七
歪められた大介の、奈緒への愛憎は治まることがなく、ついに奈緒の行動を調べるという愚行にまで発展し、奈緒の知らないうちに携帯のアドレスやメールの履歴を定期的に探ることが彼の猜疑心をさらに膨らませ、大介の想像の中ではすでに奈緒には新しい恋人が出来ていて、その男には初めから真実を告げ、それでも奈緒への愛情に疑いを持たなかった自分ではない男が、今の奈緒に笑顔を与えているのだと決めつけ、ひとり勝手にその男と自分を裏切る奈緒への敵愾心を煽ることを繰り返していた。
最近の奈緒は悩み事があるとまず本屋の店員の悠人にメールを送ることが当たり前になっていて、大介がそれを嫌うことは知っていたが、彼とメールのやりとりをする間は憂鬱な気分から逃れられるからどうしても大介の思うとおりには行動してやれなかった。
悠人は高校を卒業して服飾系の専門学校に通いながら本屋でアルバイトをしていて、長髪も女性的な格好もそこでは特に変な目で見られることがないらしく、学校の友達を奈緒のところに連れてきたりしていた。
奈緒の体の悩みにも寛容で、その手の話題にも知識があったので、すんなり奈緒と打ち解けていった。最初は悠人も自分と同じ悩みを抱えた者同士だと考えていた奈緒だったが、よく話をしているうちに彼が不思議な考えを披露し始めた。
「わたし……あ、奈緒ちゃんと二人の時は一人称は”わたし”ね。もっと子供の頃は自分は女なんじゃないかって思ってたけど、今は性転換するほどってわけでもなくって、だからって男のまんま見られたい訳でもなく……、中性的っていえばいいんだろうかな、ぱっと見どっちかわかんない、けど女なんじゃないかって思ってもらいたいの。変だろうけど、奈緒ちゃんみたいにはっきりとした意志がないからこのままでもいいかなって流されてたい気もするし」
奈緒ちゃんはどう見たって心も体も女性だと思う。だからわたしは奈緒ちゃんを応援するよ。あ、カンパ無理だけどね。
笑いながら髪をかき上げる仕草も、漂う芳香もまるで女性だと奈緒は自分の女っぷりにはまだまだ未熟なところがあるような気がして、恥ずかしさを覚え自らの髪を同じようにかき上げてみた。
「あ、女っぽい……ってごめん」
「いいよ。気にしてないから。それより悠人はずっとこのままでいることに不安とかないの? わたしは怖いな。だってずっと差別されるだろうから、最近疲れて来ちゃった」
「あの彼? 止めときなよ。もう別れた方がいいよ。一緒にいても楽しくないんでしょ?」
「……うん。でも初めてだったからあそこまでの関係になれた人って。それに大介君が冷たくなったのってわたしが原因だから……」
駅のホームの一番遠いところに歩いて行って、そんな話を二人は何本もの電車をやり過ごし、はっきりと辺りが暗くなると分かるまで続けていた。