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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

主人公オーディション

作者: みなみ 陽

 時は、三千十五年の四月一日、煌びやかな街でひと際目立つ高いビルがあった。そのビルの最上階で女が一人、黒革の椅子に座って液晶型パネルをつついていた。女の居る部屋の壁は一面ガラス張りで、綺麗な夜景がよく見える。

 女の名前は、獅子王ししおう りん。このビルを所有する『理想郷ユートピア』の頂点に立つ人物だ。凜は一代で財を成し、全世界にその名を轟かせた。容姿端麗で絵に描いたような美しさ持つだけでなく、非常に優秀な女性で才色兼備であると世の男性の憧れであり、女性にとってもの理想であった。

 二〇代前半である凜は、その外面的な部分では非常に素晴らしい人物であったが、内面的な部分でやや問題があった。


「でーきたっ。さぁ誰がこの物語の主人公になるのかしらぁ? この素敵なサバイバルの主人公にっ!」


 凜は画面を見て、満足気に微笑んだ。画面には『送信完了』という文字があった。凜は、ゆっくりと立ち上がる。そして、窓に張り付くように景色を見下ろした。


 ――ゴミみたい。


 この景色を見る度に、凜はそう思っていた。赤や黄、緑や青、様々な色が融合して打ち消しあう。夜にはその融合した色が自己主張を始める。大半の人はそれを見て「綺麗」とか「美しい」とか感じるものだが、凜はむしろその逆、「汚い」とか「醜い」と感じていた。価値もないし、存在意義が分からなかった。


 ――でも、皆はこれが好きなのよね。皆に合わせた、皆が望むものでなければいけない。自己満足では駄目。


 自分を捨てる、それが凜が人生で初めて経験した挫折だった。


 ――だけど、面白くするのは小さな貴方達。この物語の主人公になれるのは、その資格が最もある人……楽しみね。


 その日、世界中の人々の端末に彼女からのメッセージが送られた。


『御機嫌よう。理想郷の獅子王 凜です。今回も皆さんに素敵なお知らせをお伝えします。今回の物語は命を懸けたサバイバルをテーマにしたものです。物語であっても現実で行われるので、命の保障はしません。覚悟がある人だけ来て下さい。主人公以外の人物は、主人公オーディションの中から選出します。こちらもまた、命の保障はありません。主人公に選出されて無事に役を全うするか、サバイバルで生き残るかを条件に、今回も貴方達の望む物をなんでもプレゼント致しましょう。オーディション期間は、明日から一週間を予定しています。沢山のご応募お待ちしております』

***

 翌日、理想郷のビルの下には大勢の人々が訪れた。それは勿論、凜が配布したオーディション情報を見たからだ。

 彼女自らも選考員となって、サバイバルの主人公を決める。


「鈴木 太郎です。姉が勝手に応募して……なので俺は無視して下さい」


 彼は、公立高校に通う高校生。見た感じ平凡そのもの、履歴書からも平凡なのが伝わってくる。平凡という言葉は、彼のためにあるのではと凜は感じた。


「おはようございます。最後の人生を楽しみたく参加しました。主人公になれたら一番嬉しいですが、それが無理なら他の役でもいいです」


 彼女は、有名な私立高校に通う高校生。訳あって、暫く学校に通っていないらしい。幸が薄いなと凜は感じた。


「主人公の役をちゃんとやり遂げたらなんでもくれるんだよな!? 自分サバイバルに適した人間だと思うから、絶対選んでくれ!}


 彼はフリーター。冴えない感じで、世界を舐め腐っている感じがする。なので、凜は好印象を抱いた。


「金」


 それしか言わなかった少女。履歴書を見ると、そこにもまた筆で大きく金と書いてあった。揺らがないその信念と、常識破りな感じが脳に焼きついた。


「私のこの美貌に免じて、オーディションをパスさせて貰えないかな? 勿論、お礼はある。それは私との結婚だ」


 残念なイケメン。履歴書は彼が作ったものなのか、苺の香りがした。凜の好物を知っていることに心の奥底で感動した。


「ハロー! イイネ! ミー、こういうのライク! いやもうラブね! サバイバルしたいね!」


 洋画で観たことがある気がする女性。履歴書を見ると、女優と書いてあった。だが、凜はそっちより彼女の本性に気付いて、主人公以外での役を彼女に与えようと思った。


たちばな ツキです」

「橘 ヨウです」


 顔も声もそっくりなこの双子の兄妹は、まだ中学生。そして彼らは、凜の最初の作品の主人公によく似ていた。それにより履歴書は少し誤りがあることに気付いた。凜はそこで悟った。彼らが手に入れたい物を、心の内を。


「この老いぼれも一花咲かせたいんじゃ……」


 髭をモゴモゴさせる老紳士。気品と秘めた想いを感じた。凜は、この老紳士を一目見て気に入った。


「凜さんってぇ~すっごぉく美人さんですねぇ~麻莉亜の次に!」


 可愛い系の女性。だが履歴書を見ると、凜より一回り年上だった。凜は彼女に惹かれて、彼女に引いた。

***

 凜が、あの企画を生み出した部屋でスーツを着た白髪混じりの男性と景色を眺めていた。


「お嬢様、どうされますか」


 凜が信頼するたった一人の人物、執事の菊池は今回オーディションを受けに来た者達の履歴書を渡す。


「菊池、この一週間私はとても楽しかった」

「えぇ、それは見ていたら分かりますよ」


 菊池は、皺の多い顔をくしゃりと歪ませて笑った。


「沢山の出会いがあった。色んな人と関わった。その内、私の興味を引いたのはその履歴書の十人の者達。総勢一万人の中から勝ち抜いた、運と個性と野望のある者達……この世界を彩る者達」


 凜は、ガラスにそっと手を置いた。


「平凡はまだ個性を持たない。それが本当に美しくて綺麗……運命の出会いだわ。ごちゃごちゃとしていないの、この景色と違って。主人公は鈴木 太郎君。それ以外の人物は、重要人物として合格通知を出して。その他の役は、我々の会社からいつも通りね」

「承知致しました」


 菊池は深く頭を下げる。凜から見えなくなったその表情は、少し悲しみを含んでいるようにも見えた。しかし、再び顔を上げた時にはいつも通りの表情に戻っていた。


「平凡は個性だらけの世界に閉じ込められたらどうなるのかしらね? 彼も穢れてしまうのかも」

「個性は一つの武器です。その武器はまだ彼にはないだけであるかもしれません」

「嗚呼……それは本当にゴミね」


 凜は、残念そうに天を仰いだ。


「私矛盾しているわ。彼に平凡のままでいて欲しいと思っているのに、彼の個性を見てみたいとも思ってる。私みたいになって欲しくないと思っているのに、私に近付いて欲しいとも……初恋を思い出すわ」

「お嬢様、つまり恋をされたのですね」


 にこりと菊池は笑った。


「嗚呼……そうなのね。青春以来の恋だわ。初恋の人は全然覚えていないけど……もっと早く生まれてきてくれていたらなぁ……」


 凜は、残念そうに溜息をついた。


「彼は主人公になれるのかしら? 役を全うで出来るのかしら? サバイバルで生き残れるのかしら? 醜く汚く穢れてしまうのかしら? それとも……ずっと平凡なのかしら? ゾクゾクしちゃう」


 凜の不気味な笑顔がガラスに映った。

***

 後日、合格者の元に通知が届いた。ある者は絶句し、ある者は決意し、ある者は喜んだ。連日、合格者の元に取材が殺到し、お祭り騒ぎになった。テレビ局は放映権を争い、合格者のドキュメンタリーをこぞって作成した。

 命が関わるサバイバルに、皆興味を持ち、刺激を受ける。それは異常であり狂っている。しかし、それを咎める者は一人もいない。

 

「俺に……もう未来はない……」


 平凡な人間が一人、空気を読まずに呟いた。

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