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僕と彼女のアンリアリティー  作者: 四十路小作
序章 始まりのボーイ・ミーツ・ガール
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steppe001 社殿のダンジョン

「白山さんの家って神社だったんだ」

「うん。知らなかった? 皆知ってると思ってたんだけど」


 白山さんの告白。……違う意味でだけど。の後、僕は早速問題の場所である白山さんの家へと訪れていた。

 場所は氷川学園から山手に沿って少々行った所。長い石階段を昇った先に在る神社だった。


「母屋はこっち」

「あ、うん」


 地元民ながら来たことが無かった神社に少々魅入っていた僕は声を上げて先を行く白山さんの後を追う。都会とは言えないけど決して田舎では無いこの土地としては広すぎる前庭を抜け、趣のある社の裏側へと回る。社殿と思しき社はちょっとした一軒家ほどもあり、廊下橋で繋がっている左右の分社と合わせればかなりの広さだ。

 ここが何の神社かは知らないけど、こんなに立派な神社があるなんて知らなかった。祭りをやってるとか聞かないからかな?

 裏手に回って直ぐ。小さな竹林の真ん中に道が在った。その奥が母屋。白山さんの自宅が在るのだろう。しかし……


「すんごく雰囲気あるね」

「ふふ、そうでしょ? お爺ちゃんたちが頑張って手入れしてるから」


 道を歩きながら白山さんが振り返る。その表情は嬉し気で、まるで自分の事の様に誇らしげだった。

 家族の事が好きなのだろうと感じさせる屈託の無さだ。

 少々捻くれた僕としてはやっぱり人の手は入ってるよね……と、天然自然の聖域など存在しないかと少し残念であったが。


「ここが母屋だよ」


 そう言って足を止めた白山さんの前に在るのは意外とこじんまりとした家屋だった。昔ながらの平屋で、広い境内の中にあるとは思えないほどの質素さだ。しかし考えてみるとそんな物なのかもしれない。祀っている神様よりも立派な家に住むなど普通の感覚としては罰当たり以外の何物でもないのだから。

 まあそれでも街中の狭苦しい一軒家よりは広いのだけれど。


「さ、上がって。お爺ちゃんたちを呼んで来るから」

「……うん」


 ふふ、御家族に紹介ですか? バッチ来い!ですよ。もっと違う状況で紹介されたかったですが、ね?

 未だ勘違い状態が解除されきっていない僕は自虐的な笑みを浮かべながら白山さんに案内される。

 とは言っても玄関を上がって直ぐ。恐らく神主として接客する応接間だと思わしき和様折衷の場所だ。そこに在る古めかしさが逆に渋いソファーに僕を座らせた白山さんはその足で家の奥へと消えた。

 うん。普通に居心地悪いね。

 初めて訪れる場所。クラスメイト女子の家。これから来るのは頑固なのが確定しているお爺さんと、これ以上にないほどの難易度の高さ。若干16歳の坊主なんて冷や汗ものですよ。

 あれ? これってなんの罰ゲーム?

 僕は静まり返った応接間の柱時計がカッチコッチと時を刻むのを聞きながら何とも言えない時間を過ごす。

 しかし幸いな事に件のお爺さんは家に居た様だ。白山さんと何かを話しながらこちらへと向かって来ている。


「あん? こいつが括理が連れて来たってぇ餓鬼か? はぁん、確かに今時の餓鬼にしちゃあ良いガタイと気を持ってんな」

「ちょっとお爺ちゃん。初対面の相手に失礼でしょ」

「コンニチハ」


 おっと、893親分が現れた! じゃ無いか。開きっぱなしの応接間の向こうから入って来たのは同年代の平均よりも体格の良い僕よりも更に一回り大きな老偉丈夫。神社の主。神主とは到底思えない強面のお爺さんだった。

 “いとうつくし”な白山さんと並ぶと完全に大人と子供と言うか幼児である。


「これでも褒めてんだよ。それより茶ぁ入れて来てくれ」

「あっ、そうだね! お婆ちゃんはお買い物に行ってるんだった。ごめんね塚杜君。すぐにお茶用意するからお爺ちゃんの相手してて」

「…………」


 だからなんの罰ゲームかと……!

 前のソファーにドッカリと腰下ろした白山(爺)さんと向き合った僕は、頑固者相手に愛想笑いは逆効果かと歯を食いしばった。

 見た目893親分だから笑ったら殴られると思った訳じゃ無いよ?


「ハッ! 汚らしい愛想笑いを浮かべたらぶっ飛ばしてやろうかと思ってたのに、良い面すんじゃねぇか!」


 ね? 正解だったでしょ。

 しかし本当に元気なお爺さんだ。これなら自分でダンジョン駆除をしようとするのも頷ける。

 でも確か魔女の一撃(ヘクセンシュス)、つまりはギックリ腰をやってた筈じゃ。

 疑問に思った僕は両親に仕込まれた“商売用”の口調で話しかける。


「失礼ですがお元気そうですね。お孫さんのお話だと腰を患われているとか」

「情けねえ事にな。今はサポーターで押さえてるからちっと動く分には問題ねぇけどよ。流石に斬った張ったはできねぇ」


 貴方は本当に神主か!? 言動までその筋の人っぽい白山(爺)さんに苦笑する。……違うよね?


「んで、おめぇさんは親が掃除屋だって?。見たところ、てめぇ自身もそうなりそうだが」


 当たりだ。僕はそのために普段から両親が食事時に漏らす愚痴を一つとして漏らさず聞き憶え、体を平均的には鍛えている。現実の常識が通じないダンジョン内での戦闘を考えて武道関係は納めていないが。ダンジョンクリーチャー、黎明期はモンスターと呼ばれたダンジョン内の敵性体と戦う術は両親から初歩を学んでいる。

 因みに余談だがダンジョン駆除業者の正式名称はダンジョンエクスターミネーターなのだが、それだと少々印象が悪いのでダンジョンスイーパー、掃除屋と呼ばれている。


「はい。それもあってお孫さんの依頼を受けました。15歳以上18以下の高校生がダンジョン駆除に参加できるのは、実住私有地内のダンジョンのみですから」

「なるほどな。ギブ&テイクって奴だ。解り易くて良い」


 色々とややこしいがダンジョン駆除の仕事は正式な業種であり。資格さえあれば正式に職業に就ける15歳以上でなる事が出来る。とは言え危険事業であるため18歳以下が資格を取得する事はかなりハードルが高い。

 その唯一の裏道が個人資産としてのダンジョン駆除に関する特例である。

 ややこしい説明を省いて簡単に言えば、緊急的対処が必要な実住私有地内でのダンジョン駆除に関しては免許の有無は関係無しとされるのだ。つまりのつまり。所有者の許しがあれば15歳以上なら誰でもダンジョン駆除に参加できるのである。

 もちろんそれなりの覚悟と責任は存在するが。


「まあ俺も細けぇ事をグチグチ言うのは性に合わねぇ。テメェが根性入ってんなら言う事ぁねぇよ。括理の奴にゃあ昔の事をアレコレ言ったけどよ、今は違うってのは解ってる。まあ実際はデェッキレェだから内々で片づけるがな!」


 やれやれ。正直な人だ。僕はほんの少し会話しただけで白山(爺)さんの裏表の無さに好感を抱いた。見た目はまあ、アレだけど。街中で見かけたら確実に無視するレベルだけど。人物としては信頼できそうだ。

 少なくても違法駆除依頼、素人に依頼料を払わず働かせ、駆除後に得られる《コア》を専有するような悪人には思えない。


「そろそろ茶ぁも入っから、それ飲んだら案内するぜ。オメェもその方が良いだろ?」

「はい。よろしくお願いします。今回の件は私にとっても願っても叶わなかった幸運なので」

「ククッ。正直な奴だ」


 お互い様ですね。


    ◆


「こっちだ」


 あの後。白山さんが持ってきたお茶を一気飲みした僕と白山(爺)さんたちは早速発生したダンジョンへと向かっていた。

 ダンジョン。人知を超えたクリーチャーたちが跋扈し、最奥には発生源たる大地の結晶コアが存在する。そんな危険な場所をただの高校生である僕が駆除する事をどうして大人の白山(爺)さんが許すのか。それは実際にダンジョンに入ってみれば実感する事だ。


「え、ここ、ですか?」

「此処だ。オメェの言いたい事はオレの方が良っく承知してるよ」


 それはそうだろう。僕が驚くことになったダンジョンの入り口は神社の社殿。その中に在ったのだから。それもご丁寧な事に祭壇の真ん前。つまりは神前である。


「ば、罰当たりな」

「全くだ。しかしまあこれも天然自然の成す事だ。神事ともとれらぁな」

「でも床は壊れてないんだよね?」


 白山さんが心配そうな顔で聞いてくる。ダンジョンの入り口を前にして聞くには少々間が抜けた質問だけれど、実際の持ち主からしてみれば重要な事だろう。これだけの神社の社殿ともなれば床一つとっても修理費用は高いのだろうから。

 僕は白山さんを安心させるように頷いた。


「うん。父さんたちからの又聞きだけど、ダンジョンの入口って言うのは“そう見えているだけ”らしくて、次元とかよく解らない物に空いた穴らしいよ。だから実際の床はちゃんと存在していて、僕たちには穴の所為で認識できなくなっているだけみたい」

「……ファンタジーだと思ってたらなんかSFみたい」

「あはは、こんな理不尽なのファンタジーであってるよ。SFチックなのは説明できない物に理屈を付けてるだけだって父さんたちも言ってた」


 僕と白山さんは柱以外には遮る者の無い広い床の真ん中に存在するダンジョンの入り口。僕たちには地下へと続く階段に見えるそれをマジマジと観察した。僕だって知識は有るけど実際に目にするのは初めてなのだ。


「そんじゃあ百聞は一見にしかずだ。オメェら取りあえず一遍いっぺん行って来い」

「はい。……え?」

「うん!」


 白山(爺)さんの許可に一歩足を踏み出した僕だったが聞き逃せない言葉に動きを止めた。

 慌てて白山さんを見て見れば小さなガッツポーズ、腰の横で小さく両拳を握っている。

 あら可愛い。っじゃ無くて!


「白山さんも行くの!?」

「え? うん、行くよ。頼んでおいて任せっきりになんてできないし」

「あーあー心配要らねえよ。コイツはこう見えてオレが仕込んでるからな。ガッツリ組みつかれなきゃあそこいらのチンピラ程度には負けねぇよ」

「そう言う問題じゃあ無いですよ。白山さ…お爺さんも解ってますよね」

「誰がテメェの爺だ! ……オホン。解ってるよ。ダンジョンではいくら“死なねえ”つってもやる事は立派な殺し合いだってな」


 白山(爺)さんは実に簡潔にダンジョンの安全性と危険性を語った。

 そう、ダンジョンの中では誰も死なない。ダンジョンの中は地球側の常識が通用しない独特のことわりに支配されている。

 HP。文字通りヒットポイントがクリーチャーや罠の攻撃で消費され、実際の体には“ほとんど”害を及ぼさない。HPが0になれば“持ち込んだ物全て”がその場に放置され、ダンジョンの外へと放出される。致命的な大怪我は絶対にしないのだ。

 だが、それは肉体的な事に限る。クリーチャー。人知を超えた肉体と能力を持った異常存在と真正面から戦う事には違いが無いのだ。そのストレスは確実に人の心を蝕み、時には再起不能なまでのトラウマを人に残す。

 身体は絶対に安全。だけど心が壊れる事もある。それがダンジョン駆除者の日常だ。

 父さん達も稀に「あいつも、もう駄目だってよ」「残念ねえ」なんて話をするくらいに有り触れているのだから。


「それを踏まえて連れてけってんだ。括理の奴も納得…つーか行く気満々なんだよ」

「うん、行くよ!」


 非日常を前に地が出てきているのか、白山さんが子供っぽい喋り方で同意する。

 あくまで請負者の僕としては依頼主の意見に逆い過ぎるのは良く無い。それに当然だけどまだ僕は信用されていないのだろう。白山さんはお目付け役と言った所か。

 まあトラウマレベルの戦闘なんて深層クラスの話らしいし、今はまだ良いかな。

 そう決めた僕は渋々ながら頷き、白山(爺)さんに見送られて白山さんとダンジョンの中へと続いている…様に見える階段を無言で降りて行った。

 情けない事に、今の僕にはまだ白山さんを護るだなんて大言を吐くだけの実力も経験も無いのだから。


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