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VELT 最果ての約束  作者: 鳳仙花
第一章
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第七話:おまじない

「……なあ」

「なに」

「アウレールは、大丈夫なのか?」

「馬鹿言え、ジーヴルがグランツの五賢なのはお前も知ってるだろ」


 アウレール少年が倒れてからどれだけ時間が経ったろうか。あの一件が昼間でいまは夜だからもう数時間過ぎたか。思い出すだけでも冷や汗が背中を伝う。……あの男が少年を置いていったのは、私があの少年の姉の面影があったからなのかそれは分からないけどもうひとつ理由が思い当たるとしたらルルの保護者か。彼女、ああ見えてドラゴンと契約してるからな。名前知らんから便宜上ルルのお父さんとか保護者とかって呼んでるけど。

 ルルを起こしたりその保護者が召喚石から出ようとしてるのを止めたりしてたらそういうつもりはなかったものの少年をほったらかしにしてしまって、彼の異変に真っ先に気付いたのはセラだった。血相を変えて、呼べと言われるままにジーヴルを呼んだ。そしたらジーヴルに素で聞かれた。なんでこうなるまで放っておいたんだと。ぱっと見少年よりもルルの方が重傷だったからですなんて言えるはずはなかった。鬼の形相だったから少年も十分重傷だった、らしい。いっつもへらへらしてるジーヴルのあんな顔、はじめて見たし……


「おーい、終わったぞー。式が特殊だったもんでちっと無理矢理になっちまったけど……ってお前らなに葬式みたいな顔してんだよまだあいつ死んでねえし勝手に殺すのは流石に可哀想つかいやまあ確かに半死体みたいなもんだけど――」

「つまり、何が言いたいの。私に」


 扉を開けるや否やすらすらと口を動かして口を挟む暇すら与えないそいつの言葉を私は遮る、それをはんと鼻で一笑すると「お前のせいだ」と形の良い唇が動く。ジーヴルも、ヴァルムントやライナさんと同じドラゴン族だ。中でも奴は特にプライドが馬鹿みたいに高くて、自分が気に入った奴にしか手を貸さない。そんなんでもグランツ王国に五人居るとされる賢者の一人だっていうんだから世の中わからない。

 ……そして、言ってる事も大体合ってる。私がぼんやりしてなきゃたぶんこれは、未然に防げたはずだから。きっと私は、驕ってたんだろう。


「てめえサマも怪我はねえよな? 後々どやされんのは御免なんでね、早めに申告してくれ」

「俺は大丈夫、です。……なんも、出来なかったんで」


 その、なんでもないような言葉にぴくりとジーヴルが反応する。普段は意識的に抑えている冷気がジーヴルの体に纏わりつくように現れて部屋の温度を下げていく。青と金の色違いの瞳に宿る温度すらもなくなっているような気すらする。

 ……なにかが、気に障ったらしいことしか分からなかった。


「は? なに言ってるかお分かりですかァ? セラとルル嬢があんなんならてめえサマはなーんにも出来なくて当然だぞ、クズ」

「っでも! 俺だってなんか出来たかも、しれないし!」

「アーハァン? てめえサマが仮に最初からその場に居たとして、ルル嬢を守れたって本気で思ってんの? その耳と頭は飾りか? そんなてめえサマはよぉ」


 膨れ上がる殺気にフィルハートが後退る。声を聞くだけで体温が下がるような間隔がするのは恐らく、気のせいじゃない。低くなっていく声に同調するように雪のように真っ白い肌に鮮やかな赤い色の紋様が浮かび上がってくる。

 いつだったか、一度だけ私は見たことがあった。まだ、ずっと幼い頃。少年の姿を取っていたジーヴルが……あれ? あいつ、なに、したんだっけ? ちゃんと、覚えてるはずなのに、確か私、その時誰かに連れて行かれそうになって。それでジーヴルが激昂して……やっぱり、思い出せない。そこだけなんか靄がかかって、きもちわるい。頭が、ぐるりとかき回されるような。いや、そもそも私はあの年頃の頃、誰とも『会えなかった』はずで――


「一回死んどけよ」


 思考の深みにはまっていく私の頭に割って入る死の一文字。まずい、とフィルハートを後ろに下がらせて剣を抜こうと手をかけると同時に扉がばーん! と開かれる。

 ……なんか、似たような事が最近あったような。


「やめる、です!」

「やめ、て、くださ、いっ」


 体勢はそのままに視線だけ動かすとそこには、まだ寝てるはずの救世主二人が並んで立っていました。


◆◆◆◆


「つまり、白の民のおまじないってこと? アレ」

「そういうこったな」

「傍迷惑なまじないというのは分かった」

「俺の事は労ってくれねえの」


 最後の言葉は敢えて無視しておいた。我が物顔で私の寝台に腰掛けるジーヴルの頭には大きなたんこぶがある。ルルとその保護者に全力でぶん殴られたんだから当然である。……一応言っておくと彼女はハーフエルフだ。普通なら(幾ら元剣奴とはいえども)ドラゴン族にたんこぶ作らせるくらいの腕力はない。たんこぶの原因はルルの保護者だ。彼もドラゴンだし、といっても普通の殴り合いならジーヴルが圧勝しちゃうけど。ほんとこいつまじでいい加減にしろ。

 ちなみにあの扉ばーん! のあと何が起きたかを説明しないといけない。話はいまから三十分前くらいに遡る。


――――


「ユウェ様いじめちゃ、めっ! です!」


 ルルのめっ! という言葉と同時に殺気は収まった。ここまでは、良い。ここまでは。問題はそのあとだった。


「ルルちゃん、もっとキツーくお灸を据えてもいいのよ」

「ああ、私も許可しよう」

「え、ヴァルムント? なんで、今日は女王様のところに行ってたんじゃ……」


 ルルの後ろから現れたのはライナさんとヴァルムント。彼らの姿を認めるとジーヴルがバツの悪そうな顔をして押し黙る。ライナさんはともかく、女王ほっぽり出して何してんだこの爺……と思ったところで今までの事をちょっと思い返してみる。

 さっきの侵入者騒ぎじゃヴァルムントはまず帰って来ない、じゃあなんだろう。ジーヴルが呼ばれたから? 仮にも預かっているという扱いのアウレール少年が思うよりも重傷だったから? それはどれも違う気がした。……もしかしてもしかしなくても、ジーヴルの異様な魔力のせいじゃねえのかこれ。


「何故私がここに居るか、アーデルハイトはあたりをつけたようだが……さてジーヴル。お前は分かっているか?」

「さて、なんのことやらな。仕事サボってんじゃねえぞ社会人」

「サボらせた元凶がよく言うものだ。……ラルド、すまないがそこのアホに制裁を加えておけ。アーデルハイト、お前はフィルハートの次男とアウレール少年を客間へお連れしろ。セラ、お前は彼らに茶を淹れた後は通常業務に戻れ。いいな」

「畏まりました、旦那様」


 そこからルルの保護者もといラルド氏の行動は速かった。めっちゃくちゃ速かった。ルルの向かい側に私居たのに召喚石から出て来るところ全然見えなかった。その勢いのままジーヴルが思いっきりどづかれてた。なんかごきっとかいう音聞こえたのは全力で気のせいにして少年とフィルハート連れてその場をあとにしました。当然ながらアウレール少年は私がおんぶして連れて行った。病み上がりに無茶させるほど私は人間を捨ててはいないぞ!

 客間でアウレール少年の具合を見つつお喋りして、寝かしつけてフィルハートに後を任せたら次はジーヴルが逃げたってんでルルの持つ召喚石から離れられないラルド氏に代わって私が追いかけにいったのである。


――――


 時間を戻して現在。先ほどジーヴルから聞いた話を簡潔に説明するとこうだ。まず確実にアウレール少年はアルバニア王国の出身者で、彼は『器の子』と呼ばれるものであるということらしい。

 その器の子というのは総じて特殊であるらしく、彼らは基本的に魔力が枯渇しない。要するに生きる魔力庫とも言える存在だ。アルバニア王国というのはネウトラーレ大公国にある辺境もとい白の森(ブラン・シルワ)と呼ばれる全てが真っ白い森の奥に位置する国だ。一般的に白の民と呼ばれる彼らは白の王と呼ばれる竜を信奉しており、基本的に国から出ずに一生を終えて、余所者には余り優しくない国とも言われ、色んな事が謎に包まれているかなり閉鎖的な国である。

 まあアルバニアの事はともかくその器の子というのは白の王にとって必要不可欠なものであると同時に生き物としてもその存在自体が様々な均衡を大きく崩す存在にもなる。魔力が枯渇しないなんて普通有り得ないし魔研辺りにとっ捕まったら都合のいいモルモットにしかならんだろう。そんな万が一を危惧してか器の子は生後一年経つとある魔法を両親から掛けられるそうだ。発動したら体内の魔力全てと体の機能が順番に停止していき最後には眠るように死んでしまう。器が死ねば魔力は周辺の大地や空へと還っていく。つまり器の子の体の方には利用価値というものは失われる。簡単に言えば第三者に捕まって利用され尽くすよりはその前に死という眠りについて次代に生まれるであろう器の子へと魂を渡してやろうという、親心という魔法の体をした呪い。それがアウレール少年にかけられていたものの正体だった。

 ジーヴル曰く、彼にかけられたその呪いはまだ発動していない状態だったものの無理に解かれかけたこととその魔法の式自体が複雑な式で構成されてるから幾らジーヴルでも完璧に同じものを構成するのは無理。でも回路はなんとか繋げるからがっちがちに繋いで持ちこたえさせている。現状そんな状態とのことだった。っていうかこれもしかしなくても……


「根本の解決になってねえじゃねえか」

「仕方ねえだろ、俺だって万能じゃねえんだ。繋ぎ合わせただけでも褒めてほしいくらいなんだぞ」

「はいはいよくがんばりましたねー」

「なんか腹立つ……じゃなかった、お前これから」


 どうするんだ、と続いただろう言葉はジーヴル自身が止める。

 何かを思い出したように、色違いの瞳が一瞬揺れたように見えたと思ったらじいっと私の目を見て不機嫌そうに目を細めると、私の頬に手を添えた。……どうしたんだこいつ。


「なあ、アデル。お前さ、昔の事思い出したりしたか?」

「昔?」


 言いにくそうに重たく口を動かして問われたのは昔のこと。私には特定の時期の記憶がすっぽりと抜け落ちている。はじめからないわけじゃなく、思い出そうとすると頭痛がして、仕舞いには倒れてしまう。そのあとは決まって布団から起き上がれないくらい体がだるくなってしまって日常生活に支障が出まくるから余り意識的に思い出さないようにはしてるけど……あ、そう言えば倒れた次の日って絶対ジーヴルとヴァルムントが居るんだよな。なんでだろ。

 まあそれはともかくあの時脳裏に浮かんだ映像は果たして思い出したに入るのかどうか、だ。黒ばかりの部屋で、ジーヴルをそのまま小さくしたような真っ白い少年が黒服の司祭のような男に連れていかれそうな、鎖に繋がれた私を取り返そうとしている。そんな記憶のひとかけら。……なんの確証もない。ただ、連れて行かれる感覚はなんだかはっきりとしている。


「………………いや、特にない」


 それでも私が言葉にしたのは『思い出したことがある』ではなく、『特にない』。

 ただ、これは口に出したらいけないことのような気がして、私は小さく大きな嘘を吐いた。


「……」

「? どうしたの」

「……ただの、まじないだ。気にするな」


 疑わしそうな眼差しをしたジーヴルからまじないと称して額に接吻(くちづけ)を贈られる。古来から竜から祝福(ギフト)を贈る際は額の接吻は普通だからそれ自体は余り気にする事じゃない。というかいまのこの状態はおかしいということをはたと気付く。確かジーヴルは祝福を贈るのが壊滅的に下手だとライナさんが笑いながら話していた記憶があるし、そのジーヴル本人もめんどくさいからと言って祝福を自分から進んで贈りはしない。

 ……つまり、ジーヴルは何かをひどく恐れているのではないか。そんな馬鹿みたいな結論が弾き出される。


「何かあったら直ぐに言え。いいか、二度は言わんぞ」

「ん」


 あながち、それは間違いじゃなかったらしい。

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