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第一歩

 現在時刻06:00



 素晴らしい朝だ。

 一夜明けて、俺のジョブは賢者となった。

 頭の中は冴え渡り、見慣れた世界が輝いているように感じる。


 物音をたてぬようゆっくりと身を起こし、隣に眠る大切な女の子の髪を優しく撫でる。

 絹のような滑らかな肌触りと、テントの薄闇の中でもほのかに煌めく黄金色の輝き。

 エルフの身体は人間とは少し違うのだ。


 髪も肌も造形も、そのことごとくが美しい。

 まさしく妖精だ。


 こんな素敵なエルフさんが本当に俺の愛人でいいの?

 彼女いない歴=年齢のわたしでございますよ?

 まあ駄目と言われても、全力で抵抗するけども。

 世界を敵に回してでも、ティナのためなら戦う価値がある。

 うああぁ恥ずかしっ!

 リアルでこんなことを考えることになる日が来ようとは……数日前の俺なら夢にも思わなかったはずだ。

 そんなことを考えていたので、奇襲を受ける羽目になった。



「クスッ、おはようございます。どうかなされましたか?」



 いつのまにか目を覚ましていたティナが、裸身をシーツで覆い隠しながら身を起こすと同時に、彼女のしなやかな指先が恥ずかしさに悶えていた俺の頬をさわさわと撫でた。



「なんだか、可愛らしい表情をされてます」



 ふざけんな、お前のほうが可愛いんだよ!とはさすがに言えない。



「秘密だ」


「もう……意地悪しないで教えてくださいませんか?」



 俺の考えていたことがバレている気がするのは、気のせいなのだろうか?

 嬉しそうな笑みを浮かべ、じゃれついてくるティナが愛しい。

 身体を隠していたシーツがはだけるのも構わず、豊かな双丘を押し付けるように抱きついてスリスリと甘えてくる。

 俺がどう反応するのか、絶対分かっててやってるんではないでしょうかこの子は?





 くそ、リア充爆発しろ!






 あれ、でもでも、もしかしなくても俺って今(ちまた)で噂のリア充になってしまってない?






 OK、じゃあ遠慮なくいこう。










 俺の理性は爆発した!











 賢者になったと言ったな?













 あれは嘘だ!












 現在時刻10:22

 現在地:1F 連絡通路







 大賢者は歩く。

 素敵な女の子とともに。

 仲良く繋いだ手は温かく、心は幸せで満たされている。

 寝床で甘えてくるティナが可愛いすぎたので、今日もたっぷりとその蠱惑的な肢体を隅々まで愛でたのである。



 俺この調子だと、魔物に襲われる前に、もっと別の意味で死にそうな気がするんだが…………。


 まあいっか、ある意味本望だしな。




 現在俺たちが歩いているのは、第一層の出口があると思われる連絡通路の手前だ。

 ティナに確認した未来の記憶は、どうやらあまり鮮明ではないらしい。

 俺たちの思い出の一部や、悲惨な場面の記憶といった強く印象に残った重要な部分だけがはっきりしていて、それ以外では俺への想いや感情を受けとった、ということらしい。

 そこから向けられる愛情を嬉しく感じる反面、複雑な感情もある。

 はたして、この時点の俺がティナからその想いを受け取ってよいのだろうか?

 今さらながら不安になる。

 参ったな……経緯はどうあれ、俺はいつのまにか本気でティナを愛してしまっているのだ。

 自分ははたして、彼女に想いを向けられるに相応しい人間なのだろうか?




 思考に沈んでいた俺の意識は、迫り来る巨大な刃を前に一瞬で覚醒させられることになった。


 致命的な油断。


 あまりにも順調すぎて忘れていたのだ。

 人の身にとって、魔物がどうしようもなく危険な存在だということを。




 突如として目の前で振り下ろされた刃は明確にティナを狙っていた。

 咄嗟に繋いでいた左手を振りほどき、ティナを突き飛ばす。

 俺にできたのはそれだけだった。




 平和ボケが招いた代償はひとつ。

 彼女を突き飛ばした左腕が切断された。




「がっ、ぐぁぁあああっ!!」




 言葉にならない痛みと、あるべきものが無くなった喪失感。

 傷口から吹き出た鮮血が、床に転がった腕もろとも真っ赤に染め上げる。


 痛い。苦しい。

 あまりにも耐え難い苦痛はしかし、徐々に意識の隅へと追いやられていく。

 理由……理由か、そんなの決まっている。

 我が身よりも大切な女の子が危険に晒されているからだ。


 だから今、やらなければならないことがある。

 歯を食いしばり、敵……巨大な鎌を携え、まさしく物語に登場する死神のような姿をした魔物を見据える。



「ーーーーッ渉様!?……嘘っ、嫌です……そんな、どうして…………わたくしはまた(・・)?」



 ティナは突き飛ばされた衝撃で床に手をついたまま、呆然と俺を見つめていた。

 その背後に音もなく宙を滑るように接近し、再び巨大な鎌を振り下ろさんと迫る死神の影。



 抑え難い怒りは容易く肉体の苦痛を凌駕し、僅かに余裕を取り戻した意識の中で無理矢理魔法のイメージを構築する。


 こいつはよりにもよって、真っ先にティナを狙いやがった。

 赦せるわけがない……ティナを狙ったコイツも、そして油断しきっていた自分自身さえも。


 だが後悔も反省も後回しだ。

 今はただ、あの糞野郎を一刻も早く駆逐する!




『魔弾』




 俺が未来の知識を受けとる前に自力で習得した唯一の魔法。




 残る右手を開いて真っ直ぐ突き出し、忌々しい仇敵へと照準を定めた。





 一片残らず消滅させてやる!





 体内に貯蔵された魔力をかき集め全力で注ぎ込む。

 掌に漆黒に染まる極小の魔力光が宿り、軋むような音をたてながら収束されていく。




 それを限界まで絞り、解き放った。







『ーーーー重力崩壊(コラプス)ーーーー』






 掌から銃弾の如く発射された魔弾が狙い違わず死神の中心へと突き刺さる。


 やがて命中した箇所を起点に始まる崩壊の序曲。


 圧縮し圧壊し消滅させる。




 魔法によって生成されたマイクロブラックホールに呑み込まれ、仇敵の姿は空間に溶けるかのように消えていった。





 やれやれ、なんとかなったな。

 あれほどあった怒りも、奴を消し飛ばしたおかげで段々と落ち着いてきた。

 英霊憑依による身体強化の効力はまだ残っている。

 どうにも発動に使用した魔力を使いきるまで継続するらしく、そのおかげで魔物に対処することができた。

 戦闘に要した時間はほんの数十秒にすぎないが、体感時間も引き伸ばされていたようで、ティナを無事助けるために役立ってくれた。






「渉様……申し訳……ございま……っ……グスッ、わたくしのせいで…………腕が……」



 すべてが終わり、遅れて状況を理解したティナはすぐさま俺のもとへと駆け寄り、すがり付いたまま泣きじゃくっている。



「いいんだ。ティナが無事ならそれで」



 (くだん)の死神……グリム・リーパーによって俺の二の腕から先が綺麗に切断されたのだが、既に出血は止まり傷口が塞がっていた。

 すごいな強化魔法。

 つくづくその有り難みが分かる。



 右手でティナの頭を撫でて、彼女の無事を実感する。

 腕の一本を犠牲にするだけで、大切な人の命が救えるのならば喜んで捧げてやるさ。



「わたくしはまた……助けていただきました。未来での同じ過ちを繰り返さないために……記憶も受けとったのに……あなた様は今回も腕を失って……」



 泣き腫らした目で失った腕を痛ましそうに見つめると、再びその瞳が潤みはじめた。

 彼女を悲しませるのは本意じゃない。

 女性を泣かせていいのは、嬉し泣きの時だけだと思うのだ。

 だから…………。



「なあ、忘れていないか?未来の俺がなんのために知識をよこしたのか」



 彼女を護り、幸せにするために……俺はすべての悲劇を笑い飛ばして軽く乗り越えなければならない。

 そのための力を、意志を、他ならぬ未来の俺自身に託されたのだから。




再生(リバイバル)!』



 故に、この程度の怪我は悲劇になどなり得ない。

 身体欠損さえ修復する癒しの魔法が一瞬で左手を再生し、俺は戦闘前と寸分違わぬ肉体を取り戻した。







 って、あれ?ちょい待ち。


 切断された腕は床に転がったままなんですけど?

 これ、もしかして新しい腕が生えてきたの?



 …………うわっマジかよ、気色悪っ!




 はぁ~使う魔法間違えたかなぁ……そこに転がってる腕どうすんだよ……。




 けどまあ、治った左腕に抱きついて泣きじゃくるティナの顔は、さっきと違って喜びに濡れているように見える。





 なら、これでいい。







 芽生えた本物の決意を胸に、俺は愛人さんを両手で優しく抱き締めたのだった。




読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます!


6/7 PVが5000を突破し現在6000を越えました。

もう作品を読んでいただけるだけで、とても嬉しいです!

皆様のおかげで、拙いながらもモチベーションを保って書いてこられました。

本当にありがとうございます!

これからも技術を磨きながら、コツコツやっていこうと思いますので、皆様に少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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