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後編 一

 近頃大介はとくに用もないのに花屋に出かけることが多くなっていた。内向的でどことなく彼の神経を高ぶらせる態度を見せる小柄な彼女に、しだいに興味本位の関心を抱くようになっていたからだ。

 大介が彼女について知っていることといえば、未成年で、今年親元から離れ一人暮らしを始めたばかりだということぐらいだった。

 花屋の女性店主が傍にいる時にだけ、彼女は強張った表情を崩し、店主越しにその笑顔を大介にも見せるくらいには距離も近くなっていた。その際にわずかながら彼女が自身のことを話す内容を、しっかりと記憶している自分に気づくと、大介はその場にいるのが居たたまれなくなり、会話もそこそこに店を出て行くのだった。

 彼はもっと、面と向かって彼女と会話がしたいと考えるようになっていた。異性として意識し始めたばかりの感情にいつもの抵抗をしようとは考えなかった。修辞学に興味を持ち、教師に教わった本の幾らかを読み進めるうちに彼の考え方は多少なりとも実践的な方向へと向かい始めていた。

 他人を屈服させる為の方法ではなく、自分が世の中を生き易くする為の方法論といったものに関心の大半を寄せるようになっていたためで、自分の中にある、情報の少ない彼女への、理屈ではない恋心の思うままに当面は流されてやろうと、その感情を否定することは意識的に控えるようにしていた。

 大介の思惑に初めは警戒を抱いていた直之も、最近では裕子を間にはさんで大介と会話することに抵抗を感じなくなっていた。話してみると気難しいばかりではなく、若者らしい話題もそこそこ出来、男なのに花屋の仕事に興味があるのか、よく裕子の仕事に質問をする彼に親近感を覚えることもあった。


ある日を境に大介が店に寄り付かなくなってから、直之は彼のことが心配になり仕事もうわのそらで、見かねた裕子が大介の大学を教えてくれたが、そこまでして会おうという度胸は直之にはなく、それでも彼が有名な大学に通う人物だったことを知ると、彼の気難しい態度も納得がいき、なんだか自分のことみたいに彼の将来を期待したくなる心境で、自分なんかには分からない理屈で彼は動いているに違いないと思い、辛らつな言葉も少しは寛容に聞けるようで、今一度彼の演説を聴いてみたいと思った。

 それにつれ、彼に会いたいという気持ちは強まる一方で、直之は救う会の情報をなんとなく集めてみたりしていた。

 数日後、大介がやつれた顔をして花屋にやってきた。裕子との会話で風邪をひいて二週間ほどまともに外出していなかったことが分かった。その日彼が卒論の為に救う会の活動に異常なまでの興味を示していたことが判明し、きっと卒論を仕上げなければという使命感があの余裕のない、脅迫的な態度をさせたに違いないと考えた。裕子と親しげに今日は花はいらない、ただ季節の変わる時期にどんな花が店に並ぶのかが気になったから来てみただけだと、彼にしては目的のはっきりしない態度だった。

 いつもなら、事細かに仕上げの花に注文をつけてくる煩型の彼が、無目的でここにくることと、裕子に見せる笑顔が直之に嫉妬をさせた。裕子目当てだという想像が強まるほど、直之はやっぱり自分では無理なのかと落ち込み、結論はこの自分の体にあると思えてならない。手術を受けたいという思いがより現実的に差し迫った問題になったのは、大介との出会いがあってからだった。この体のままではいつまでたっても彼に対し受け身でいるしかないのだと直之は、まるで体さえ変えてしまえばその問題が全て解決するような誤った想像に逃げ込んでしまっていた。直之が思うような人間性を持った彼ではないことは、あの救う会での演説で怖いくらい目の当たりにしたはずの直之の目を曇らせるのは、抵抗しがたい男女の恋愛感情に他ならなかった。

 

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