辺境伯爵令嬢・ビアンカ=ヴェント
薄っぺらい設定で書いてありますのでがっつりした内容をご希望の方にはおすすめできません。
『ご都合主義』をいかんなく発揮しておりますのでお許しください<(_ _)>
あの人から贈られた魔術で作り上げられた1本の花。
全部で12枚あった花びら。
もうすでに6枚が散ってしまった。
すべての花びらが散った時。
私は……
************
なーんて、悲劇のヒロインなんか演じるもんですか!
よし!
一応世間体を気にして今まで我慢してきた。
十分我慢した。
周りから何か言われても笑顔一つで躱し、味方にしてきた。
でももう、我慢の限界!
「お父様、お兄様! 婚約を無効してください」
「お?やっとか?」
「もっと早く言ってくると思ったけど。結構遅かったな」
勢いよく父の書斎に飛び込んで叫んだ私に、父と兄は笑みを浮かべて迎え入れた。
「かなりの時間を無駄にしました!早急に婚約無効の手続きをしてください!」
父の書斎の机を思いっきり叩くと、父はくすくす笑いながら一枚の紙を机の上に置いた。
「もうとっくに出来上がっているよ。あとは王宮にいる宰相補佐のサインを貰って提出するだけだよ」
「さすがお父様!仕事が早いわ」
「むしろ提出が遅いくらいだよ。俺はあいつが落ちてから3カ月以内と見ていたんだけどな」
「わしは1カ月」
「甘いですわ。1カ月や3カ月ではあちらはのらりくらりと言い訳するに決まっています。『ほんのちょっとした出来心なんだよ。本当に愛しているのは君だけだ』なんて言い訳して証拠を握りつぶして逃げ切るに決まっていますわ」
「あー、あいつなら言うな。それに短期間なら間違いなく証拠隠滅していただろうな」
「お兄様の友人を悪く言いたくありませんが……」
「あ、あいつとはもう友人でも何でもないよ。ただの知人。いや知人以下?」
「いつ絶縁されたのですか……まあいいですわ。私はあの方の事を一ミリも信じられなくなりましたわ。馬鹿正直にお仕事だからというあの方の言い訳を素直に聞いていた自分が馬鹿らしいですわ。あれ以来、同じ内容の手紙や、自慢話しかないお茶会の回数が減ったのはありがた……いえ何でもありませんわ。あちらから無理やり取り付け、王都に呼び出しておいて毎回ドタキャンするようになったのにはさすがに怒りよりも呆れましたけどね。……しまいにはあの方が自分自身で約束したことを破りましたわ」
「は?あいつがした約束って『君と婚姻するまでは~』って両家と国王の前で誓ったあれか?」
「ええ、証拠もありますわ」
私は侍女に頼んで部屋に置いてある物を持ってきてもらった。
「お父様、コレに見覚えは?」
「お前があいつと婚約した時に、あいつが『愛の証』にって贈ってきたものだな。ほう、すでに6枚の花びらが落ちたか」
「ええ、最初の一枚が落ちたのは2か月前ですけどね」
「2か月で6枚!?レオ。超特急でこの書類を提出してこい」
「了解です。ついでに証拠品としてコレも一緒に提出してくるよ」
兄はそういうと、侍女が持ってきたモノを丁寧に抱えて王宮に出かけ、数時間後今まで見たこともない満面の笑みを浮かべて帰宅した。
************
さて、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
私はとある王国の辺境伯爵家の娘・ビアンカ=ヴェントと申します。
え?口調が先ほどと違う?
ふふ、気のせいですわ、キ・ノ・セ・イ。
あら、話がそれてしまいましたわね。
わが領地は辺境と言っても隣国との貿易で栄え、第二の王都と呼ばれる(実際は王都より栄えている)ほど活気のある土地となっております。
そんな領地を治めているのが父カルロ=ヴェントと跡継ぎである兄レオナルド=ヴェントです。
母であるロザリア=ヴェントは私が10歳の頃に病気で亡くなりました。
ヴェント家は遡れば現王家と同じ血筋にたどり着きますが、公爵家ではなく辺境伯家です。
祖先の日記を辿れば『公爵と名乗るのには力不足だし、煩わしい王宮でのアレコレはできる限り遠ざけたい』と書かれており、代々当主になった方々も以下同文でした。
父と兄も同じ意見だそうです。
母は隣国の公爵家の出身です。
母亡き後、父に再三、再婚話が持ち込まれましたが、父は笑顔一つですべて退けております。
父曰く『妻以外に私の命を捧げる相手はいない』との事です。
父と母は表向き政略結婚、本当は恋愛結婚の珍しい夫婦でした。
仲の良い両親を見て育った私と兄は両親のような結婚を夢見ていました。
そう、夢です。
貴族がそうそう恋愛結婚が出来ないのがこの世の常。
婚約後に仲を深め、結婚後に愛情を深めることが出来れば御の字のこのご時世。
いずれ私も愛のない結婚するのだと割り切っております。
そんな時、兄の王立学園での友人である伯爵家のご子息(長男)が私に求婚してきました。
最初はやんわりと(父が)お断りしていたのですが、毎日のように求婚の手紙や贈り物が届き、兄に相談したところ
「宰相補佐の息子か……完全に政略だね。日が陰ってきている中央(王家)は隣国との貿易で栄えている我が家と何としても縁を繋ぎたいと思っていても王子たちは『妃は自分で見つける』と宣言して候補者の絵姿を片っ端から突っ返しているらしいからね。王子たちの側近候補の誰かとビアンカを……って考えなんだろうね。うちは試されているだろうね。この申し込みを蹴ったら『謀反の恐れあり』とか言い出しそうな虫が王家の周りをうろうろしているし」
という言葉が返ってきました。
ただ、そのあとに
「まあ、仮初の婚約ならいいんじゃない?もっとも宰相補佐の息子が婚約期間中に浮気したら速攻、婚約は解消。不祥事の証拠をしっかり揃えて慰謝料たっぷり分捕ってやるから安心しろ。ビアンカに不利になるようなことにはしないから。ただし、ビアンカもそれなりにあいつにすり寄る……親しくなる努力はしてくれよ」
とそれはそれは素晴らしい笑顔で言い放ったので、私も父も首を縦に振ったのです。
伯爵家のご子息の名前はチェーザレ=バルディーニ様といいます。
バルディーニ家と言えば、過去に王妃を選出したり、王女が降下したりと由緒正しい家柄です。
現バルディーニ伯爵は宰相補佐を務めております。
本来なら宰相にと言われているお方ですが『自分には補佐でもいっぱいいっぱいです。とても宰相など勤まりません』と頑なに宰相への昇進を拒んでいるそうです。
バルディーニ伯爵様ご自身は植物研究の第一人者だったのですが、相次ぐ兄君の死によって末っ子でありながら伯爵家を継ぐことになった方です。
周りの方は幸運な方だと言いますが、伯爵自身は研究に没頭したかっただろうから不運でしかないと父が昔言っておりました。
父とバルディーニ伯爵は学園で同じ教室で過ごした比較的仲の良い関係だそうです。
バルティーニ伯爵家は王家との繋がりも強く、チェーザレ様は王太子殿下の幼馴染でもありました。
チェーザレ様と私が婚約を結んだのは私が12、チェーザレ様が15の時でした。
チェーザレ様はまめな方の様で、週に一度の割合で手紙や贈り物が届きました。
最初は高価な贈り物に恐縮し何度もお返ししました。
それとなく兄経由で伝えてもらうとプレゼントは私のお気に入りの作家の本や、お茶会の時に好んで食べていたスイーツや小さなブーケへと変わりました。
明らかに贈り物の手配している人物が変わりましたね。
チェーザレ様自身が贈り物を選んでいないことは、最初のデートの時にわかりました。
彼から贈られたブローチなのに『素敵なブローチですね、どこの商会のものでしょう?』なんて聞いてきたのだから自分で選んでいないことがモロバレです。
『兄の知人』から『我が家にたまに来る知人』くらいに私の中でチェーザレ様の印象は変わっていきました。
かといって恋心は一ミリも芽生えておりませんけどね。
こう、胸がキュンとなる出来事がないんですよ。
手紙は毎回同じこと、しかもご自分の自慢話または誰かの代筆。
お茶会に参加してもご自分の自慢話かどこぞで見た舞台や恋愛小説のセリフをなぞるようなことしか言わないし、デートらしきものをしても毎回同じ行動で面白味がないんですよね。
公園で散歩して、近くのカフェでお茶をして、流行の舞台を見て……
これの繰り返しなんですよ?
たまには馬に乗って遠出をしたり、ショッピングをしたり、美術館で絵画鑑賞したり、月一で行われる騎士様の練習試合を観戦したりしたいのに……
一応は歩み寄る努力というか、違うデートプランをそれとなく誘導するのですがなぜか同じパターンになるのよね。
彼の中でデートとは散歩と演劇とカフェしかないのよ!
毎回同じルート(しかもカフェでは毎回同じ物しか頼まない。私の分まで勝手に決める)でつまんないのよ!
トキメキがないのよ!トキメキが!!
しかも、毎回毎回、舞台俳優のようなセリフを聞かされる身にもなってくださいよ。
少しは己の言葉で話してほしいというのは我儘ですかね~
突然ですが、王都とわが領地はゲートと呼ばれる瞬間移動が出来る装置が設置されています。
我が辺境伯家と王族のみが自由に使用することが可能となっております。
それ以外の者が利用する場合は王宮の専門部署に申請書を提出して許可を得なければなりません。
許可なく利用すると最悪異次元に飛ばされるそうです。
過去に数名行方不明者がおりますのであながちウソではないでしょう。
ゲートを使用するごとにデータが記録されていつだれが何の目的で使ったかが蓄積されていきます。
日時、人物ごとにファイリングされ有事の時には騎士団や警備隊にデータ(改竄出来ないモノ)を渡したりもします。
王都とわが領地は馬車で1週間ほどかかる程度には離れております。
そう簡単に行き来できる距離ではないのですが兄は、ゲートを使いしょっちゅう我が家に帰宅していたりします。
チェーザレ様は私の婚約者という事で仮の許可を与えているので月に数度はわが領地を訪れて、私をデートに誘ってくださっておりました。
閑話休憩おわり。
婚約して3年後。
私15歳、チェーザレ様18歳。
チェーザレ様は学園の最終学年に進級しておりました。
兄たちの学園(兄たちの学年)に一人の少女が転入してきました。
私は別の学校に通っていたので噂しか聞き及んでおりませんが、なにやらその少女は転入してから電光石火のごとく見目麗しく、嫡男であり、父親が高位爵位であり、財産が豊富な殿方を籠絡していったそうです。
兄からの報告によるとチェーザレ様もその方の標的になっているそうですが、無視しているとのことでした。
ちなみに私が通っているのはわが領地にある国立女子学院です。
主だった令嬢-王女殿下や公爵令嬢-はこちらに入学する割合が高いです。
一応全寮制ですが、希望者には小さな屋敷を与えられますがほぼ全員が寮に入ります。
なぜなら、同じ寮内にいれば(いろいろな)話題に取り残されることがないからです。
いわば情報の発信源が学院と寮にあるのです。
私も寮に入っております。週末は実家に帰ることを条件にですが。
国立女子学院は数代前の王妃様(ヴェント家出身)が建設した女学校で、この学校を卒業した令嬢はもれなく幸せな結婚が出来ると言われています。
過去に婚約者から一方的な婚約破棄をされた令嬢がその後、元婚約者より条件の良い方に恵まれて嫁がれるという事例が少なくないのです。
ぶっちゃけ、人脈を作るには王立よりも国立の方が遥かに手広いのです。
周辺国の令嬢も留学に来られているのでその伝はかなり強力な武器になります。
ちなみに王立学園には留学制度がないので国内の者しか通っておりません。
男子は王立学園一択ですが、女子は入学可能年齢(12歳)になると王都の王立学園か国立女子学院のどちらに通うのか選択できます。
【国内で玉の輿を狙うなら王立学園。国外を視野に入れているのなら国立学院】と淑女の間では暗黙の常識となっております。
言い換えれば、国内での出世を望んでいる家の娘は王立学園へ、国外へ出ても良いと考えている家の娘は国立学院へ進学を希望します。
私の場合は父が私まで王都に行くのを寂しがったから国立学院に入りました。
私自身も王都には興味がなく、創立者であるアンジェ様(数代前の王妃様)に憧れておりましたので国立を選びました。
余談ですが、転移ゲートを作られたのもアンジェ様です。
王妃としての公務と並行しての学院運営だったため、簡単に行き来する為に作られたとか。
あと、旦那様と喧嘩をするたびにゲートを使って里帰りをしては、旦那様が慌てて迎えに来て王宮に戻るということが何度かあったそうです。
あと、母の実家とも転移ゲートを繋げてあります。
親子、兄妹喧嘩した時、母方の祖父母に匿ってもらっていたりします。
***
転入生が王立学園に転入してから1年が過ぎた頃。
チェーザレ様の行動が変わりました。
毎週のように届いてた中身が同じ手紙はなくなり、月一のお茶会(宰相補佐夫人主催)も参加しなくなり、しまいには社交の場でのエスコートもされなくなりました。
一応、昨年デビュタントをしましたので王家主催の行事には家族と共に参加しております。
兄と父はチェーザレ様の態度に静かに怒りをためておりました。
そして2か月前。
チェーザレ様がご自身の魔力で作り上げた『愛の証』が散り始めました。
チェーザレ様がお作りになった『愛の証』は真っ赤なバラにチェーザレ様が浮気をしたら浮気相手の名前と日時が花びらに刻まれ散るというものでした。
ご丁寧にもガラスのケースに入れ、誰にも手出しできないように術を施して私に贈られたのです。
さすがの私も我慢の限界でした。
浮気はしないと国王陛下の前で宣言しておきながら堂々と浮気をしているのですからね。
兄曰く、目撃者多数でチェーザレ様の評価は現在地面にめり込んでいるそうです。
つまりマイナス評価しかないとか。
父親であり、職場の上司でもある宰相補佐からの忠告も無視しての行いのため廃嫡の動きがあるとかないとか。
『愛の証』は全部で12枚。
これを渡された時、彼は
「絶対に一枚も散らすことなく、貴女を迎えに来ます」
なんて言っていたのはいつの事ですかね~
浮気をしたらすぐにわかる物を渡しておきながら、それを回収することなく浮気に走る。
はあ、私のことをなんだと思っているのかしら。
辺境に住む田舎娘とでも思っているんじゃないでしょうね?
仮にも辺境伯の令嬢相手に。
ちなみにこの場合の『浮気』とは性的交渉を意味します。
手をつなぐ、抱きしめる、軽く口づけるなどは浮気には入りません。
遠距離なので絶対に心変わりしないとは断言できませんからこれも含まれません。
私だって……いえ、なんでもありません。
ダンスをすれば手をつないだり抱きしめたりは当たり前ですし、ごあいさつ代わりに軽く頬にキスすることはよくありますからね。
ああ、ちなみに我が国は一夫一妻の国です。
これは建国時から変わっておりません。
国王陛下も王妃様以外の妃はおりませんし、愛妾もおりません。
歴代の国王陛下は皆、王妃様を溺愛されておりますから。
ええ、周りが感化されるほどに……
2か月で6枚の花びらが散ったという事は、2か月で6回も性的交渉を行っていたという事です。
ご丁寧にも花びらにチェーザレ様と浮気相手の名前と日時と場所が刻まれているというのに……
場所については花びらの裏側に刻まれていたので気づくのが遅れました。
例外として娼館での行為はカウントされないように術が組み込まれているそうです。(兄の親友兼悪友である宮廷魔導士談)
だから実質それ以上の可能性も……無きにしも非ずってところですね。
まあ、兄からいろいろ聞かされているので娼館に行くことに目くじらを立てるつもりはありません。
そう、娼館のお姉様が相手なら私は何も言いません。
ご自分で首を絞めているってことに気づいていないって……どんだけ馬鹿なんだ!?っと父と兄はその笑みを見た者が悪夢にうなされるであろう笑顔を浮かべて罵っておりました。
幸いにもその笑みを見たのは我が家の執事と私だけなので被害は出ませんでした。
え?私と執事は悪夢にうなされなかったのかって?
何年父と兄と暮らしているとお思いですの?
もうとっくに慣れておりますわ。
私は別にチェーザレ様に恋愛感情があるわけじゃない(芽生えなかった)ので婚約無効なら無効で全く気になりません。
むしろ、無効になってもらった方が個人的には好都合……いえ、なんでもありません。
***
婚約無効の届けを出して1年。
私は先月、新たな婚約を結びました。
国内ではなく隣国……母方の祖父母が暮らす国のとある貴族に嫁ぐことが正式に決まりました。
お相手は女学院のクラスメートのお兄様。
お名前はエミリオ=ペスカーラ様。
隣国のペスカーラ侯爵家の次期侯爵様です。
妹君のお名前はスザンナ様と仰います。
学院ではとても仲良くしていただいております。
エミリオ様には私が1年の時の学院祭(年に一度一般公開する日)で見初められたそうです。
その時はまだチェーザレ様と婚約中でしたので、スザンナ様を介して手紙を頂くだけでしたが、婚約を解消したという話が社交界に広まった途端、熱烈なアプローチを掛けてきたのです。
最初は断っていたのですが、
「恋の相手としてではなく、スザンナの兄……いえ、友人の一人としておつきあいください」
と言われ、友人としておつきあいを始めたのですが気づいたら母方の祖父母を巻き込んで婚約まで話が進んでおりました。
まあ少なくともチェーザレ様よりは好感の持てる方ですので私に異論はありません。
いえ、少なくではなく、かなり好意を持っていました。
誰にも気づかれないと思っておりましたが……
お手紙を頂いていた時から話題が豊富な方でしたが、私の好みをピンポイントでついてくるニクイ方です。
いまだデートは両手で数えられるほどしかしておりません(エミリオ様は隣国の騎士団の副団長様でとてもお忙しいそうです。私に会いに来るときは母の実家のゲートを使っております)が、デートの度にキュンキュンさせられております。
偶然デート中にスザンナ様にお会いした時
「お、お兄様が!?あの『氷の貴公子』と呼ばれ、肉食獣……いえ、ハンターのような令嬢をその視線一つで氷漬け(物理的)にしていたお兄様が優しい笑みを浮かべ、周りを気にせずデレデレして周囲に花をばらまいている!?し、信じられませんけど目の前で見てしまっては……いえ、あれは幻?幻覚?私、夢を見ているのね」
と大層驚いていたのはなぜでしょう。
それよりも『氷の貴公子』という方が気になりますが……まあ、それは追々ご本人に聞こうと思います。
***
今日は我が国の王太子殿下の生誕&婚約披露パーティーです。
私はエミリオ様のエスコートで参加です。
私が入場すると会場が一気にざわめきました。
一年ほど社交の場から遠ざかっていたので当然と言えば当然ですが。
皆様の視線は私ではなく私の隣りにいるエミリオ様にくぎ付けです。
隣国の王立騎士団の黒を基調とした正装姿のエミリオ様はとてもかっこいいです。
もう、隣に立っているだけでドキドキしてしまいます。
いえ、普段着のエミリオ様の前でもいつもドキドキしてまともにお顔を拝見できずにいるんですけどね。
それでもエミリオ様は笑みを浮かべて私の相手をしてくださいます。
お兄様には「ビアンカとエミリオ殿が一緒にいると気温がいっきに上がるね~それに甘くて胸焼けを起こしそうだよ」とからかわれます。
王太子殿下のお相手は私の学友であり親友です。
私たちが王立女学院に入学した最初の年の学院祭で彼女に一目ぼれしたそうです。
(お兄様が私に会いに来るのに便乗してお忍びで遊びに来ていたのです。お兄様も王太子殿下のご学友ですので交流はあります)
彼女は隣国からの留学生として在籍しておりましたので、水面下でいろいろと動いていたそうです。
ご成婚は彼女が卒業する今年の春に執り行われることが発表されております。
王太子殿下は早く彼女と一緒になりたいと愚痴をこぼされておりましたが、彼女が学院をちゃんと卒業してから嫁ぎたいと王太子殿下に直接訴えかけたので卒業式の翌日に執り行われるそうです。
卒業まであと数か月ですけどね。
さて、正式なお披露目が終わり、緩やかなパーティーへと移ろうとしていたその時、事件が起きました。
一人の少女が複数の男性を引き連れて、王太子殿下と婚約者殿に訳の分からないことを喚いております。
護衛騎士が彼女達一行の存在にいち早く気づき、殿下達との間にある一定の距離は保っておりますが、身分を笠に護衛騎士を押しのけようとしております。
少女が引き連れている男性陣を見て思わず眉間に皺が寄ってしまいました。
いえ、私だけではなくその場にいた全員の眉間に皺が寄っております。
少女が引き連れている男性陣はこの1年の間に社交界から追放されている方々だったからです。
宰相補佐のご子息、副騎士団長のご子息、宮廷画家のご子息、宮廷魔術師団団長のご子息、大手商会のご子息です。
なぜ彼らがここに?
「は~やっぱりこうなったか」
エミリオ様から深いため息がこぼれました。
「エミリオ様?」
「ちょっとあれらを片付けてくるから隅の方で待っていてくれますか?」
そう言い残してエミリオ様は渦中の中にスイスイと進んでいきました。
彼の姿を見た少女が顔を赤らめてエミリオ様に触れようとしたのを見た瞬間持っていた扇にヒビが入ってしまいました。
「私のエミリオ様に触れないで!」と叫ばなかった自分を褒めたいです。
エミリオ様は延ばされた手をあっさりと振り払うと王太子殿下達を護るようにその前に立ちました。
「エミリオ様!」
少女がエミリオ様の名前を呼びました。
少女とエミリオ様はお知り合いなのでしょうか。
「貴女に私の名を呼ぶ権利を与えたことは一度としてないが? そもそも、私と貴方は初対面であろう」
今まで聞いたことがない低い声が会場に響き渡りました。
今までざわついていた会場が一瞬で静まり返ったのです。
「エミリオ様、わ、わたしは……」
「私の名前を気安く呼ばないでくれ。それに貴女に興味などない! 」
強く言い放つエミリオ様に少女は瞳に涙を浮かべていますが、エミリオ様はそれすら無視しております。
「貴殿たちは自分たちがしていることに気づいているのか?」
少女を無視し、その後ろで棒立ちをしている子息たちに声を掛けるエミリオ様。
「貴殿たちはこの喜ばしい宴に水を差したのだぞ。事は外交問題に発展することに気づいていないのか?」
エミリオ様の言葉に子息たちは一瞬だけ肩を震わせキョロキョロと周囲を見回しております。
そして、自分たちがどのような立場に立っているのか気づいたのか顔が真っ青になっていきました。
「どうして?だってこの婚約はおかしいもの」
少女の声に誰もが首を傾げます。
「だって、王太子妃になるのは私だもの」
「何を馬鹿な事を」
「だって、そういう世界なんだもの!」
「……物語。成り上がり物語の主人公になった気分でいるのか?」
王太子殿下から嫌悪の声がこぼれます。
「だって私は誰からも愛されるヒロインなんだもの!ここは私の為の世界なんだもの!」
あの方の頭を大丈夫でしょうか。
誰からも愛されるヒロインって……そんなの物語の中だけに決まっているじゃない。
私はたった一人にだけ愛されるほうがいいわ。
「誰からも愛されるヒロイン……ねえ?」
ますます低くなるエミリオ様の声に思わずブルリと震えてしまいました。
「私は貴女のことを愛おしいとは一欠けらも思わない。むしろ嫌悪する」
バッサリと言い切るエミリオ様に少女は瞳をウルウルさせているけど、周りからは侮蔑の視線を送られております。
私もその一人ですけど。
「そもそも、貴女はこの場に招待されておりませんよね?」
声は低くとも笑みを浮かべるエミリオ様。
あ、この笑顔は一度も見たことがない笑みですわ。
でも、私には向けて欲しくない笑みです。
まるで氷で貫かれるような冷たい笑みは向けられたくありません。
私にはいつものように、おひさまのような暖かい笑顔を見せて欲しいです。
「貴女と後ろにいる男性達は『貴族』ではありませんよね?」
あら?
少女はたしか男爵家の令嬢では?
それに大手商会のご子息以外はちゃんとした爵位持ちのご子息のはずでは……?
「半年前に貴女たちは貴族籍から抜けていますよね?一人の女性を共有したいのならば貴族籍を抜け、平民として生きると誓約したと聞き及んでおりますが?しかも、国王陛下の御前で誓約したとか」
エミリオ様の言葉を証明するかのように殿下のお付きの方が複数枚の書類を掲げました。
……って用意周到ですわね、エミリオ様。
殿下のお付きの方(実は近衛騎士隊長様だと後日教えていただきました)が一枚一枚丁寧に読み上げてくださいました。
書類には本人たちの直筆のサインとご当主のサインと国王陛下のサインと国王印がはっきりあります。
「衛兵!この不法侵入者達を即刻連行し、地下牢に入れろ!」
王太子殿下の命で、彼女たちは騎士たちに取り押さえられました。
少女は訳の分からないことを叫んでおりましたが、騎士たちに引きずられ会場から消えました。
それにしもてどうやって王宮に入れたのでしょう?
協力者でもいたのでしょうか?
……そういえば、以前チェーザレ様が仰っていましたわね。
王宮への隠し通路をいくつか見つけたって。
きっとそこから侵入したのでしょうね。
エミリオ様は国王陛下や王太子殿下と少し話された後、私の元に戻ってきてくださいました。
「お待たせいたしました」
「お疲れ様でした」
にっこりと笑顔でお出迎えするとエミリオ様も私の大好きな暖かい笑顔を浮かべました。
「エミリオ様は今日、このことを予見されていたのですか?」
近くにいた給仕から飲み物を受け取り、ダンスホールで始まったダンスを眺めながら声を潜めて尋ねると
「ええ、妹が王太子殿下の婚約者に内定してから妹宛に脅迫状とも取れる手紙が届いていたので念のために準備していたんです」
「手紙の主が彼女だと?」
「ええ、ご丁寧にも家紋と名前が書いてありましたからね。調べはあっさりと付きましたよ。彼女はいろいろな家を引っ掻き回していたのでこの場で懲らしめようと王太子殿下と協力者たちと画策したのです。彼らが隠し通路から侵入してくることは予測していたので見逃すよう指示されていたようですね」
「まあ、王太子殿下も一枚かんでいたのですね」
「ええ、妹……殿下の婚約者となったスザンナを護るためにね」
「殿下は本当にスザンナ様を大切にされているのね」
「殿下になら大切な妹を任せられます」
「スザンナ様が羨ましいわ。お兄様と婚約者様に護られて」
「おや? 私はビアンカ殿を誰よりも大切にしているつもりですが……私の愛は信じて頂けておりませんか?」
少し屈んで私の顔を覗き込むエミリオ様。
その瞳には私への想いが強く光り輝いているように見えました。
思わず視線を反らしてしまった私の頬を軽く撫でるエミリオ様。
「ふふ、頬をリンゴのように真っ赤にした貴女は美味しそうですね」
「え?」
「でもその表情は私だけに見せて欲しいですね」
ふと頬に感じたちょっとカサついた感覚に驚いているといたずらっ子のような表情を浮かべたエミリオ様が目の前にいました。
「さて、私たちも踊りましょうか」
すっと目の前に出された手に無意識に手を重ねるとあっという間にダンスホールの中心に連れて行かれました。
「殿下と妹だけじゃなく、私たちのこともアピールしなければね」
「あ、アピール?」
「ええ、もう貴女は私のモノだという」
「どうして?」
「貴女が思っている以上に貴女は多くの男性から狙われていますからね」
「そうでしょうか?いままで縁談らしきものはありませんでしたわよ?」
「すべてレオナルド殿と私が握りつぶしていましたから当然です。貴女は私の大切な宝なのですから」
どうしてでしょう。
ドキドキが止まりません。
「うう、エミリオ様とお話しているとドキドキしっぱなしでいつか死んでしまいます」
「死神相手でも私は負けませんから大丈夫ですよ」
甘い笑みを浮かべるエミリオ様にそれ以上何も言えませんでした。
昔チェーザレ様にも似たような事を言われたことがありましたがここまでドキドキしたことはありません。
この違いはなんなんでしょう?
その後、あの少女とその取り巻きのご子息たちの詳細は知らされていません。
エミリオ様に尋ねてもただにっこりと微笑んで
「国王陛下からの裁きは与えたからあとは彼ら次第かな?」
とはぐらかされましたが、私もそれほど知りたいとは思わないのでそのうち忘れてしまいました。
王太子殿下とスザンナ様は無事にご成婚されました。
殿下の溺愛ぶりは国内はおろか国外にも広まり今では『万年新婚カップル』と揶揄されております。
公務以外では常に一緒にいるお二人ですからそういわれるのも仕方がないのかもしれませんね。
お世継ぎが誕生するのも早いのではと皆が口に出さずとも思っている事でしょう。
私とエミリオ様も初夏に婚姻し、王太子夫妻に負けず劣らずの生活をしております。
次回はエミリオ編予定