6 マスカットグミの回復魔法使い。
「おい、西島。なんであんただけ助かってんの?」と、ヨシコは歩きながら前を行く西島に質問した。
ヨシコは助けてもらった感謝もあって私にはやさしい口調だったが、西島には相変わらずのいじめっこぽい態度だ。
「え、なんでって……」
西島はやや怯えたようにヨシコの方を振り返る。
「他の男子達はみんな緑色した化け物に連れて行かれたんだよ。
クラスで一番背が高くて力がありそうなバスケ部の高野でも、敵わなかったんだ」
高野がコンビニで棚に押し込まれていたのを思い出す。
「ぼ、僕は、間宮に助けてもらって……」
「ふーん。ラッキーだったね。っていうか、おまえのこの服、なんか汗臭くない?」
ヨシコは、西島に借りたシャツの臭いをかぎながら嫌そうな顔をした。
「嫌なら返してよ」と、西島は反抗する。
「あ、そう? 返してもいいけど。そしたら私、裸になっちゃうよね。男として最低だな、西島」
「う……」
西島をあっさりと言い負かしたヨシコは、今度は私の方に話しかけてきた。
「ねえねえ、エリカってどうしてそんなに強いの? その凄く可愛い剣とかどうしたの!?」
「あー、これ? これは西島が拾って……、あ、いや、元々私ので、持ってたの」
西島は怪訝そうに私を見ている。
「ふーん。ねぇそれ私にも持たせて? ちょっとだけ」
「え、別にいいけど……」
そう言いながら剣を渡した。
エリカは鞘を受け取ると、舌なめ釣りをしながら、剣を鞘から抜いた。
ところが、剣を抜いた途端、
「キャッ」と、ヨシコは声を出し、
持っていた剣ごと前のめりに倒れた。
「え、何これ……凄く重いじゃん……」
「え? そんなはずは……」
私が持った時は重さを感じないくらい軽かったはずだけど。
「こんなのエリカ持って振り回してたわけ!?」
ヨシコから返してもらって、改めて自分で持ってみる……、やっぱり軽い。
剣を片手で掲げる私を見て、ヨシコは目を丸くした。
「エリカって怪力だったの!?」
「違うと思うけど……」
もしかしたら私しか持てないのかも? 剣が私だけを主人だと思ってくれてるとか?
でもその方が好都合だ。
もしこんな凄い剣を誰でも扱えるなら、それこそ私じゃなくてもいいってことになっちゃうし。
「ねえねえ、それで私達はどこへ進んでるの?」と、ヨシコは聞いた。
「分かんない。でも、家を出てからずっと一本道だよ。ずーっと分岐のないダンジョンが続いてて、時々開けた場所があって、そこにはコンビニとか学校とかがあったの」
「そうなんだ……」
「うん。だから迷い用がないっていうか。このまま進んでいったら多分またどこかに辿り着くと思う」
「ま、間宮!!」
と、そこで西島が叫んだ。
観ると、西島の指差す先の暗闇に、緑の化け物が三体見えた。
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
向こうもこちらに気付いたのが分かった。
西島とヨシコが真っ青な顔をして、私の後ろへと素早く移動した。
私は鞘からラヴの剣を引き抜く。
「お゛お゛い゛ お゛ん゛な゛が2ひ゛き゛ お゛と゛こ゛が 1ひ゛き゛い゛る゛ぞ」と、真ん中のが言った。
「お゛ん゛な゛だけ゛つ゛か゛ま゛え゛て゛ う゛ろ゛う゛」と左側の。
「お゛と゛こ゛は゛ お゛れ゛が こ゛こ゛で た゛べ る゛」と右側。
西島はここで食べられるらしい。
まあ私が倒すからそうはならないけど。
青女は緑の化け物のこいつらのことをオークって呼んでたっけ。
オークはコンビニで一度倒してるから、多分今回も余裕だ。
私の方から勢い良く走って近付き、間合いに入ってすぐに剣を真横に振る。
その一太刀で真ん中のオークは上下半分に分離して死んだ。
剣を振り戻す勢いで、右側のやつも切り倒す。
ところが、その間に左側のやつがけっこうなスピードで私の左側から体当たりした。
「きゃっ」
衝撃で私は勢いよく吹き飛ばされ、地面に転がった。
「間宮!!!」
「エリカ!!!!!」
と二人が蒼白になって叫ぶ。
体当たりされた左肩がつぶれたかも、と思うくらいの衝撃だった。
起き上がってみると、ボトリと何かが地面に落ちた。
人間の手が落ちていた。
っていうか、私の手じゃん!!
どうやらオークの体当たりで、私の左腕が千切れてしまったらしい。
その様子を見た西島が、白目を剥いてバタリと倒れた。
ヨシコも、絶望的な表情を浮かべている。
だが、不思議と痛みは感じなかった。
痛みより、こんな風にされたことに対しての怒りみたいなのが湧いて、私は「くそおおお」と叫びながら、残った一体に駆け寄り、剣を真上から振り下ろした。
最後の一体もそれでようやく死んだ。
ピロロロンとSEがなる。
『 2,1000 point 入手 』
3匹でもう2万1000ももらえた。ということは、オーク1体は7000pt.ってことか。
「エリカあああああ」と、ヨシコが泣きながら近付いてきた。
「どうしようエリアああああ、うわああああ、血があああ、ごめんね私達を守るために、ごめんね、どうしよう、病院どこ!? 救急車は!?」
「大丈夫だよ、ヨシコ。落ち着いて」
「大丈夫なわけないじゃん!! 血がどはどば出てるし!! 左腕が左腕が」
確かに、出血が半端ない。
心なしかクラクラしてきた。
「おい、西島っ」と叫んで、西島を起こす。
「西島、どうしたらいい? 私死んじゃうのかな?」
意識を取り戻した西島は、私の大量の出血を見て、また気を失いそうになったが、なんとか踏み止まった。
「えええ、僕にも分からないよ」
「ゲームならこういう時どうするのよ。あんたこういうゲームしょっちゅうやってんでしょ?!」
「ゲームなら薬草とか、回復魔法だけど……」
「じゃあ回復魔法でお願い!」
「えええ、そんなのできるわけ……」
「いいから! なんか適当にやってみて!! 早くしないと、あ~~視界がぼやけてきたような……」
西島は慌ててつつ、「回復魔法!!」と叫んだり、それっぽい印のようなものを手で結んでみたり、意味の分からない呪文のようなものを呟いたりしたが、ちっとも何も起こらなかった。
「だ、駄目だ!!! そんなできないんだよ!!」
「できなかったら私死んじゃうじゃん! ヨシコもやってみて!?」
「え、アタシ!? そんなの知らないんだけど、アタシ、ゲームとかしないし……」
「いいからっ早くっ」
「うーーーーん、こうかな………、腕よ治れええええ!!!!」
その瞬間、ヨシコの頭の髪留めが黄緑色に発光した。
その光は粒となって放射状に散り、私の左肩と地面に落ちた左腕へと移動する……。
そして、左腕はふわふわと浮き上がって私の左肩と繋がった。黄緑色の光の粒が周囲を回転し、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「な、治った……」と私は唖然として言った。
「ア、アタシがやったの?」とヨシコ。
「その髪留めにパワーがあるのかも!?」と西島は言って、ヨシコの髪留めを指差した。
確かにその髪留めが光っていたし、形もちょっと古めかしく、あまり見たことのないデザインだ。
「あ……」と、ヨシコは何か思い当たる節でもあるような顔をした。
「この髪留め、下校しようとした時、校門の前で拾ったの。最初は変な髪留めだなーとか思ってたんだけど、手に持ったら黄緑に光って、何となく良いなーって思って……、誰かが落としたものだろうって思ってたんだけど、まーいーやもらっちゃえーって」
ラヴの剣も、西島はうちの玄関の前で拾ったって言ってたし。
もしかしたら、そういう凄い力を持ったアイテムが、色んな所に落ちているのかもしれない。
「そっか、じゃあヨシコが偶々それを拾ってつけてくれてたおかげで、私は助かったんだ……。あー良かった。ヨシコありがとう」
「ううん、エリカが死なずに済んで良かったー!」
「二人ともそんなアイテムがあってズルくないか……」と西島が少し妬ましそうな顔をした。
「ってことは、私が剣使いなら、ヨシコは回復魔法使いだね。私のはラヴの剣って名付けたの。ヨシコはその髪留め、なんて名付ける?」
「あーー名前かーー。じゃーえーと、アタシは、黄緑色に光ってマスカットグミみたいだから、マスカットグミの髪留めにする」
「え、何その名前……」と西島。
「おいしそうな名前でいいじゃん」と私。
「そうかな……」
「ラヴの剣士と、マスカットグミの回復魔法使いと、ただの男子のパーティーか。うふふ」と、ヨシコは満足そうに笑った。
「ただの男子……」西島は不満そうだが。
私達はマスカットグミの回復魔法使いを得て、より強いパーティーとなり、ダンジョンを更に進んでいった。