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VELT 最果ての約束  作者: 鳳仙花
第一章
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第六・五話:一方その頃学園では

 学園に併設されている図書館は広大の一言に尽きる。蔵書量は国内一と言っても過言ではなく、調べものにはぴったりの場所だ。……それだけに、その調べ物がいつまでも終わらない、という事もしょっちゅうだ。例えば、いま俺の向かい側で一生懸命に各種族の成り立ちを調べているベアトリスが丁度そんな状態だ。

 アレンのことで気になる事があるとかで俺も連れてこられたんだけど授業が終わってからずーっとこんな調子だし、熱心に調べるベアトリスを眺めるだけっていうのもそろそろ飽きて……いや、誤解を招きそうな言い方だけど別に他意はないから。うん。まあ飽きてきたってのもあるけどそろそろ閉館時間だし、あんまり遅いと寮母さんも心配するだろう。時計見たら19時前だったし。


「んー……」

「ベアト、そろそろ寮に帰らないとまずいんじゃないか? もう閉館時間近いし」

「わかってるわよ! ……あともうちょっとなんだけど、ここから先がわかんないのよ」

「アレンのことを調べてたんだろ? ……アレンはどこからどう見てもヒューマンだと思う。調べるほどのことじゃない」

「違うの! ……よくわかんないけど、違うの」


 ベアトの意地っ張りさはよくよく思い知ってるつもりだったけどここまでくるとちょっと苛々してくる。アレンはアレン、それの何が悪いんだろうか。確かにちょっとばかり不思議な言動をすることはあるし、ぼんやりしてることも人よりは多いけどそれはそれ、これはこれだ。アレンのおっとりさと人懐こさには確かにびっくりするけど慣れてしまえば気になるほどのことじゃない。……あの、疑う事を知らなさすぎる人懐こさに関してはこっちがちょっと気をつけてやらないといけないけど。あれでよく生きてこれたよな、あいつ。

 それはともかく、俺としてはベアトのいまやってる事はなんだかなあ、と思うわけで。ベアトはベアトでひっかかるところがあるんだろうけど。なにせ、アレンを拾ってきたのはベアトだ。あの時はびっくりしたな、二人して暴漢に襲われてあわや、ってところでアレンが魔法を使って、そのまま暴走しちゃったんだっけ。あの時アレンが使ってた魔法、どこかで見覚えがあるんだけどどこだったけかな……それが分かればアレンの出自も分かると思うんだけど。


「おーふたーりさん。今日も調べ物かい?」

「あ、クラルテ先輩! お邪魔してます」


 本棚の奥からにこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべて歩いてきたのはクラルテ先輩だった。この時間まで図書館に残っているということはまた、蔵書整理に一日を費やしていたんだろう。……いや、この人此処最近ずーっと図書館に引き篭もってるっぽいけど。

 そんなクラルテ先輩はベアトリスの隣の席にどっかりと腰掛ける。この人本当に図書委員長なのかどうかたまに疑わしいけど言わないでおこう。問題の火種を撒いて広げるのはベアトだけで十分だ。


「いーよいーよ、だって俺一人嫌いだし。……クリアネ遅ぇなーまだかなー」

「クリアネ先輩、まだ帰って来てないんですか?」

「そーなんだよ! あいつひどいんだ、すぐ戻るって言ったのに今の今まで俺の事ほったらかして……はっ、まさか俺に嘘吐いて誰かと逢引……ッ」

「ないと思います」


 ベアトが図書館に通い詰めて五日、この人は毎回こんな感じだ。いい加減パターンを覚えてきそうなのがちょっと怖い。

 クリアネ先輩は生徒会の会計を務めていて、人柄を言えば無口で冷たい人だ。冷たいというのはちょっと語弊があるけど、大体の人は彼女を冷たいとか、クールビューティーとかと評するだろう。たぶん、どちらかというと冷めた性格をしていることは間違いない。彼女を含めて生徒会のメンバーは総じて美人が多いからファンクラブなんかもあったりするんだけどその中でもクリアネ先輩は下手しなくても現生徒会長グローリア・フィルハート以上に支持されてるんじゃないかとかと隠密科の方でも専らの噂だけど、でもあれは支持とかじゃなくて崇拝っぽい感じがする。まあ、彼女の執行部相手の仕事振りは有名だし仕方ないのかもしれない。

 そんなクリアネ先輩の双子の弟が目の前でベアトに愚痴っているクラルテ先輩である。戦ってる時とか、見た目や黙ってる時の雰囲気は同一人物かってくらいそっくりだけど口を開けば正反対だ。平常時のクラルテ先輩は本当に良く喋る。今日は特に良く喋る。……そんなに心配なら探しに行けばいいのに。言わないけど。


「最近学園内とその周辺で変な事件多いし、何か事件に巻き込まれたりとか……? ……クラウ! クリアネ先輩探しに行くわよ!」

「はいはい、分かりましたよ我が主(マイマスター)。クラルテ先輩、クリアネ先輩はどちらまで?」

「えっと、確か……執行部。予算どーのって言ってたから」


 思い立つが吉日即行動のベアトが動かないわけがないってのは分かってたけど、首突っ込むのも本当大概にして欲しい。止めても止まらないからもう何も言わないけど、本当にベアトに振り回されてばっかりだな最近。強く止められない俺も俺だけど。今度何かあったら奥様になんてご報告したらいいのか……はー、胃が痛い。

 でも、ここ最近の学園は新入生の俺から見ても確かにおかしい。魔道研究機関所属の魔道士や研究員が身体能力が高かったり成績が学年上位だったりする生徒を尋ねてきて、そして彼らは行方不明になる。なってない人も居るっちゃ居るけどその半数以上は大怪我したり、解除するのが難しい魔法をかけられたりしてまともに授業を受けられないから救護科の方に世話になってるって話だ。魔研関係は執行部が担当してて生徒会はほぼ手出しが出来ない状態、そんでもって生徒会が話し合いの場を設けようとしても執行部は逃げるばかりで姿を現しもしないという話だ。……本当に一体全体、どうなってるんだか。


「……そういえば、クリアネのやつなんで完全武装で向かったんだろ。サラも止めてなかったし」

「完全武装……武器を持って行ったんですか?」

「ん。でも、話し合いって言ってたのにな。なんでだろ」


 その日一日、俺たちはクリアネ・ベルトラントを見つけることは出来なかった。


 ◆◆◆◆


 「リアベルー」

「ひっくるめて呼ぶのはお止め下さいと申し上げたと思うのですが」

「じゃあ、ベルリア?」

「変わらないぞ」


 生徒会専用の教室に置かれたソファに深く腰掛けてけらけら笑う。何故って、二人のむすくれた顔がとってもとっても面白いからだ。足元からやめておけというあきれた視線は僕のかわいいユキからのものだ。ユキは二人をとっても気に入っているから二人が怒ったりするのをよく思っていない。でもご主人は僕だからはっきりとは言わないけれど。

 リアは書記のコルネリア、ベルは風紀委員長のベルトゥルフのことだ。美男美女が揃って不機嫌そうな顔をしているのは目の前の大量の書類のせい。細かい文字が多いから自然と目を凝らすのに眉間に皺が寄って不機嫌そうに見えるんだよねー。ベルは普通に機嫌悪いみたいだけど。


「会長、今年の文化祭の予算は」

「いまクリアネが交渉中ー。執行部も普通に下ろしてくれたらいいのにぃ」

「……グローリア、魔研はなんとかならんのか? 多数の生徒から魔研立ち入りを禁じて欲しいと要望がある」

「あは、ごっめーん。僕もなんとかしたいんだけど執行部がぜんっぜん話してくれないんだよね。色々理由付けて逃げ回られてるから今度理事長も交えて召喚しようかと思ってるんだ」


 てへぺろーとふざけていると腹のあたりにどすっと衝撃。見上げるとリアに顔立ちのよく似た青年――コルが馬鹿かてめえみたいな顔して、リアの咎める声も聞かずに僕が紙束をキャッチ……はしてないけどとりあえず手に持ってるのを確認するとさっさと行ってしまった。

 ぴらっと捲って確認するとテストの過去問だった。一番上の紙に書かれてある文字を読んでみるとなんてことない、さっさと過去五十年分くらいの問題を纏めて赤本を作れということだった。コルはこういうめんどくさいこと嫌いだから僕に丸投げしたんだろう。うん、確かに僕くらいしか暇な人居ないけどね、やってくれたっていいじゃんかよー。やるけど。執行部もめんどくさがりな人多すぎんよー。つかこれ回すんなら話聞けよって話なんだけど。


「うーん会長って損だー」

「文句言わずに始めて下さいまし」


 コルネリアの言葉で過去問に手をかける。今は諸事情で調教師科だけど元々は魔道士科に籍を置いてたから要点を掻い摘みながらの速読は得意なんだよね。いやあ懐かしい懐かしい、あの頃は人付き合いなんてもんは捨ててひたすら魔道書を読みあさってたなー。そしたらおんなじようなことしてたベルと知り合ってなんとなくつるむようになってから知り合いがどーんといっぱい増えて。あれからもう二年なんだよね、早いなー。……ん? 年数が合わないって? ああ、それは僕のせいだね。一回飛び級してそのあと留年してるから。うん、生活点が五点ほど足りなくて進級できなかったんだ。ユキの件で教師と大揉めして、その流れで足りなくなっちゃって。

 そのせいなのか違うのか、うちの両親は弟のユウェルにもんのすごーく厳しいんだよなあ。青春として目は瞑って……くれないな。そういや生活点が地の底になったからアルトドルファーのところまで借り出されたユウェルは上手くやってるかなあ。確かアデルとは仲良くなかったような気がするんだけど……まあ、新入生も一緒にいるらしいから喧嘩するひまなんてないよね。たぶん。


「……どこから知れたか調べる必要があるか? しかし、これは……」

「どうなさいました? ……ふむ、これは」

「二人してどうしたのー? ………なにこれ」


 紙束をほっぽってベルの持ってる紙を覗きこむ。リアもおんなじことをして細い眉根を今まで見たことないくらい顰めていた。ベルはベルで不可解だ、って顔をしている。そりゃまあ、そうだろう。うちの学校は基本的に生徒自治、そして生徒に関するすべての決定権は我ら生徒会にある。それは職業研修だとか、見学会の開催もしかり。一般生徒や教師陣が僕らの決定に対して不服がある場合、学園各所に置いてある意見箱へ入れてもらっている。確かに諸々の予算は各科教師陣の更に上のお偉いさんが所属する執行部から下りるけど、内容の諸々は僕ら生徒会が決めて実行しているし、これまでも今までもそうしてきた。

 第一執行部は生徒会に干渉しないことが暗黙の了解だ。理事長経由で文句なら今までも腐るほど聞いてきたけど今回は遂に直接嫌がらせに乗り出て来てくれたらしい。……いや、これは嫌がらせというよりは――


「なに、執行部はあれなの? 僕にトモダチを売れと、そういうこと言ってんの?」

「そう取られても仕方ない書き方だと思います」

「……ははっ、ふざけんじゃねえぞ」


 その通達はベルが良く破かなかったなと褒めたいくらいの文言が記されていた。執行部の奴ら、魔研から幾ら積まれたんだろうなあ。そして、誰が彼女らを売ったんだろう。聞いてみたい気もするけどたぶん、それやったら正気でいられる自信が残念ながら皆無だ。勢いでその場の全員を自分の命と引き換えに皆殺しにする自信ならある。ユキと僕ならそれができるから。

 そんな事をぼうっと考えていたら寝そべっていたユキが飛び起きて僕の顔をうかがう。その金色の目を視界の端に見て、きっといま、笑いながらひどい顔してるんだろうことをぼんやり理解してもこの顔がなんとかなることはない。ただ、笑うしかなかった。


「あは、ははは。……コルネリア、それ、処分しといて」

「畏まりました。ベルトゥルフ、後ほどこちらへ回して下さい」

「分かった。……本当にどこから、漏れたんだ。アデルのこと、俺たちしか知らないはずなのに」


 僕たちはそのあと後悔することになる。その通達の下に書かれた名前をよく、見ていなかったことを。



『通達

 魔道研究所へ研究用素体の引き渡しを執行部より生徒会へ要請する。該当素体は以下の通りである。


 戦士科二年 アーデルハイト・アルトドルファー


 魔道士科三年 クリアネ・ベルトラント







 戦士科一年 ベアトリス・ベネディート』

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