二
郊外の大型ショッピングセンター入り口には、朝から大勢の人だかりがあって、直之も大介目当てで早くから開店前の駐車場をおどおどとしながら彼の姿を探していた。
『かいとくんを救う会』が当初の目標額に届かなかった為に急遽開催されることになった追加の募金活動に大介が顔を見せることを知った時、直之はまた彼が大勢を相手に一悶着起こしはしないか気が気でなく、そうかといって実際に現場に来ても、大介の行動を止めることは出来もしないことは気弱な直之も弁えてはいた。それでもこの場に来ることだけは初めから決めていたようで、大介の代わりにと前日わざわざ自作の花束まで作る念の入れようだった。
直之が恋愛に対して積極的になれたのは、これが初めてのことだった。学生時代は周囲に知り合いばかりだったので、男として認知されていた自分ではどうしても変なうわさが立つことは目に見えていたから、本当の自分はひた隠しに過ごしてきた。
だからこそ今彼女が感じている開放感は、彼女にとって特別なもので、過去の自分を知らない大介は自分のことを女としか見ていないし、彼女にとってはこれが本来の自分なのだから、隠すとか騙すとかではなく、大介には今の自分だけを見て判断してほしいという願いもあった。
彼は頭の鋭い人だから、きっと自分の問題も余計な先入観無しに冷静に事実だけで判断してくれるだろうという、彼女にしか分からない確信があった。
その時の直之は、恋に目一杯舞い上がってしまった人そのもので、まるで周りを自分の都合の良いように変えて理想郷のような社会を築き上げることに夢中で、現実に起こる辛い問題を脇に追いやって良い事ばかりを頭の中で描いていた。現実の問題が難しければ難しいほど、直之は大介に逃げ込んでいくようにそれしか考えなくなり、手術費や渡航のことはなくても理想は叶うと思い込むばかりだった。
開店時間を一時間過ぎた頃大介が普段着のままやってきた。彼の姿には気負ったところもなく、ほんとうに買い物にでも来ただけの客みたいで、直之が彼の姿を見つけても近づいていくことをためらったくらい、彼は落ち着き払っていた。
「おはようございます。これ裕子さんに頼まれた花です」
そういって彼に差し出した花束を大介は受け取りはしたが明らかに浮かない表情をした。
「あの、今日は行かないんですか、あの人達のところへは…」
「今日は離れたところで、見てるだけのつもりだったからなぁ」
あ、と大介が花束の始末に困っていることに気がつき、わたしが渡してきます、と彼から花束を受け取り会の主催者らしき人達のもとへ駆けていった。
その時大介は、突然現れるはずのない場所に出てきた直之に戸惑い、また自分を待っていたことに嬉しさを感じてもいたので、そっけない態度は彼女へ申し訳なかったと反省していた。それからこの後どうやって彼女とさらに長い時間を過ごせるのかも考えていた。せっかくだから二人きりになって花屋以外で会えるくらいには、関係の下準備をしておきたい思惑もあった。
大介が今日に限って救う会に薄い関心しか示していないのが気になったが、直之は彼の傍にいて、彼の向かう方へ後をついていく。傍から見れば若い恋人同士そのままで、誰も二人の関係を勘ぐる者もないくらい、大介と直之は寄り添うようにして店内を歩いていた。
募金活動には最初だけ目を配り、本が見たいという大介に従い、その後は彼の提案で洋服を眺めてから、店内レストランで昼食をとり、もう一度店内を見てまわった後、直之のみたいという映画を見るために店内からシネコンまで向かう間並んで、大介の話す大学での出来事にいちいち大げさな反応を直之は見せていた。その度に見せるしぐさが女を強調するかのようで、大介は少し鼻につく感じがしたが、それがやけに可愛らしく見えたりするものだから、妙にむず痒い感触が胸の内に残った。
映画を見終わった後近くの公園を散歩して、その際にメールアドレスの交換を済ませた。夕方別れる頃には直之の大介への印象は一変して好印象となっていた。さらに大介への想いは深まる一方だった。
直之は奈緒という偽名を使い、大介が花屋に来て、裕子が自分を呼んだとしても言葉の上では分からないようにした。彼女はずっと前から奈緒という漢字を使った名前を考えていた。学生時代何度も自分に相応しい名前を空想しては、現実に改名できない現状に失望した自分を慰めるように、漢字を変えて自分を呼んでいた。他人には分からない、自分だけの本名をそれにした。
大介にはそのうち本当のことを話さなければならない時が来たら、真実とともに本名も明らかにし、彼にもそれを理解してもらったうえでもう一度奈緒と呼んでもらえたら、その響きもきっと新しい音色に聴こえるに違いない。そうなれたらわたしは自信を持って生きていける人になれそうだとも直之は考えていた。自分の支えになってくれる人さえいればきっと変われるはずだと、もうずっと前から大介のような男性が現れるのを心待ちにしていたかのような喜びようで、直之はすでに恋人同士になった自分達を想像して、その過程をほったらかしで先へ先へと空想を運ばせていた。