another:A bouquet of flowers with love
ホームまで追いついたアレックスは、花子が深夜の手を引いて行くのにすれ違った。振り向いてそれを見送る。
「あの」
背後から声がかかって再び振り向くと少女が立っていた。背中の中ほどまである明るい茶髪。むしろ赤に近い。
「あなたは深夜の知り合いですか」
「え?どうしてそう思うんだい?」
「深夜の職場には外国人が多くいると聞いたので」
「賢いね。確かに私は霧の勤めていた高校で教師をしているよ。アレックス・ラドフォードというんだ。ところで、君は?」
「深夜の姪です。赤月美沙といいます」
「なるほど、霧が言っていた居候とは君か」
「深夜は職場で私の話をしていたんですか」
「可愛い姪だと言っていたよ?…まぁ、それはいいんだ。私はふたりの行くところに心当たりがあるんだ。車で向かおうと思うんだが、乗っていくかい?」
「いいんですか」
「もちろんさ」
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
ふたりは並んで歩き始めた。
「すぐに向かってもいいんだが、近くで甘いものでも食べないかい?ごちそうするよ」
「いえ、そこまでしていただいては…」
「君に話を聞きたいんだ。霧の話を」
「…分かりました」
「ありがとう」
ふたりは改札を出て、車に乗り込んだ。アレックスは運転席に、赤月は後部座席に。
「姪だというが、霧には似ていないね。それに、どこか日本人離れしている」
「私は父に似たんです。父には少しイギリス人の血が混ざっています」
「イギリスか!私の親戚と同じだね。まあ、私はアメリカ人だが」
「日本語、お上手ですね」
「そりゃ、日本に来て長いからね。よし、ここにしよう」
アレックスが入ったのは駅前のファミリーレストランだった。奇妙な組み合わせだ。若い父親と子供にも見えるし、大きく年の離れた兄妹にも見える。どちらにせよ、赤月の容姿のおかげか変に怪しまれることもなく、ふたりは席に着いた。水を受け取ると、静かにアレックスは切り出した。
「卒業式の前に、ハナコがしていた電話の相手は君かい?」
「はい」
「どんな話をしたんだい?」
「事実を少し変えて、目が見えなくなったこと、卒業式に出られないこと、もうすぐ花神楽を離れることを、深夜に代わって伝えました」
赤月はまるでそう問われるのが分かっていたかのように、淀みなく質問に答えていった。
「じゃあ、ハナコに霧の居場所を教えたのは?」
「私です」
「どうしてそうしたんだい?」
「分からなかったからです。深夜がそこまでして、どうしてその人と離れようとするのかが」
「ほう」
赤月は淡々と語っていった。
「私が物心ついたときから、深夜は眼帯をしていました。父も母も、私が生まれて間もなく目に怪我をしたのだとだけ教えてくれました。しかし普段の深夜の態度を見ているとそれが信じられませんでした」
「でも…1度だけ、その眼帯の下を見たことがあります。痣のように変色していて、保健の教科書で見た、ひどい火傷のような傷跡でした。私の前ではひた隠しにしていたので、見たのは本当にあの1度だけです。深夜がどんな痛い目にあったのかは、あの傷が物語っていました。『その分、これから深夜には幸福なことがあるといいな』と、それから私は思うようになりました」
「だから、その人…花子さんのことを話す深夜を見ていて、とてもよかったと思っていたんです。それくらい好きな人なのに、離れるのがあんなにつらいことなのに、深夜は離れようとするのかが分からなかったんです。つらいなら、離れなければいいと思ったんです」
赤月が語り終えると、アレックスは静かに笑った。
「子供らしい、純粋な考えだ。素晴らしいね」
「子供らしいなんて、初めて言われました」
「君は子供だよ。正直な話、君を初めて見たとき、君は少女の姿をした女性なんじゃないかと思った。ある漫画の主人公のようにね。でも、それはあくまで漫画の世界。君は年相応の少女だ。…今の思いは、大切に持っているといい。大人になれば、きっとわかる日が来るよ」
「…そうですか。分かりました」
「そういえば、霧がいなくなってしまうと、君はどうするんだい?」
「学校に寮があります。元々、中等部に上がったら入る予定でした。下宿は、いきなり一人暮らしは不安だろうという母の判断です」
「そうかい。…君、本当はもう少し年上なんじゃないか?」
「さっきと言っていることが違います」
そうだね、とアレックスは笑う。
「何か食べないかい?このパフェなんておいしそうだよ。私はこのチョコのものにしようかな」
「…本当に、いいんですか?」
「ああ」
赤月はおずおずとメニューを覗きこみ、アレックスが選んだチョコパフェの隣に書かれた、イチゴのパフェを指差した。
「これでいいのかい?」
赤月は少し照れながら、小さく頷いた。
「うん、君は実に可愛らしい少女だ!よし、これを食べたら向かうとしようか。…食べ終わる頃には、ふたりの時間はたっぷりと取れているだろうからね」