彼が私を愛しているから私は幸せなのでしょう
彼の手がゆっくりと首筋を撫でる。艶かしい手付きは肌から脳へ、全身に喜びを走らせる。その手は次第に降りて行く。胸元へ手を下ろし、触り回す。彼の手は自由翻弄に動き、私をたのしませてくれる。
彼が私の体を力強く握る。狂気的なまでの目を走らせているけれど、それも私への愛ならばいい。
それすらも苦しいとは感じない。否、痛みすら不思議と快感を覚える。彼の手、声、目線、息遣い、全てに私の脳が快感を感じるようにできているのか。
薄暗い部屋のベッドの上。外は雨音がポツポツと不規則に聞こえる。
彼が一度、手を止めた。火照って絶頂を待つ体は力が入らず、上手く動けない。
彼は酒瓶を手に取ると、そのまま一気に飲み干した。同時に机に置いてあるアロマキャンドルの炎へ何かをかざす。その煙を吸う彼はとても気持ち良さそうだった。息遣いを荒くした彼がベッドへ戻ってくる。
「あはっ……君は美しいよ。その造形。人には決して作れない。ああっ。さぁ、鳴いておくれ」
容赦ない彼の両手で全身を嬲られる。言葉には出来ない。ただ、私には声を上げる事しか出来ない。彼の言葉は理解出来る。けれど、私は言葉で彼に返事をする事は出来ない。
「もっと……もっと聴かせておくれ。僕が二度と君を忘れられないようにっ」
でもそれで彼が喜んでくれるならいい。彼に撫で回され続け、快感が絶頂を迎える。頭の先から電撃が走り、頭が真っ白になる。心臓は爆音の鼓動を刻む。力が抜けて行き、ベッドへと倒れ込んだ。
もう力は入らず、ただ鳴く事しか出来ない。彼の愛でに、私はにゃあと鳴く事以外では答えられない。
「良く出来たね。さぁ、ご飯だ」
彼は器に食事を用意してくれる。ベッドの横に置いてくれたそれにゆっくりと這い寄り、口をつけた。
食べ終え、ベッドに上がり直すと首輪に付いた残りを彼が拭き取り、私の口元へと運んだ。私は彼の指をペロッと舐める。
「ダメだ。まだ、まだ足りない。足りないんだ。君の生を感じれない」
彼は何かに怯えるように、力強く私の腕を握る。震えが私に伝染する。
「分からない。ねぇ、好きとは何だと思う? 好きとは外見だけの事なのか? それとも中身か?」
彼の問いかけに私はにゃあとしか答えられない。
「例えば。君が死んでその臓物が流れ出たとして。僕はそんな君を愛せるのか? 君の皮を剥いで、それを君だとみなせるのか?」
分からない。彼が何を言っているのか。
「君の定義とは何だ? あぁ大丈夫。確かめれば分かることだ。君と僕は繋がっている。心配はいらないよ。一瞬だ。そして永遠だ」
何か硬い物が腹部へ当たる。酷く冷たく冷えたそれに触れた途端、びくっとしてしまった。
「死なんかじゃないよ。僕にとっての君は永遠なんだ。僕がいじめられてからずっと君はそばにいてくれた。あれからも、これからも、僕らは一緒だ。だからこそ、この愛を確かめたい君を切り刻み、その一片までも君として愛せるか」
分からない。何を言っているのか、彼が何をするのか。私のにゃあもいう拒絶は強くなった雨音に掻き消され、彼の耳には届かない。
彼の手がゆっくりと震えながら持ち上がる。やめて。やめて。やめて。
足掻くが、抑え込まれた私は力がではどうにも出来ない。ああっ、嫌っ、嫌っ、怖い。
彼の手が一気に振り下ろされた。
ーー三日後、ポツポツと弱々しい雨を鬱陶しそうに手で遮りながら、スーツを着た男二人が話している。
視界の先にはごみ捨て場。そのビニール袋の中身だ。
「しっかし、物騒なもんだねぇ。酷いもんだよ。腹部に刺し傷。バラバラになった四肢と一瞬にビニール袋へなんてな」
「これ以上好きにさせる訳にもいきません。住民にも多大な影響が出てます。小さな子供達が見てしまったらと思うと……我々でも吐き気がするのに」
そんな中、水を踏む足音と共に、一人の男が向かってくる。
「部長! 怪しい男を確保しました。ここから200m先の家に住む、大学院教授です。あまりに気が変で……急に暴れ出したところを身柄確保し、薬物検査した所反応が見られました」
「おお、そうかい。もうすぐ鑑識班も来る。ここは柴崎、お前に任せる。にしても、この姉ちゃん、何とかして逃げられなかったもんなのか……首輪なんて着けられて、こんな酷い姿にされてよ」
「何でも男は心理学の教授だったらしく、マインドコントロールが掛けられていた可能性が。前回の被害者も同一人物に間違いないかと」
「随分と早い解決だ。俺らは間に合わなかった。こうして一人の女性が殺されちまったんだからよ」
雨音をかき消すように、サイレンの音が聞こえる。重い雨音の中、2人の刑事の目に、鑑識達が降りてくる姿が映った。