両手に花と最低な誓い③
現在時刻13:36
パサっと音を立てて床に脱ぎ捨てられた服。
カーテン越しに聞こえる複数の衣擦れに、思わず生唾をゴクリと呑んでしまう。
この薄い布一枚を隔てた先で、可愛い女の子達が服を脱いでいるという現実に頭がクラクラしてくる。
見たい!
いや、いっそ覗いてしまいたい!
逸る衝動をなんとか抑えじっと待ち続けていると、やがてカーテンがゆっくりと開かれた。
最初に現れたのはティナ。
はにかみながら、清楚な白いワンピースを身に纏った美しい姿を披露してくれた。
はい可愛い!
「このお洋服、似合ってますか?」
目の前に歩み寄るとその場でくるっと一回転。黄金色の髪がたなびき、スカート部がふわりと翻る。
「可愛いすぎる。もはや美の女神といっても過言ではない!」
「はわぁ!? うぅ大袈裟に褒め過ぎです……そこまで言われると恥ずかしいですよ」
「そんなに大袈裟かな?本気で思ったことを伝えようとしただけなのだが」
「渉様のそういう正直なところは好きですけど、でもですねっ!」
両手で顔を覆い隠しているが、耳まで真っ赤になっているのがたまらなく愛らしい。
しかしおかしいな……そんな変なこと言ったか?
「それに今日の主役は由香さんなんですから、わたくしより由香さんのことをいっぱい見てあげてください」
俺の背後に周って茹であがった顔を隠すと、グイグイとカーテンの近くに押し出しながら声をかける。
「由香さん、いい加減観念して出て来てください」
「でもこれ、わたしじゃ似合わないと思うし……」
「そんなことはありません。とても素敵でしたよ。渉様も早く見てみたいですよね?」
「当然!それに、何でもするって言葉を忘れてもらっては困るな」
「わ、分かってるってば」
おそるおそるといった感じで、カーテンの端っこを掴んだまま由香が姿を見せた。
ティナの白いワンピースと対を成す黒いワンピースを身に纏い、恥ずかしそうに目線を逸らしている。
「おぉ、綺麗だな。よく似合ってる」
「はい、すごく可愛いです!」
ワンピースは細かな意匠が散りばめられたデザインで、少し大胆に開かれた胸元からは形の良い膨らみが覗いている。由香の薄っすらと青みがかった黒髪と白い肌が合わさり、どことなく妖しい魅力を醸し出していた。
「お世辞なんていいよ。ティナと比べたらわたしなんて……」
「何言ってるんだ?誰かと比べる必要なんてないし、俺はお世辞で人を褒めたりしないぞ」
「…………ッ!?あ、う……そ、その、ありがと?」
「ほら、渉様もこう言ってますよ?もっとご自分の魅力に自信を持ってください」
真っ赤になって固まってしまった由香にティナが飛び付き、耳元で何やら楽しそうに囁き始めた。
あ~絵になるなぁ。
白と黒。服装も相まって、別々の魅力を放つ美少女が仲良く戯れている姿は大変よいものだと思います。
妙にしおらしくなった由香とティナが向かい合って、互いの耳元でこそこそと内緒話をしているのだが、その拍子に時折二人のお胸が重なり、ふにふにと形を変える。
眼福だ。
願わくば、もう一度あの間に挟まれたい。
昨夜の至福の感触が忘れられん。
何でもするって言葉にかこつけて、由香にファッションショーをしてもらうことにしたのだが、我ながら素晴らしい思いつきだったようだな。
折角建物内にいろんな服があるのだから、美少女のおめかしを堪能しなければ男が廃るってもんよ。
えっちな要求も大量に思い浮かんでいたのだが、さすがに……ね?
それでも由香が一人じゃ嫌だと言い張っていたのでティナが協力してくれることになったのだが、まさに一石二鳥。一挙両得だぜ!
その後も二人の様々なコーディネートを拝見しつつ、ネットで一時期話題になった例のセーターやら、例のタートルネックをゴリ押しで着てもらった。
まあ例のシリーズはさすがに店舗に置いてなかったので、俺が魔法で作った奴なんですけどね!
生の破壊力は凄かったよ、うん。
デザインした人尊敬するよ。
ついでに水着や例の下着も試着してくれと調子に乗って頼んだら怒られた。
さすがに下着は駄目だったか。
水着はOKだったのに……女性のこのあたりの感覚は男にとって謎である。
断られたことで俺が本気でへこむ姿があまりにも哀れだったのか、ティナが二人きりのときならいいですよ、と恥ずかしそうに耳元で囁いてくれたので、いろいろと一瞬で元気になったのはまた別の話である。
現在時刻16:45
「それで、渉君としてはどの服が一番気に入った?」
途中で吹っ切れたのか、最終的には結構ノリノリで試着を楽しんでいた由香が面白がるような表情でこちらの感想を求めてきた。
「どれも良かったから迷ってしまうな。まあ強いてあげるなら、やっぱり最初のワンピースかな」
「なんで……そう思ったの?」
少しだけ真剣な表情を浮かべた由香が、真っ直ぐこちらを見詰めてきた。
「服のことはよく分からないが、由香によく似合ってたからな。一目見てグッときたし、そして何と言っても胸元がセクシーなのがいい!」
「はぁ、やっぱり渉君は渉君だよね。いつもえっちなことばかり考えてるし、欲望に正直過ぎ!」
口では不満そうに語りながら、何故だか嬉しそうに笑う由香。
その瞳から、いつしか涙が零れ落ちていた。
「由香?」
「あれっ……なんでだろ。泣くつもりなんて無かったのに」
静かに零れ続ける涙を拭い、こちらに背を向ける。
「ヒドイなぁ。昨夜のを無かったことにするために言いなりになったのに、また泣かされちゃったね?」
「待て、理由はよく分からんが誤解だ」
「そんなの知ってる。でもこれだけは言わせてもらうね」
ゆっくりと振り返ったその顔は涙に濡れたままだが、浮かんでいる表情は悪戯っぽい笑みだ。
「渉君の女たらし!」
それだけ言い残すと、あっという間に走り去っていった。
どういうことなの?
呆然と見送ってしまった俺に、いつものエルフ装束に着替え終えたティナがそっと寄り添ってきた。
「知りたいですか?」
「それは、勿論」
「と言っても、すごく簡単なお話なんですよ。由香さんは……嬉しかったんです」
甘えるように俺の左手を握りながら、ひとつひとつ言葉を紡いでいく。
「あの服、実は二着とも由香さんがデザインしたものなんです」
目の前のハンガーに掛けられた白と黒のワンピース。それを眺めるティナの表情は、とても優しげだった。
「何度も何度もデザインして、いくつもの案が却下されて、それでも頑張り続けて、最近ようやく由香さんのお母様が初めて商品として認めてくれたものだそうです。そんな努力の結晶を、渉様はやり直す度に必ず褒めるんです。何も覚えていないはずなのに、いつも真っ先にあの服を選んで……」
握った左手を胸元に抱き込み、こちらを見詰めるティナはやはり幸せそうに微笑む。
「そんなことされたら、嬉しくなるに決まってるじゃないですか。何度やり直しても、あなた様は大切なことを迷いません。由香さんも、他の皆さんも、そんな素敵なところをたくさん見てきたんです」
腕から伝わる温もりが一層強まり、少しだけ背伸びしたティナが頬に軽く口づけした。
「わたくしたちを惚れさせた責任、とってくださいね?」
敵わないな……この子には。
「全員幸せにしてくれないと、許してあげません」
冗談めかしてクスクスと笑いながら、背中をポンと押された。
言外に、これから出会う全員を受け入れて欲しい、と。
現代日本の価値観では最低としか言われない、男の夢。
けれど気持ちなんてもう決まっている。
どうせ俺のことだ。
魅力的な女の子にはすぐに惚れてしまうだろう。
これは確信だ。
誇れることではないが。
既に自分が最低なのは分かりきっているのだから、せめて惚れた女の子たちは必ず幸せにする。
それだけが俺に許された、たった一つの誠意に他ならない。
親父、お袋。
どうやら息子は最低のハーレム野郎になりそうです。
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