8 魔族リージョン
私達を乗せたエレベーターは、足立区ギルドの最上階である20階を越え、その上の屋上へと辿り着いた。
エレベーターの扉が開くと、強い風が吹き込んだ。
「さ、こちらです」
屋上に出ると、そこには空が広がっていた。曇ってはいたが、一帯に薄っすらとした白い光が満ちている。
家の玄関からずっとダンジョンの中だったので、空があること自体が珍しく感じてしまう。
「ここはダンジョンの中じゃないんだね。良かった、ちゃんと外側があったんだ」と私。
西島もヨシコも、久しぶりの空を満喫するように、両手を広げて深呼吸をしている。
「さあこちらに来ると見えますよ」と、エルフの女性はそう言いながら、屋上の端っこの柵の方へと私達を導いた。
端まで来ると、柵の向こう側には、東京全体が広がっていた。ここから都心の方を一望できる。
「あちらです」
と、エルフの女性は、都心の方とは異なる方角を指差した。
えーと、確かそっちの方には……。
「ええええええっ」と、ヨシコが声を上げた。
西島も口をあんぐりと開ける。
私も自分の目を疑った。
そっちの方角には、スカイツリーが見えた。
だが、そのスカイツリーに、とてつもなく巨大な生物が巻き付いていた。
その生物は、映画とかゲームとかで見たことのある、ドラゴンの姿をしていた。
そのドラゴンは、スカイツリーのてっぺんと同じくらいの高さまで、その巨大な顔をあげ、そして欠伸をするみたいに口を大きく開けたかと思うと、その口から真っ赤に燃え盛る炎の帯を吐いた。
赤い光が見えてから1秒遅れで、空気が震えるような低い轟音が響く。
それがドラゴンの鳴き声だった。
ここから結構な距離があるため、音の方が送れて聞こえてきたのだ。
ドラゴンの吐いた炎は、スカイツリーのふもとに広がっている押上や浅草辺りの街に届き、その一帯を一瞬にして火の海に変えた。
幻でも見ているような凄まじい光景だった。
「ちょ、ちょっと!!! そ、その辺、アタシのうちが!!!」
と、ヨシコが柵に乗り出すように前のめりになって叫び声を上げた。
柵から飛び出しそうな勢いだったので、慌てて背中のシャツを掴む。
「危ないよヨシコっ」
「アタシのうちあそこなの!! お父ちゃんやお母ちゃんが!!!」
ヨシコは目を腫らしながら言った。
「大丈夫です。ほとんどの民家や建物は、ダンジョンの下に埋まっていて、あの炎には晒されていません。きっと家もご両親も大丈夫です」
と、エルフの女性はヨシコを落ち着かせるように言った。
「本当!? それ本当!?」
「はい。きっと大丈夫です。でも、ご覧の通り、あのドラゴンがあそこにいる限り、墨田区の人々は地上には出られません」
「もしかして、LV99クエストの敵っていうのは……」と私。
「はい。あのドラゴンです」
「無理無理無理無理無理無理」私は首を高速で横に振った。
あんな信じられないくらいデカいドラゴンを、いくらこのラヴの剣が最強だからって、今の私なんかに倒せるような気はこれっぽっちもしない。
オークの体当たりだけで左腕が千切れて死にそうになったんだから、あんなドラゴン相手なら、一瞬で灰にされてしまいそうだ。
「あれ、でも、あそこって墨田区ですよね。そこの敵も、この足立区ギルドの管轄なんですか」と、西島が質問した。
「そうです。東京の北部~北東部一帯のリージョンは、ほとんどが魔族側に完全支配されてしまっていて、その一帯で残っているのは、この足立区ギルドだけなんです」
「そうなんだ……」と西島。
「ですので、あのドラゴンを倒すことができれば、かなりこちらの聖族側の有利になるんですよ。少なくとも、墨田区や台東区辺りは、一気に取り返すことができるでしょう」
「取り返せば、お母ちゃんやお父ちゃんや会える?」とヨシコ。
「リージョンを取り返せば、その一帯は元通りになりますので。
どうです? チャレンジしてみますか?」
「だから、無理無理無理無理無理。やるにしたって、せめてもう少し強くなってからでないと」
「分かりました。ではLV50クエストにしますか?」
「うーん。せめてLV20くらいから……」
それがどれくらいの難易度なのかは分からないけど、あんなドラゴンよりかはずっと簡単なはずだ。
「分かりました。LV20ですと、荒川に巣食うオークのボスを倒せばクリアとなります」
「オーク! それなら倒したことあるしいけそう!」
「でしたら、荒川ならすぐ近くですので、足立区ギルドの南のダンジョン通路をお進み下さい」
「よし! ヨシコもう少し辛抱してね。すぐに強くなって、あのドラゴン倒してあげるから。そしたらきっとお父さんやお母さんにも会えるよ」
ヨシコが私を見ながら目を潤ませる。
「エリカありがとう!」
というわけで、私達はエレベーターを降り、足立区ギルドの南側のダンジョン通路へ進んで行った。