決別
現在時刻14:40
どこまで歩いても、森は平和そのものだった。
兼ねてより疑問に思っていたので、左手を繋いだ先……ニコニコしながら一緒に歩いている可愛い愛人さんに尋ねてみた。
「今さらだけど、この森の魔物はどうしてこんなに少ないんだ?」
ティナと初めて出会った時と、オークの討伐でしか魔物は見ていない。
少ないというか、ほぼいないと言うべきだろう。
「えっとそれはですね、戦の際に他の魔物に遭遇してしまうと大変危険なので、オークが村へ接近する前に戦士団の皆様が周辺の魔物を掃討したからです」
「なるほど、確かにそうだよな」
蔦を絡めるだけの小木の魔物だって、オークとの戦闘中に陣形を整えたり、退却したりする瞬間に遭遇すれば、対処への負担が増大し、非常に危険な状況に陥るのは想像に固くない。
だが、新たな疑問がわいてきた。
なら何故ティナは捕まってたんだろうか?
「魔物が復活するとしても、あと二、三日はかかるかと思いますので心配はご無用ですよ」
魔物には二種類の発生形態があるそうだ。
ひとつは空間の魔力が凝縮し自然に発生するものたちで、小木の魔物がこれにあたる。
もうひとつはオークやゴブリン等の、交配によって増殖する種族である。
いずれも魔物として断定する最大の要因は魔石の有無で、体内でこれを核にして魔力を生成し、生物として具現化しているらしい。
「ところで話は変わるんだが、そんな状況でティナはどうして魔物に捕まってたんだ?」
「そ、そそそれを聞いてしまわれますかっ!?あのあの……理由を聞いて引いてしまったり、わたくしのことをお嫌いになったりしませんか?」
なにやら物凄く慌てながらも、潤んだ瞳でじっと上目遣いで見つめてくるティナ。
繋いでいた左手は同時に彼女の柔らかな胸元に両手でホールドされ、見捨てないで下さいと言わんばかりの表情で迫ってくる。
なんてことだ……可愛いさ二割増しの攻撃に俺の心がグラグラと揺さぶられる。
こんな仕草でお願いされたら断れそうにない。
もっとも、どんな理由があろうとも俺がティナを嫌いになる要素なんて微塵もないのだが。
「嫌いになんかなるわけないだろ。ティナは俺にとって大切な人なんだから」
現代人の俺にとって、ティナは愛人と言いつつも、どちらかといえば恋人という感覚なのだが、アルフヘイムの文化ではきっぱり愛人と解釈される。
だが愛人と口に出して断言するのも気持ちとして躊躇われたので、大切な人と伝えることにした。
異文化コミュニケーションは難しいのである。
「……ッ……は……ぃ、ありがとうございます……わたくしも、あなた様のことを心から大切に思ってます……」
ぼっと火がつきそうな勢いで真っ赤になりながらも、訳を話してくれた。
「結論から申し上げますと、あなた様にお会いするためです。わたくしも魔法で未来から得た記憶は完全ではありません。知っているのは出会う瞬間の光景や、おおまかな場所と時間だけ……」
そこまで言うと目をぎゅっと瞑る。
「前にも申し上げた通り、わたくしはズルいんです。あなた様の好みを事前に知っていたので、は、恥ずかしかったですけれど、わざと魔物の蔦に身体中を拘束させました」
ななな、なんですとっ!?
何ゆえ俺が触手拘束に興奮したことがばれておるのだ!
「ど、どこでそんなことを?」
「未来のわたくしは知っていたんです。すまぁとふぉん?に、初めて出会ったときの、わ、わたくしの拘束された姿を映像として残していることを……。渉様はそれを時々隠れてコッソリと、すごく嬉しそうに眺めている場面の記憶がありましたので、これしかないと思い、あなた様の気を引くために実行に移したのです……」
なにしてくれちゃってるのだ、未来の俺よ。
もろバレではないか!
「そんな事情ならむしろ、俺の方が嫌われたり引かれたりしそうなんだが……」
「最初は驚きましたし、恥ずかしかったですけれど、同時に嬉しくもあるんです。それだけわたくしに夢中になってくれていた証なのですから」
そこまで言うと、ティナはぎゅっと俺の胸元に抱きついてきた。
柔らかくて、いい匂いがする。
「けれど本音を申し上げますと、映像なんかより本物のわたくしに夢中になってくれると、もっと嬉しいのですが……」
またしても俺の精神は衝撃を受けた。
仕組まれた出会いがなんだ?
俺がその場面になったら盗撮を行うと予め分かっていながら、それに引くことすらなく、ただ自分に夢中になってほしいと…………こんな女の子、嫌いになるわけないだろうが。
完敗だよ。
俺は出逢う前からこの女の子に惚れさせられる運命だったのだ。
「とっくの昔に夢中になっている。俺はティナが好きだ!」
だから雄弁に行動で示した。
照れて真っ赤になっているティナを抱きしめて熱いキスを交わし、木陰に連れ込む。
身体強化魔法の効果が残っているせいなのか、昨夜から何度も彼女を抱いているにもかかわらず、自分でも信じられないくらいに全身に力がみなぎっている。
ティナの弱点を探り、何度も何度も足腰が立たなくなるまで責め立てた。
これで彼女も分かってくれただろう。
現在時刻17:43
ようやく連絡通路へとたどり着いた。
早速スマホを取りだして確認すると、ひどい有り様だった。
電波を受信した瞬間、液晶画面にズラッと並ぶ着信履歴の数々。
すごいな……こんな鬼電初めて見たよ。
内訳は両親や知り合いからが数十件なのだが、群を抜いて多いのが会社からの電話履歴だ。
最後に電波を受信していたのは早朝なわけで、俺がこの階層に滞在したのは約二日間か。
尋常でない量はさすがと言うべきか。
こんな状況でも会社は営業しているらしい。
仕方ないので折り返しの電話をしてみる。
嫌なものは先に済ませましょうってね……。
「もしも……」
「藤島、今何日だと思ってるんだ!」
前置きすらなく怒鳴るその声は上司のものだ。
今日も平常運転のようですね。
「申し訳ありません」
「無断で休んでいったい何人に迷惑を掛けたと思っているんだ!わかったらすぐ来い!」
「お言葉ではありますが、わたしは今ダンジョンの中でして……」
「ダンジョン?」
「えっとご存知ないですか?わたしの自宅がそうなっているはずなんですが……」
「ああ、化け物の巣のことか?生きてたんならさっさと出ればいいだろうが!電話できるなら余裕だろ」
この上司、何を隠そう……頭がおかしいのである。
訃報のあった部下を無理矢理出勤させたり、病気を患った人物を酷使して潰したりと起こした問題は数知れず。
権力を傘にやりたい放題をしていた曰く付きの屑である。
俺がこんな上司のいるブラック会社に勤めていた理由はただひとつ。
先代の亡くなった社長に恩義があったからだ。
何度も面接で落とされ、自暴自棄でズルズルとニートをやっていたときに拾ってくれたばかりか、手厚い福利厚生を施してくれたのが先代の社長だ。
彼が亡くなりすべてがおかしくなった。
それでも恩に報いるために必死に歯を食い縛ってきたのだ。
けれど…………。
目の前には心配そうな顔をしたティナが俺を見つめていた。
…………もういいよな?
二日前まで俺を突き動かしていた義務感というか、執念のようなものがスッと消えていく。
驚くほどあっさりと。
憑き物が落ちたという奴だろうか?
今の俺には心から大切な人ができた。
魔法も使えるようになった。
世界の在り方が変わったのは、なにも現代社会だけでなく俺の人生もだ。
だから先代の息子である今の社長に告げることにする。
「社長、今日限りで会社を辞めさせて頂きます!」
ずっと言いたくて言えなかった一言。
もう迷いはない。
電話口でなにやら喚いている声を無視し、通話を切って着信拒否に設定した。
片付けなければならない書類や引き継ぎもあるが、普通の企業ならこんな状況でそれを求めてくるなどあり得ない。
あの男は人の心配より常に自分の都合だけを考えているのだ。
晴れやかな気分だ。
あとは家族に無事を伝えるだけでいい。
それと…………。
「ティナ、君に紹介したい人がいるんだ」
探索の果てに何が起こるのか、今はまだ分からない。
けれど大切な人ができたことくらいはキチンと伝えておきたい。
笑顔で両親と通話するティナを見て、俺は確かな幸せを感じていた。
読んで下さっている皆様、いつもありがとうございます!
投稿が遅くて申し訳ありません。
わたしの実力不足が露呈して参りました……会話がですね、うまく書けなくて難しいのです……が、へこたれず修行していきたいと思いますので、未熟な部分は笑ってやってください。




