ダンジョン:ホームセンター探索④
森の中には道があった。
状態はよくないが、人が通るには十分だ。
しかし魔物の通り道の可能性が高いので、道の脇を隠れながら進む。
慎重すぎるかもしれないが、いきなり遭遇戦など真っ平ごめんである。
ざわざわと揺れる木々。
植物の種類には詳しくないが、地球産のものと変わりなく見えた。
道の先からは時折風が吹き付けてくる。
はてして洞穴状のダンジョン内でどうやって?
まあいい、このまま先に進めば分かるだろう。
行けども行けども木しかない。
チェーンソーで片っ端から切り倒してやろうか?
疲労で朦朧としながら、なかば本気でそんなことを考え始めたころ、不意に悲鳴のようなものが聞こえた。
道の先、おそらくそんなに距離はないはずだ。
早足に切り替えて進む。
どこだ?
都会っ子の俺に、一回聞いただけで悲鳴の位置を特定するスキルなど無い。
せめてもう一度アクションがあれば……。
耳を澄ます。
わずかに苦しんでいるような声が、木々の合間から漏れ聞こえてきた。
そう、声だ。
俺と同じようにダンジョンに取り込まれた人間か、それとも別のなにかか。
いずれにせよ、無視するという選択肢はない。
リュックサックを下ろし、チェーンソーとゴブリンから得たダガーを携行する。
ダガーは鞘がついていたのでベルトに装着した。
さて鬼が出るか蛇が出るか。
歩みを進めると、声の位置がおぼろげに分かるようになった。
近いぞ。
木々を掻き分け接近していくと、ようやく悲鳴の主が確認できた。
美しい。
最初に漏れた感想はそれだ。
流れるような黄金色の艶やかな髪と、尖った長い耳に均整の取れたプロポーション。
身にまとう装束はまさしく森の民といった趣がある。
物語に語られる美貌の女性。
俺がエルフだと断定するには十分だった。
どこかあどけなさの残る少女のような美しい顔立ちはしかし、苦痛に歪んでいる。
植物の蔦のようなものが手足や身体に絡みつき、全身を拘束しているのだ。
なんとか解こうと彼女がその身を捩るたび、胸元の一部が強調されて大変悩ましいことになっている。
なかなかのものをお持ちのようで。
俺は思わずスマホを取り出し、何枚も写真を取った。
ああ、最低だと罵ってくれてかまわない。
だがリアル触手拘束にお目にかかる機会など、普通に生きていればあるはずが無かったのだ。
これは絶対記録に残すべきだと俺の心が訴えている。
まとめサイトの皆も、絶対同意するに違いない。
画像は見せてはやらんけどな!
まさに外道。
そろそろいいか。
内緒のイケナイ撮影会を勝手に慣行していた俺だが、全部が全部エロのためではない。
彼女と蔦の正体や動向を同時に観察していたのだ。
嘘じゃない!
蔦が伸びている先、複数の魔物が見える。
まあはっきり言うと、蔦が動く小木だ。
一見するとそこらに生えている草木と見分けがつかないが、おそらく獲物が通りかかると蔦を絡め拘束するのだろう。
だが本体の小木が動いている様子はないので、近づかなければ害は無さそうだ。
どうしたもんか。
もちろんあんな可愛い女の子を見捨てる選択肢などあるはずがない。
観察している限り、拘束するだけで身体から養分を吸い上げたりといった様子はない。
まさかとは思うが、獲物が衰弱死して土に還るのを待つとかじゃなかろうな?
なんて気の長い魔物なんだ。
木だけに。
言ってみたかっただけだ。
心構えはできた。
魔物とはいえ、木ならいくらでも切り刻んでやる。
頼もしい相棒のスターターを引きエンジンを始動する。
凄まじい騒音が今はとても頼もしかった。
魔物よ覚悟はいいか?
今宵のジェイソンは血に飢えておる。
獰猛な笑みを浮かべ木陰から一気に躍り出た。
エルフの少女がびっくりしたようにこちらを見つめている。
驚きに口が大きく開き、目がまん丸だ。
可愛らしいな。
魔物に動きはない。
「大丈夫だ。 すぐ助けてやる」
たぶん言葉は通じていないだろうが、どことなく彼女がコクンと頷いたように見えた。
蔦の動きに注意を払いながら、彼女の戒めを次々に切り裂いた。
さすが本職の道具だ。
彼女を解放した瞬間、どこか慌てたように蔦が一斉に距離を取った。
間合いを保ったままこちらを伺うように先端が左右に揺れている。
まるで鎌首をもたげた蛇のようだ。
その数12本。
小木は3体で、一体につき4本の蔦を操るようだ。
彼女を中心に左に2体、右前方に1体。
左から順にABCと呼称する。
この配置ならば当然、数が少ない方から無力化する。
ABの蔦を避けるため右から大きく迂回し、Cへ接近。
Cが慌てたように蔦を2本同時に放ってきたが一振りですべて切断した。
遅い!
素人の俺でも対応できるほど鈍い動きだ。
切断した蔦は短くなり、Cが地面を引きずりなから戻すと同時、残っていた2本を延ばしてくる。
これも易々と撃退すると、最初の2本が再び向かってくる。
鬱陶しい。
切っても切っても蔦。
金太郎飴じゃないんだぞ。
やはり本体を潰さなくては駄目か。
蔦を刻みながら加速し、本体の元へ到達するやいなや、刃を急速に回転させ水平になぎ払った。
一瞬の抵抗感の後、その半分を切り飛ばすと蔦ごと本体が霧散した。
この程度の小木ならチェーンソーに深刻な負荷もかからないようだ。
魔物だから本物の木とは構造が違うのもあるかもしれない。
まずは1体。
残った2体に顔を向けると、心なしか蔦がビクリと震えたように見えた。
怖いか?
だが手心など加えてやらない。
すべて潰す。
可愛い女の子を亡き者にしようとした罪は重いのだ。
Bに向けて駆け出すと、すべての蔦が一斉に伸びてきた。
小木だからか、4本まとめても範囲は狭い。
タイミングを見極めチェーンソーの刃を急速回転。
一振りで始末する。
揃いも揃ってワンパターンな攻撃だ。
あっという間にBの本体へたどりつき、全力で切り飛ばした。
が、致命的ミスを犯したことに気がついた。
足元に違和感を感じた瞬間、体勢を崩され地面へ倒れる。
「ぐっ……しまった!」
背後からAの蔦が2本、俺の足を絡め取っている。
振りほどこうとしても、ビクともしない。
頭に血が昇りBへ向かって一直線に走ったせいだ。
チェーンソーは手の届かない位置に投げ出されてしまっている。
慌ててダガーを抜こうとするも、追加で2本飛んできて俺の手を拘束した。
丁度4本。
忌々しい。
これは詰んだかな……。
弱気になりかけた心に、美しい旋律が届いた。
強く吹きぬける風が森を揺らす。
そうか……これが……。
深緑を帯びた光がエルフの少女を中心に発生し、輝きを増していく。
どこか清涼な言の葉とともに吹き荒れる風。
意味が理解できずとも、その意図することが分かる。
詠唱だ。
目を閉じ、胸元に押し抱くように美麗な短剣を握りしめて詠唱する彼女は、ただひたすら美しかった。
深緑を纏った風が渦を巻き、彼女の前に集う。
紡がれる最後の一節。
唱えると同時に開かれたその眼はエメラルドのごとく輝いていた。
光が弾け、魔物に向けて強大な魔力風が解き放たれる。
森全体を揺らすかのような風が吹き荒れた。
一拍の後、静寂がこの場を支配する。
やがてバラバラに千切れ飛び、風に溶けるかのように魔物が霧散した。
目に見えぬ風の刃が小木を切り刻んだのだろう。
これが魔法?
俺は助けられた礼を言うのも忘れ、彼女を見つめ続けたのであった。




