「I was good at cry」
年明け最初の朝礼で、深夜の退職は教師陣に伝えられた。
花子はその理由を「一身上の都合で仕事を続けられなくなったから」と言った。職員室にわずかに動揺と困惑が走るのが分かる。そんな中でも深夜は申し訳なさそうに笑っただけだった。
それから深夜は休むことが多くなった。目の調子が本格的に悪いらしい。
幸い保健委員が優秀で何とかなっていたが、花子も後任の養護教諭を急いで探さなければならなかった。
「まったく、ホントにやばくなってたんだな」
「思ったより早いんだ。参ったな…」
「卒業式は来れるんだろうな」
「当たり前だ。最後の教え子を送り出すんだ。見届けないとな」
「それだけじゃねぇよ。その後お前の送別会やるんだから来いって言ってんだ」
「あ、そっちか」
「まったく」
深夜は新学期の離任式にも出ないことになっていた。
しかし、卒業式の日、深夜は現れなかった。
「あいつ何やってやがる…!」
卒業式が始まる1時間前。花子はまだ校長室にいた。
花子は数時間前から盛んに深夜に電話をかけていたが一向に繋がらない。今回もまたそうかと思われたが、ブツリと繋がる音がした。
『もしもし』
聞こえてきたのは、深夜ではなく、落ち着いた少女の声だった。思考が止まる。
「…え?」
『これは深夜霧の携帯電話で間違いありませんが』
「じゃお前誰だ」
『深夜の姪の、赤月美沙です』
「あ…あぁ、居候してるっていう…」
『はい』
「深夜は一緒か?今どこにいるんだ」
『病院です』
「えっ…?」
淀みなく話す少女に花子はまたも思考が止まる。
『朝起きたら目が見えなくなっていたそうです。私が管理人さんに連絡して、病院まで送ってもらいました。深夜は今検査を受けています。でも、もう限界なのではないかと深夜は言っていました』
「…マジかよ」
『今日、卒業式だそうですね。行けなくなったことを深夜はとても後悔していました』
「………」
『それから…あなたが後藤花子さんですか。電話に表示が出ていました』
「は?あ、あぁ」
『深夜から、伝言があります』
『「突然行けなくなってごめん。今までありがとう」…だそうです』
「………どこの病院なんだ」
『…もうすぐなんですよね?卒業式』
「…!」
『…それでは。失礼します』
電話が切られる。電子音が耳を刺す。
タイミングを計ったように、校長室の扉が開く。アレックスだ。
「ハナコ、もう始まるよ!そろそろ体育館に入らないと」
「…くそったれが!!!!!」
携帯を叩き付けたい衝動を何とか抑えつけて、代わりに机を思い切り殴り付けた。アレックスが一瞬驚く。
「ハナコ…?」
「……アレックスか。すまん、待たせて。深夜は来ない。卒業式を始めるぞ」
「来ないのかい?残念だね」
「ホントだよ…あの野郎…」
感情を封じ込めるように、彼女は足早に校長室を後にする。アレックスはそれを心配そうに見つめていた。
卒業式は、無事に執り行われた。