steppe001 少し変化した日常
「おはよう塚杜君」
「お、おはよう白山さん」
それまでとは少し変化した日常。その二日目。朝の登校時に校門前で白山さんに会った。
これまでまともに挨拶すら交わせなかった仲としては凄く嬉しいのだけれど、女の子と朝の挨拶なんてほとんどした事が無い“ぼっち”なせいかどもってしまった。情けない。
爽やかな笑顔を浮かべながら小洒落たお世辞が言えるような自分に、僕はなりたい……。
「今日も頑張ろうね」
「うん。昨日はちょっとカッコ悪いところを見せちゃったからね」
どちらかと言うと白山さんのカッコ良いところを見てしまった。ちょっとエロかった。(思春期)
「それじゃ私はカッピーのお世話があるから後でね」
「うん。また」
白山さんはそう言って校舎裏の方へ歩いて行った。
……カッピー? 普通に考えて飼育舎のカピバラの事だと思うけど。校舎裏に向かったし。でもカッピーてそんな安直な……。
僕は白山さんのネーミングセンスをどうやってオブラートに包んだら良いのか思案しながら教室に向かう。
因みに今は朝練が無い生徒が登校するには少し早い時間だ。そんな時間に帰宅部の僕が登校しているのはただ単に早めの行動を心がけているからである。
父さんたちに言わせれば心配性。もしくは小心者だそうだが。
ほっとけ。
そして昼休み。僕は弁当を持って席を立った。ここで白山さんにサラッと一緒にお昼食べない? キラッ☆ とかやれたら僕もいっぱしの男前なんだけど。そんなこと出来る訳ないし!
心の中で一人ツッコミをした僕はチラリと白山さんが座って居る最前列窓際の席を見る。するとそこにはクラスの女子二人に囲まれて弁当を取り出す白山さんの姿があった。楽しそうですね。
……うん。妄想は妄想に留めておこう。あの中に入るどころか声をかける事すら恐ろしい。声をかけて取り巻きに「は? なにこいつ」とか、「やだ、今は話しかけないでくれます」とか白山さんに言われたら心が死ぬ自信がある。
なので君子危うきに近寄らずのモットーを心がける僕は、白山さんたちに気付かれないように息を殺しながら教室を出た。……うん。確かに小心者だね。
廊下に出た僕は2年3組の教室が在る西校舎3階から渡り廊下を通って本校舎へと移動し、そこから階段を昇って4階を通り屋上へと出る。最近の学校は屋上が立ち入り禁止なところが多いそうだけど、この氷川学園は普通に解放している。
逆にベンチやら自販機やら屋根付きの休憩所?やらで施設が充実しているくらいだ。代わりに教師陣も頻繁に利用するのでサボりなんかには向かないけど。
「やっ、建速もまたぼっち飯?」
「うるさいよ。花鏡もだろ」
僕の定位置である貯水棟の裏側に回ると先客が居た。ぼっちにはぼっちのコミュニティと言うか、別のクラスだけど同じくぼっちとして話をすることがある西ノ宮花鏡だ。
フンと鼻を鳴らした僕は花鏡の横に人一人分の隙間を空けて座る。ここは人が休憩する場所じゃないのでベンチの類はないけど、コンクリートの出っ張りが腰を下ろすのに丁度良い。
「相変わらず美味しそうな。君は産まれる性別を間違えたんじゃなかろうか」
「それを言ったら料理人はみんな女の子になっちゃうよ。それに趣味だからね。多少は自身があるさ」
僕が広げた自作弁当を見て菓子パンを片手にした花鏡がからかう。口調と言い何と言い、この男は一々芝居がかっている。それがまた似合う色男なところがいやみったらしいのだ。
はた目からは全くぼっちに見えないこいつが便所飯並にひっそりとぼっち飯してるのはきっとそのせいだな。
会話に出て来るキーワードをピックアップすると良い所のお坊ちゃんみたいなのにもったいない。昼御飯もコンビニの菓子パンだしお小遣いが少ないのかねえ。
「んん? なんか雰囲気変わった?」
「髪切って無いよ」
「僕はタモサンじゃないよ。いやなんか近寄るなオーラと言うか、僕は君たちの様な下らない人間じゃないんだ的な気配が無くなってるような気がする」
「……君、僕の事そんな風に見てたの?」
あんまりな評価に呆れる。けど、心当たりはある。昨日自分のガキさ加減を思い知ったばかりだからね。つまりはそう言う事だろう。
……いや? いやいや! 僕はそんな痛い子じゃないよ! 違うよね!?
「違うと言ってよ花鏡!」
「うわっ、なに突然。さっきのこと? 残念ながら本当のことだよ。ほら、建速って体格も良いし雰囲気もあるだろ。それもあって一匹オオカミの不良と言うか何と言うか、我はウヌらとは違うのだオーラが出てたから」
「マジデスカ」
これでも友達ウェルカム状態なんだけど……つーかウヌらってなんだよ。世紀末覇者か。そこまでデカくねーわ。
そう言えば学年上がってから全く話しかけられてないぞ。白山さんの前に話したのは何時だったのか、相手は誰だったのかのも思い出せない。クラス替えとか無いのに。マジデスカ。
「はあ~~~。まあ良いよ。雰囲気変わった様に見えるんでしょ。ならこれからの自分に期待するよ」
「おや、ずいぶんと淡泊。いや前向きなのか。ん~何があったのか聞いても良いかい?」
「ん……花鏡なら良いか。口が堅いだろうし別に話せない事でもないしね」
僕は昨日あった事を、白山さんに呼び出されて勘違いした所はすっ飛ばして説明した。
白山(クソ爺)さんに口止めされた訳じゃ無いし。何より現代ではダンジョン発生は極当たり前の自然災害なのだから。
もちろんこれが何処にでもいるチャライ男子高校生相手だったら絶対に教えないけど。……ん? こんな偏見があるからぼっちなのかな?
「へ~ダンジョン駆除の依頼か。確かスイーパーになるのが建速の夢だったよね。その一歩を踏み出したってことか」
「夢じゃないよ。必ず達成する目標の一つ。でもその一歩を大きく踏み出せたのは確かだね」
「……君は、すごいね。そこまでかたくなに目指せる目標を持てるなんて」
花鏡は食べ終わった菓子パンの袋をクシャリと握りつぶして言う。その目は屋上の高いフェンスを越えてずっと向こうの街を見ている。
何か悩みでもあるのだろうか。僕たちももう高校2年生。将来の展望を真面目に考えなきゃいけない年齢だ。進路指導のプリントだって進級してすぐにあったし。
もちろん僕の進路希望は第1から第3までスイーパー一択である。
何か悩んでいるらしい花鏡と雰囲気が変わったらしい僕はチャイムが鳴るまで下らない世間話をして別れた。
しかし花鏡とは昼時に良くあって話をするけど、ひょっとして奴と僕は友達なのだろうか?
そんな益体も無いことを考えつつ、その日の授業を終えた。