1 ラブの剣入手
私は、間宮エリカ。
明け方まで、クリスメートの"ちゅるミ"とスカイプで、馬鹿なことばかり話していたので、その日は夕方になってもまだ熟睡していた。
もちろん平日で、学校はズル休み。
あとで聞いたら、ちゅるミは寝ないできちんと登校したらしいけど。
ピンポン。
玄関のチャイムの音で目が覚めた。
ぼうっとしつつベッドから這い出て、パジャマ姿のままだったけど、着替えるのが面倒臭い。
宅急便か何かだろう。さっさと済ませて、また眠るつもりだった。
寝ボケ眼で一階へ降りて、玄関の扉を開けた。
「あ、こ、こんにちは」と、ビクついたような声で、そこにいた西島が言った。
西島はクラスの学級委員長の男子だ。
あ、やべ。
一瞬、パジャマ姿と寝起きの顔を見られたことにヒヤッとした。
でも、相手は西島だし、まあいっか……。
いちいち慌てるのも煩わしい。
「なに」
「これ、プリント……」
私は何も言わずに右手を差し出した。
制服姿の西島は、鞄からプリントとノートを取り出して、私の右手の上に恐る恐るといった感じで置いた。
なにビクついてるんだか……。
この西島っていう男子は、一応友達……、いや、友達じゃないか……、半人前の友達みたいな?
西島は学級委員長だから、私がこうしてズル休みすると、そのたびにこうして、学校のプリントやノートを私の家まで持ってくる。
西島は、成績も私なんかよりずっと上だが、引っ込み思案で、口数の少ない女子みたいな、弱っちいやつだ。身長も私とあまり変わらないし、不健康そうな色白で、ヒョロヒョロとしていて頼りない。
私は別にプリントなんか必要ないのに、断ってもしつこく持ってくる。
多分、私のことが好きなんじゃね?
だけど残念、西島。
私はあんたみたいなひ弱な男なんか興味ないから。
「じゃあね」と扉を閉めようとすると、「あ」と西島が声を出した。
閉めかけた扉を再び開く。
「もう、何」
早くベッドに戻って寝たいのに。
すると西島は、そのヒョロい体の後ろから、ピンク色をした、おもちゃみたいな剣を取り出した。
「は、何それ」と私。
「いや、その……。これ、そこに落ちてたんだけど、間宮の?」と西島。
「違ぇーし」と答えると、
「あ、そっか。ごめん」と西島は言って、何故かしょんぼりとした。
「ねえ、それどうするの?」
「え、ええと、交番に届けるよ」
「もう一回見せて」と私は言い、西島の手からピンクの剣を奪い取った。
剣は鞘に納められていた。
手に持つと思ったより重く、そして高級そうに見えた。
艶のある黒とピンクが綺麗に配色された鞘。
柄の部分には、クリスタルガラスのようなものが埋め込まれていて、キラキラと輝いている。
鞘と柄は、絹の糸で編んだ綺麗な紐で結ばれていた。
私はその紐を解いて、剣をゆっくりと鞘から引き抜いてみた。
すると、これまた綺麗なピンク色をした細身の両刃が姿を現した。
「わぁ、何これ。すげぇじゃん」
ピンク色をした刃の部分が、薄っすらとだが発光しているように見えた。
どういう仕組みなんだろう。
顔を近づけると、鏡のように磨かれた刀身に、自分の顔が映った。
まるで剣全体が宝石みたい。
私は眠気なんか吹っ飛んで、いっぺんにその美しさに魅せられてしまった。
「ねえ、これ頂戴?」
「え、でも……。落し物かもしれないし」と西島は渋った。
ちっちゃいことに正義面なんかしちゃって、まじでうざい。
「あ、ごめん。思い出したら、やっぱりこれ私のだった。だから返してもらうね」と私は適当なことを言った。
「え」
「何よ。私のものなのに、あんたが奪う気?」
私はそう言うと、西島に詰め寄って、思い切り睨みをきかせてやった。
「い、いや。ごめん」と西島はあっさりと引き下がった。
西島の頬が、僅かに赤くなるのが分かった。
はあ? なんで赤面?
ちょっと近寄っただけで興奮しちゃったわけ?
西島の視線を辿ると、私のパジャマの胸のところが少し肌蹴ているのに気付いた。
近寄った時に、胸の中がちょっと見えちゃったのかもしれない。
げ。
私は少し焦って、咄嗟に胸のところを手で隠した。
西島はいかにもわざとらしく、きょろきょろとした。
何見てんだよ、と怒ろうかとも思ったが止めた。
この可愛い剣が手に入るなら安いものだ。
ただで剣を奪うのも気が引けるし、胸チラさせてやった報酬としてもらう、ということなら気も楽になる。
私は剣を鞘に戻すと、西島に作り笑顔で微笑みかけた。
そして、
「いつもプリントとか持ってきてくれてありがとう。それじゃあね」と扉を閉める前に私が優しく言ってやると、案の定、西島は更に頬を染めて、それはそれは嬉しそうな顔をした。
なんて単純なやつだ。
西島を帰すと、私は二階の自分の部屋へと駆け上がった。
西島からもらったプリントやノートは部屋の隅に投げ捨てて、ベッドに腰を下ろし、改めて剣を丹念に鑑賞した。
クリスタルガラスかと思った柄の輝く石は、ひょっとしたら本物の宝石かもしれない。
じっくりと見れば、剣全体に施された装飾があまりに細やかで、おもちゃとかの類じゃない。
よくは分からないが、国宝級の工芸品だと言われても、おかしくはないような質の高さが窺えた。
私は再び鞘から剣を抜いて、発光する刀身を眺めた。
艶やかなピンクの光のゆらめきは、まるで剣が生きているかのようで、いつまで見ていても飽きない。
私は、剣に恋をしてしまったみたいにうっとりとした。
西島がこれを取り出したのを見た瞬間から、私はこの剣に一目惚れしちゃったのかも。
なーんて。
でも、本当にこれ、何だろう?
誰かの落し物なのかな……。
まあいいや。深くは考えないでおこう。
私は試しに柄の所を持って、それっぽく剣を構えてみた。
鏡台に映る自分の姿を見る。
わー可愛い!
そうだ。
名前を付けよう!
すぐに言葉がぱっと浮かんだ。
決めた。
この剣は『ラブの剣』だ!
一目惚れしたから!
そして、この剣を持っていると、きっと素敵な恋ができるのよ!
……などと、私は小学生の女子みたいにロマンチックなことを考えてうきうきとした。
慎重に剣を鞘に戻すと、私はラブの剣に抱きついて、ベッドの上に転がった。
頭の中で、宝箱を開けた時のようなSEが鳴り、続いてやや意味深な、ラブストーリーなんかを予感させるみたいなメロディが鳴る。
"エリカは『ラブの剣』を手に入れた!"
ピンポン。
そこでまた誰か着た。また西島かも? うぜー。
私はラブの剣を持ったまま階段を降り、扉を開けた。
「たた、助けて、間宮さん! ば、ばけものが!!」
「はあ?」
西島もとうとう頭がおかしくなったのかと思ったが、次の瞬間、ヒョロい西島の体の向こう側に、どう見ても「骸骨」としか言いようのない……というか骸骨そのものが立っていた。
そんで手には、でっけー鎌を持って、今まさにそれを西島の上から振り下ろそうとしていた。
「ぎゃあああああ」と、半泣きになって叫び声をあげつつ、無我夢中で、西島を助けようと、手に持っていたラブの剣で、振り下ろされた鎌を弾き返そうとした。
さっき鞘から剣を抜いた時、鞘と柄を結んでいた紐は解いたままだった。
だから、剣を振り回した時に、遠心力で鞘が勝手に抜けて、あらわになったピンクの刀身が、そのまんま骸骨の振り下ろした鎌に当たった。
衝撃が走るかと思ったが、まるでお豆腐でも切るみたいに、何の抵抗もなく、ピンクの刃はでっけー鎌をつるんと半分にし、そのまま勢いで、骸骨の体まで真横に切り裂いた。
カランカランと、二つになったでっけー鎌と、骸骨の骨が、私の家の玄関前に落ちて転がった。
骸骨はもう動かない。
西島は私の足元で震えていた。
人のこと言えない。
私も全身が震えて、持っていた剣を落とした。