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十四

気がつけばいつの間にか、通行人が惹かれるようにして、すでにある聴衆の背後で立ち止まり新たな聴衆となり、今では十数人にまで増えているのを、まだ不満そうに眺めていた大介だったが、見にみえて集中を増した聴衆の態度にはある程度の達成感を得ていた。

 大介の口から奈緒のことが語られるとさっきまでとは違った、興味本意の眼差しが彼へと向けられ、皆顔も知らない奈緒の生活に旺盛な好奇心を隠そうともしない態度には晴れ晴れとしなかった彼だったが、なんとか我慢して話を続けようと自身に言い聞かせながら後を続けた。

「彼女にはその温柔な精神に相応しい身体が必要なのです。今のままではアンバランスな精神と肉体の間で葛藤を続ける彼女の心がいつまでも持たないでしょう。ですから、できるだけ早い内に彼女を、より設備の整った環境で手術を受けさせてあげたいのです。今手元にありませんが、三百万円の内訳を書面にして皆様に公開する準備がわたしにはあります。ホームページを開設しまして、より詳細な情報を提供することを約束致します」

 と、大介はウェブ関連には疎かったが、大学の知人に頼めばなんとかなるだろうと、ここはそれほど深く考えずにいた。いざとなれば専用のソフトも市販されているので、どうにでもなるだろうとも考えていた。

「日本でやればいいだろ、外国に行く旅費がもったいないんじゃないのか?」と聴衆の一人が言い放ったのを、溜息ついてから大介は心の中では、なんて無知な質問をと思いながらもその表情はいたって真面目さを強調するものだった。

「今現在国内には数カ所性別適合手術を受けられる医療機関があります。が、どれも希望者が多いためすぐにというわけにはいかず、日本よりも技術が進んでいるタイでの手術を望む者が多いのも、確実に成功させたいという彼女達の気持ちを考慮すれば納得してもらえるでしょう。なによりも失敗を恐れる彼女達の心理は我々でも理解できる範疇のはずです」

 ここまで述べたところでさえも、彼の言葉を遮る聴衆からの質問は幾つかあったが、あえて自分の話が終わるまでは、それらを聴かないように意識しながら喋るのは少々神経の疲れる作業だった。彼は冷たい飲み物がほしくなったのを、喉元に僅かに残るビールの苦みで感じていた。そして、しきりと大介の言葉を遮ろうとしてきた聴衆の声で、もう聞き慣れてしまった男のかすれ声が、手術の内容を聞きたがっているのを、無視し続ける訳にもいかず、

「ええ、具体的にいいますと、陰茎会陰部皮膚翻転法と大腸法の二種類ありまして、どちらも造膣を行うわけですが、ええ説明しますよ。造膣というのは、大体想像がつかれるでしょう? 女性器の代わりになる部分を造ることです。具体的に? どこをどうするかって? 」そんなこと、と彼は顔を顰めてみせたが、興味本位な聴衆の下卑た好奇心がこれほど不愉快なものであったことを、かつての自分と照らし合わせて痛感していた。

 そうだった、全てを公開してこその透明性だった。話したくないことこそあけすけにしてやらなければ信憑性を疑われても仕方がない。しかし、この話を本当に聴きたいのかどうか疑問は残るが、もう構わないか、耳を塞ぎたければ勝手にしろ、嫌な顔をしたって続けてやるまでだ。

 大介は、まず尿道と直腸の間を切り膣になる部分を空け、ペニスの皮膚を剥いで反転させる、とここまでの説明で男性の間からは苦い表情と苦痛の声が漏れてきたのは充分想像の範囲内だったから、大介はそのまま陰嚢も膣の一部に利用するため剥いでしまうことも続けて説明した。

 男性から女性への性転換手術をMtF(Male to Female)というのだと、遅れて付け加え説明した。そこからさらに詳細な説明へと入ろうとしたところで、にやついた顔の男が取り巻きの連中を連れて大介の側までやってきて、

「女になったら、感度もあがんのかよ? 気持ちよくなれるんだったらおれも女になりてぇ」といって仲間の顔を見ると、一緒になって笑い出した。つられて他の人々も笑い声を上げたのが余計に大介の気勢を削ぐ結果となったのは事実だった。急激に投げやりな気持ちに落ちていったし、いやらしい笑い顔が間近にあるだけで充分だった。不愉快さは頂点まで達していた。こんな連中に頭を下げてまで金を、施しを受けようというのか。こんな奴らでも、金は金だ。それでもこんな屈辱的な金はない。奈緒にはこんな金は相応しくない。もっとちゃんと労働で貯めたお金でなければいけないような気がする。

 大介は、もう飽きたとで言いたげに後ろを向き、そのままどこかへ行ってしまった。聴衆からは驚きの声に入り交じって、やっぱり嘘だったんだという罵りの声も聞こえてきた。

 偽者はお前だ、という声に足が止まり、奈緒のためならこの屈辱に耐えることもできるはずだ。それが愛の証明にもなれるはずだ、と自身に言い聞かそうとしたが、両足はまた動き始めていた。

 愛しているということを形で表すには一体どうしたらいいのか分らない。この連中に頭を下げて施しを受けることが愛というのなら、自分の尊厳を傷つける度に、奈緒への愛情が深まるということになる。そうならば愛とはマゾヒスティックなものであるようだ。肉体と精神を痛めつけ、奈緒へ差し出したら、彼女は喜んでその贈り物を受け取ってくれるのか。

 そんなはずがない。とすぐに否定してみせるだけの根拠はあった。臆病な奈緒が他人の傷ついた姿を見て嬉しがるはずがない。こわばった顔で身を引くだけだ。

 最早彼の望みは一つに絞られていた。奈緒を喜ばせたい。今まで辛くあたっていた時間を取り戻すだけの喜びを与え、奈緒にお詫びをしたかった。どんなに知力を尽くしても思い浮かぶことは手術費用を用意してやることだけだった。小声でそれでも金は金、と呟き誹謗に堪えようと試みたものの、その言葉ほど虚しい響きは、この瞬間だけはないように思われた。

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