両手に花と最低な誓い⑤
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08:30
ついにこの時が来たか。
建物の外へと足を踏み出し、見上げた空は曇天に覆われていた。
天気予報では降水確率80%。
雨に打たれながらの戦いになるだろう。
荷物を背負い二人の女の子に目をやると、強張った表情を浮かべながらも決意を込めた眼差しで頷きを返す由香と、ティナの凛とした佇まい。
俺が口にするまでもなく、彼女達はとうに覚悟を決めていた。
ティナはエルフであり、日常的に魔物と接触がある生活であったために戦いの心得があるが、由香は本当に普通の女の子だ。
日常生活で命を狙われるような経験などなかったし、ましてや立ち向かわなければならない状況など考えたことも無かっただろう。
本来ならば無理にウォーロックと対峙する必要はないし、させたくない。
けれど繰り返されたやり直しの中で、由香を待機させるパターンや、魔法による転移での突破を試みたりと手は尽くしたらしいがすべて失敗している。
前者は俺のいない間に、ゴブリンの襲撃を受ける等様々な不測の事態に陥り死亡、また後者の転移等、既知の物理現象を捻じ曲げるような魔法は莫大な魔力を消費する上、目視できない場所へ移動させるというのは、いかにイメージ力に自信のある俺でもコントロールするのが困難だ。
結局由香を無事に連れていける可能性が高いのは、俺がこの手で直接守ることであるらしい。
彼女が繰り返し味わった恐怖は、いったいどれ程のトラウマとなっているのだろうか。
想像でしかその気持ちに寄り添うことはできないが、彼女達を幸せにすると誓ったからには、このトラウマごと解消してみせる。
幸せにするというのは、きっとそういうことだと思うのだ。
ティナを先頭にして、由香、俺の順で歩きだした。
道中のゴブリンへの警戒とウォーロックの万一の奇襲に備えた陣形だ。
何故これほど警戒をしなければならないかと言うと、魔法は確かにあらゆる効果を発動させる万能の手段だ。
けれど、魔法には魔法のルールがある。
その一つが効力の優先度だ。
例えば今から戦うウォーロックの持つ擬態であるが、もし探知系の魔法を発動させて、その効力とぶつかり合えば擬態の効果が優先される。
探知よりも隠蔽、つまり潜むものにとって圧倒的に有利な条件なのだ。
そしてそこから導き出される答えは、魔物のもつ様々な能力は魔法の一種であるということだ。
これが周回を重ねても悲劇を防げなかった理由の一つである。
だからこそ由香に隠蔽の魔法を掛ければと考えたが、これには隠蔽する間魔法を発動させ続けなければならない上に、常に魔法を発動させ続けるという性質上、俺自身の魔物への対処能力が著しく低下する。
ならばいっそ全員を隠蔽したいところだが、これにも魔力の不足が響く。ウォーロックをやり過ごしても次の脅威に対抗することができなくなるのだ。
故に残された選択肢は正面から叩き潰すのみ。
記憶こそないが、由香を泣かせた分はその身で償ってもらおうではないか。
「渉様、ゴブリンです」
歩きだして然程時間は経っていないが、この地域一帯はゴブリンの支配領域で、まだ多数の個体が残っている。
早速のお出ましのようだ。
「分かった、俺に任せてくれ。ウォーミングアップに丁度いい。ティナは由香を頼む」
「はい、お任せください」
「気をつけてね渉君」
「任せておけ。俺を誰だと思っている」
「念のため言っておくけど、やり過ぎないでねって意味だよ」
「そっちの心配かよ!」
由香の信頼からくる軽口が心地よい。
顔色は優れないが、怯えて縮こまったりしないあたり、すごい女の子だと思う。
『身体強化!』
そんじゃ、やってやりますかね。
ティナの言葉通り、前方裏路地から二匹のゴブリンが現れ、ダガーを振り上げたまま一直線に走ってくる。
二人を下がらせ前に出た。
対する俺は徒手空拳だが、決して侮っているわけではない。
荷物を下ろし、拳を握り両手を前に構える。
「「ぐぎゃあぁ!」」
奇妙な甲高い唸り声とともに左右に別れて接近してきたゴブリン達から、同時にダガーが振り下ろされた。
それを、ガキンと硬質な音を響かせながら、両腕で奴らの武器を受け止める。
「――それがお前達の全力か?」
他愛もない。
そのまま腕を跳ね上げ、気合いとともに弾き返してやった。
いわゆるパリィ。何の武具も持たないスーツ姿の男が発揮した冗談じみた光景に、ゴブリンどもの顔が呆気にとられている。
魔法は既に存在するものを強化するだけであれば、あまり魔力は使わない。
故に俺が強化したのは自身の肉体とスーツだ。
服を強化したのは、斬られて男があられもない姿を晒しても喜ぶ奴などいないだろうからな!
「さて、攻撃してきたのだから次はこちらの番だ。敗北をその身に刻むがいい!」
一息で右手のゴブリンの懐に踏み込み、腰を落として右肘をブチ込む。
強烈な衝撃が小さな体躯を吹き飛ばし、ビルの壁面にぐちゃりと叩きつけられ呆気なく霧散した。
ついでに硬直したままのもう一匹にその場から回し蹴りをプレゼントし、反対側の建物へと吹き飛ばす。
壁面にめり込んだゴブリンが驚愕の表情を浮かべたままその身体を空間に溶かし、魔石が地面へと零れ落ちた。
「うむ、悪くない」
反撃に要した時間は僅か二秒。
また一歩最強の男へと近づいたようだ。
「待たせたな二人とも」
「さすがです」
「凄いけど、やってること滅茶苦茶だよね」
称賛されつつも若干呆れられている感があるが、自分でもそう思う。
動画で事前に様々な武道の動きを勉強し実践してみたが、素人じみた技でも圧倒的な身体能力を利用すればご覧の有り様である。
速やかに魔石を回収し、先を急ぐことにしよう。
今のところゴブリンの使い道はないが、いずれ役立つかもしれないので回収した魔石に自身の魔力をほんの少しだけ注いで保管する。
こうすることで魔石の支配権を獲得しつつ保管することができる。もし何もせず放置すると、自然に満ちた魔力を蓄え、規定値に達すると再び魔物が具現化するので注意が必要だ。
08:48
道中のゴブリンをティナに任せ、魔力を温存しながら歩き続ける。
見事な狙撃の数々を前に由香のテンションも上がっていたが、開けた大通りに抜けると、二人の雰囲気が引き締まるのを感じた。
「ひょっとして、ここがそうなのか?」
「うん……この少し先だよ」
頷く由香の視線の先、街の情景が一変していた。
完全に崩れ落ちたビル群や、陥没した道路に瓦礫の山。今まで通ってきた道筋よりも更に大きな破壊の爪痕があちこちに残されている。
おそらく大型の魔物が通過したのだろう。アスファルト上に得体の知れない巨大な足跡が複数残されているが、ホームセンターとは別方向から進行してきたようだ。
って、よく見たら俺のマンションの方角から来てるじゃねえか!
恐ろしいなあ。
とりあえず最初に全力で逃げ出した俺の選択肢は間違ってなかったぜ。
魔物の足跡を辿った遥か先には、高層ビルの合間から複数の大きな黒煙が立ち上っている。
耳をすますと微かな重低音が断続的に響いており、空を飛び回る複数の戦闘機や攻撃ヘリが地上へと攻撃を加えている様子が遠目に見える。
元々この道を通る必要があったのは、由香を安全な場所へと脱出させるためだった。
現在都内で安全な箇所は皇居周辺部及び、主要な政府施設と自衛隊駐屯地付近だ。
そのいずれかに向かう予定だったのだが、今は別の目的に変わっている。
もう一人の女の子の救出と、ちょっとした人助けだ。
何はともあれ、まずはここを無事に切り抜けなければならない。
人類最強の男、いざ参る!
読んで下さっている皆様、いつもありがとうございます!
最近仕事がハードなため執筆ペースが遅くて申し訳ありません。
次話は早めに投稿できたらいいな……と。




