両手に花と最低な誓い④
決意したなら即行動あるのみ。
ティナに背中を押され、勢いのまま由香を追いかける。
今の俺は無職改め、魔法使い。
人の位置を特定することなど造作もない。
読んで字のごとく、ストーキングの魔法を発動し、じわじわと距離を詰める。
性質の悪い変質者が誕生した瞬間だった。
と、いかん!
明日のために魔力は温存せねば。
現在位置を特定し、即発動を停止させた。
どうやら由香は同じ三階フロアの喫茶店にいるようだ。
ちなみに当面の食料は建物内の複数の飲食店から失敬している。
あまり褒められた行為ではないが、数日内にダンジョンの付近一帯は日米軍による徹底した爆撃が行われるらしい。
この建物も例外ではないので、瓦礫に埋もれるくらいなら俺達が食べたほうがマシってものだろう。
フロアを歩き続けると、やがて目的地に到着した。喫茶店は窓際に面しており、ガラス越しの空は薄っすらと暮れ始めている。
内部の様子を窺うと、制服に着替えた由香が席について外をぼんやりと眺めていた。
話しかけにくいな……搦め手で行くとしよう。
気づかれないようにそっと厨房に侵入し、探索開始。
女の子なら紅茶のほうがいいか?
迷わずメニューで一番お高い葉っぱを探し出し、紅茶を淹れる。ネットを見れば手順もバッチリ。便利な世の中だ。
俺はコーヒー党なので、茶葉を蒸らす時間で自分の分もついでに用意する。
厨房を漁り、ここぞとばかりに高級豆を選んでドリップ。
いい香りだ。
しかし一杯七百円とか……自分で注文するなら躊躇するが、今なら遠慮はいらないからな!
由香の紅茶も八百円するようだが、普段これらを平気で頼んでいる奴らはセレブに違いない。
お茶請けにマカロンやらクッキーを拝借し、わざと足音をたてながら由香のもとへ。
途中でこちらに気がついた由香が振り向くと、表情が嬉しそうに綻んだ。
「お待たせ致しました。ご注文のダージリンでございます」
「ありがと。美味しそうだね」
「当店で一番お高い茶葉をご用意致しました。さあ存分に感謝して味わうがいい」
「もう!店員ごっこするなら、もう少し頑張ってほしいのですけど?」
「それは無理な相談だ。なにせ俺も客だからな」
テーブルに品物をすべて並べ終えると、由香の向かいに腰を降ろすことにした。
「無銭飲食のお客様ね?」
「なんだその目は?コーヒーならやらんぞ」
「渉君ならそう言うよね……」
ジトっと見てくる由香だが、ティナと合わせて何度もされているせいか、そろそろこの目で見られるのにドキドキしてく……こないよ?
「…………」
「…………」
それきり無言になってしまうが、居心地は悪くない。
俺は由香やティナのことを録に知らないが、自身の行動パターンやその他諸々は彼女達に全て見透かされているらしい。
しかも表情や仕草からは、こちらに向けられる好意が端々から感じられて、正直かなり照れくさいのではあるが。
心がムズムズするのを誤魔化すためコーヒーを手に取ると、由香もティーポットからカップに紅茶を注いで口をつける。
容器を傾けて芳醇な香りを味わいながら由香と視線が交わると、気恥ずかしそうに瞳が揺れる。
お互い何とはなしに、マカロンやらクッキーを少しずつ食べて、しばしゆったりとした時間を過ごす。
端から見ればそうなのだろうが、実はテーブルの下で、時折由香の足が遠慮がちにツンツンと悪戯してくるので、両足で挟んで捕まえると大人しくなった。
ズボン越しに感じる、ほっそりとした温もりと柔らかさ。由香の顔を見ると、いつの間にか頬を染めてそっぽを向いている。
なんとなくだが、行動パターンがわかってきた。
どうやらこの子は、甘えたい時や構って欲しいときに悪戯してくるらしい。
それを可愛いと思う。思ってしまう。
ああ、俺はちょろいのだ。
具体的に言うと買い物してお釣を貰うとき、女の子に手を握って渡されるとうっかり惚れそうになるくらいにはちょろい。
そんな男が好意を向けられて、甘えられて陥落しないわけがない。
だから……。
「由香、お前の悪夢は明日で終わらせる。怖いかもしれないが、見ていてくれるか?」
唐突ではあるが、伝えたかったのだ。
一瞬戸惑った表情を見せたが、意図は察してくれたのだろう。
「うん……渉君のこと信じてるから……傍で見守ってるね」
絡んだ足から微かに震えが伝わってくるが、由香の瞳には決意と勇気が宿っていた。
「悲しいけど、わたしじゃアイツを倒せない。いつも命懸けで渉君に戦ってもらってるのに、まだ何一つ返せてない。だから、その……もし、これを乗り越えることができたら、お、お礼にわたしを、すす、好きにしていいよ?」
真っ赤な顔して、とんでもないことを言い出す由香。
彼女にとって、俺は自重しないスケベな男だと分かってるはずだ。
「ほ、本当にいいのか?自分で言うのもあれなんだが、俺の愛人になって、口では言えないあんなことやこんなことをしてくれと要求してしまうような男だぞ?」
「渉君がどんな人かなんて、みんな…………みんな知ってるよ。その上で、す、好きになったんだから、仕方ないじゃん!」
俺はどうして、この子たちにこれほど想われているのだろうか?
分からない。
分からないが、可愛い女の子を守るためなら命だって惜しくない。
中二病を患ったあの日から、様々な経験をしても唯一変わらなかったことがある。
素敵なヒロインを颯爽と救う英雄願望だ。
大人になると口に出すのも恥ずかしい夢。
けれどそれを成す力を手にし、活かす機会が巡ってきたのならばやるしかないではないか。
いや、喜んでやりますとも。
動機は不純で浮気性。
だが、もう迷わない。
由香の両手を握り告げる。
「俺も由香が好きだ!だからお前を全力で守ってみせる」
顔が熱い。
見詰め合う由香の恥じらいと喜びに溢れた表情はとても魅力的で、そのまま自然に吸い寄せられるかのようにキスをした。
微かに香る紅茶の香りと少しだけ甘い唇を味わって顔を離すと、上目遣いで少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やっぱり渉君って、女たらしだよね?」
最低だよ、と小さく呟きながらも声音は心底嬉しそうで……そのままもう一度唇を重ねるに至る。
最低な男と既成事実。
もはや逃げることは許されないが、こんな幸せを自ら手放すわけもない。
約束は必ず果たしてみせる。
現在時刻19:20
由香と連れだってティナの元に戻ると、温かく出迎えてくれた。
「おめでとうございます由香さん。やっぱり、あっという間に仲良しですね」
「ティナ…………あ、ありがと」
ここへ戻るまで俺の袖を掴んで照れくさそうにしてる由香と一緒に歩いて帰ったのだが、そのまま赤くなって黙り混んでしまった。
「由香さん、可愛いです!」
「同感だ」
そのまま俺達に両手を広げて抱きつくティナと、なされるがまま照れまくる由香。
「でも、今夜は駄目ですよ?」
俺の耳元に口を寄せたティナが、からかうような響きで囁いた。
「!?」
「ト、トウゼン、ワキマエテオリマス」
「本当ですか?」
クスクスと笑うティナと、一層赤くなる由香。
ヤバい。可愛い。二人とも。
俺こんなに幸せで大丈夫?
刺されたりしない?
しばし三人でじゃれあい、その後食事や身支度を済ませ、従業員用のシャワールームを順番に使用すると、明日に備えて早めに休むことにした。
寝転がると、両隣には可愛い女の子たちが嬉しそうに添い寝してくれている。
当然のごとく今夜も眠れないので、スリープの魔法を使用することとなった。
魔法って便利だな。
使い方間違ってるんじゃないかという思考が脳裏をよぎりつつ、今夜も眠りについた。
読んで下さっている皆様、ありがとうございます!
プロットはできているのですが、本文が上手く書けるかはまた別の話で……頑張ります!




