実践が一番だ。頭の中で考えるだけではおれも彼女も今以上の成長は望めない。

 大介があまりにも真剣に作業の様子を凝視していることに直之は手先がうまく動かせず、もたつくことでよけいに焦り、顔を赤くさせ、裕子に落ち着いていいからと言われても、一度高まった緊張はすぐには治まるはずもなく、誰かに見られながらの作業がこんなにも神経を乱されることで、裕子さんは普段からこんな緊張を感じながら、わたしに気も使ってくれていたのかと、今更ながらに裕子が自分の唯一目標とする女性であることを改めて認めずにはいられなかった。

 茎がうまくオアシスに挿せずあわてる直之にもっと切り口を斜めにしないと、と彼女の手をとり裕子が一緒になってオアシスを埋めていく。

時々、作業の様子を裕子が大介に説明してやると、知りたがりの彼は食い入るように話を聴き、自ら質問をしたりする。若い男性で花に興味を持ってくれることを喜んだ裕子は、彼が客であることを忘れ、「これね、フローリストナイフっていうの。これで切り口を新しくすると花が吸水しやすくなって長持ちするのよ。水揚げっていうんだけど、やり方もいろいろあって、切り口を焼いたりすることもあるの、知らなかったでしょう?」と自信たっぷりに語る裕子が子供じみて映り、大介は微笑ましく聴くことができていた。花のことを話す裕子が年齢よりも若く見え、淡い好意さえ芽生えるほど彼女は魅力的だった。飾り気のない外見、荒れた手さえも気にならないくらい彼女は、若い学生の大介にとって大人の女性に魅せられ、そばで作業を続ける直ちゃんと呼ばれた女の子がよけい幼く感じられてしまう。

 出来上がったアレンジメントを受け取り、代金は裕子のはからいで、三千円にまけてもらった。大介が二人に礼を言い、店を後にすると、直之が裕子にあの学生をこの間の会見で見た時のことを話した。それでも裕子は、「そんな怖い子には見えなかったけど」と大介のことを気に入った様子で、直之も彼への印象が良くなったことを認めずにはいられなかった。

彼が今から病院へ見舞いに行くのがなりよりの優しさの証明ではないかと、直之は彼が今から向かう先と目的を疑いもしなかった。


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