華胥之夢ヘイク
久し振りの投稿です。
幼子の頃から、私は私を嫌いだった。
怒り狂うと、自分ですら自分の心情を制御出来ない。自分の中で、魑魅魍魎が渦巻き、跋扈して止まない。そして、その間、私には私の記憶はない。まるで、目覚めぬ悪夢の泥沼に足を取られ、苦しく藻掻いているかのようなあの気味の悪い感覚しかなく、起きると何時だって、誰かの非難めいた顔が目の前にあるのだ。
それでも、それでも、私は、今日日生き抜いてきた。辛く、苦しい思いをしながらも、支えてくれた人の為にも、生き抜いてきた。
「どうしたの?」
その支えてくれた人の内の一人、青菜 結 が純粋無垢な笑みで、穏やかにそう聞いた。私は、微笑みながら結を見た。彼女は、私の第一の親友であり、そして良き理解者でもあった。彼女が私の精神的支柱となってくれたお陰で、私は随分と救われてきた。彼女のお陰といっては行き過ぎた比喩表現かもしれないが、彼女と話すようになってから、かなり怒りを制御出来る様になった、と思う。
「何でもないよ、ありがとう。」
首を傾げ、お礼を言われる筋合いはあっただろうか、と考えている彼女に、私は心の中で、改めて二重の意味でありがとう、と呟いた。一つは、心配してくれて。もう一つは、良き友でいてくれて。一縷の、だけど素敵な時間を、私は私なりの速度で、大好きな友と一緒に歩いていた。
これからも、歩くつもりだった。
ある日、尋常ではない梟雄な気配を感じ、学校の建物の裏に行くと、そこには結と一人の男性がいた。男性は、明らかにおかしい慧眼な目付きをしている。直ぐに、彼らが何の話をしていたのか悟った。きっと、別れ話だろう。結が純粋な点につけこんで、浮気でもしていたのだろうか。
だとしたら...結の真剣な思いを、無下にするだなんて、許せない。先程の不思議さは消えてなくなり、代わりに沸々と湧いてきたのは、激しい怒りだった。また、魑魅魍魎が蠢く音がする。でも、今日の私は、それに抵抗しなかった。泥沼の中で、藻掻くこともせず、只々、怒りに身を任せ、思い切り、男性を引っ叩いた。男性が、手を出してきたのを、既の所で躱し、それから腹の一点に指を叩き込んだ。男性は、腹を抑え、意識が飛ぶのを必死に抑えながら逃げて行った。
その一部始終を、結は黙って見ていたが、急に私の前に来ると、頬を叩いた。焼けるような、熱い痛みが走る。
「...憐れみなら、要らない。」
目に涙を浮かべ、震えてそう言う彼女の声を聞いて、私は取り返しのつかないことをしてしまったと、悟った。あの男性に怒りを感じ、怒りに身を任せた私。それは、憐憫の情以外何物でもなかった。その結果、私は彼女の矜持を傷つけてしまったことを、今更ながら痛感した。
魑魅魍魎に身を売ったお陰で、私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう、自分が嫌だった。幼子の頃から、あったその心情は、今や抑えきれない程増長していた。自分が嫌い、嫌い、嫌いだ...!
私は、一言、ごめん、と呟くと、家へと帰った。
そして、永遠の華胥之夢へと飛び立った。遠くで、誰かが泣いている声が聞こえる。でも、私は、振り返らずに、華胥へと行った。
誰もが、幸せな場所ー...。
結が、お母さんが、お父さんが、おばあちゃんが、おじいちゃんが、皆が幸せに暮らせるのを、願いながら。
私は微笑んで、橋に身を乗り出し、決意を決めた。