第三話:物語の主人公は決して一人だけではない
「あ、アーデルハイト・アルトドルファー!!」
「遅いですわ、ベル。ですが、アデルを連れて来れたようで良かったです」
生徒会書記のコルネリア・ドレヴェスと私を呼び出しやがったユウェル・フィルハートが同時に口を開く。その後ろに見慣れない生徒が三人……ってあの子ら新入生か。入学早々面倒な奴に目をつけられたのだろう。いやあ難儀な事だ。これから花の学園生活が待っていただろうに本当に残念だなあの新入生たちは。慰みにあとで私のとっておきのおやつを差し上げねばなるまい……あれのめんどくささは私がよぉく知ってるしな!
そんな面倒な奴ことユウェル・フィルハートが苦虫を噛み潰した顔で私の名を呼び舌打ちする。そうだな、こんな騒ぎじゃ私とのエキシビションとは名ばかりの超私情込み込みリベンジマッチは出来ないもんな。ざまあ。
「アデル、顔が笑ってるぞ」
「そんなことはない。さて、ここがすごーく平和なことに関する説明だったな」
口端をにいと釣り上げて相棒を抜く。そして抜いた相棒を傍から見ると適当な場所に深々と突き刺す。ベルトゥルフの呆れた溜息が聞こえた気はするが気にしない気にしない。気にしたらその瞬間私の負けが確定してしまうとかそんなことはないけど気にしたらいけない。
そんなことはともかくとして、新入生諸君の不安を取り除いてやるべく私はユウェル・フィルハートの隣に立った。というかあいつの立ってる丁度横隣が私が作業する場所だった。実に解せない。ぶっちゃけ邪魔だから退いて欲しい。いや、寧ろ退け。
「声に全部出てるぞアーデルハイト! そんなに俺が嫌いか!」
「うん嫌い」
「ばっさりいかれましたね。邪魔だそうなのでそこから三歩引きましょうか」
コルネリアの言葉できっちり三歩下がったフィルハートを確認してその場に膝をつき地面に触れる。そのまま構成しているものを掴んで上に引っ張り上げる。けど、このままだと私の持っているものは『見えない』のでちゃっかり私の後ろに立っていたベルトゥルフに血を貸せと目配せをする。私の血じゃ魔素や魔力が触れた瞬間すぐに機能停止しやがるから他人のものを借りるしかないというだけなんだけども。全くくそめんどくさいことこの上ない。
了承したベルトゥルフがいつも媒介に使用するナイフで手首をさくっと切ると私の持っているものに血液が垂れる。すると種も仕掛けもくそもない私の手の中に光る紐が現れる。この紐こそが術式の一部だ。
本来魔素はふわふわしてて掴めない、というか厳密に言うと掴めないわけじゃないけど生き物に例えると回遊魚みたいなもんで、滞留するとダメになっちゃうんだよね。魔力はもうちょっと違うんだけどあれはあれで滞留すると暴発しやすくなる。でも術式は地面や紙に書いた式に沿って魔力を使って大気中の魔素を取り込みつつ定着させてその式の中だけで循環させて高密度の状態を安定して維持している。だからこうして楽々と掴めたりするわけだ。……そもそも魔力と魔素の密度薄かったら基本不発になるけどな、術式。ぶっちゃけ魔道は難しいというよりめんどくさいで構成されてるよね絶対。
「やっぱり術式だったんだ……」
「ほほー、少年は中々目が良いらしいな。んじゃ、サクサク説明していくね。これは今じゃほぼ使われてない使い捨てタイプの設置型召喚術式。使われてるのは恐らくだけど闇属性の魔力。だから召喚されてる魔獣もガルガとか、それっぽいのが多いんだと思う。んで、此処が妙に平和なのはこの術式が魔力供給の式だから。実際にあれらが出てきてるのは別の式からだし、ここに来るまでに確認したから間違いない」
んで、私たちはここに来るまで何してたかって言うと中庭で遭遇した個体以外は普通にいつも通り斬り伏せられたけど万が一ってこともあるから術式を探し当てて解こうと思ったんだ。でもいざ見つけた術式には本来組み込まれてるはずの魔力供給のための式、つまりここにでかでかと設置されてるやつがまるっと抜けてたからそれを辿ってみたらまあ案の定。……その召喚式を探すのにえらく手間取ったせいでベルトゥルフからの視線が痛かったけどな。くそ、あとでプリン奢らせてやる。
私情は一応そこに置いといて、よくもまあこんな随分目立つとこに仕込めたんもんだなと私は思う。件の術者は目立ちたがりか、それとも高見の見物が好きなのか。つかこんな大掛かりな術式仕込めるんなら確実に学園の大半の生徒は術者本人にゃ手も足も出ないことになるからさあ教師共が頭を痛くしなくちゃならん。
というのもこういう召喚術式は魔力供給の式も含めて完成の形というのが一般的な型だ。別々に魔力供給の式と召喚式を置いて魔力供給式を各召喚術式に繋げるなんてことは(めんどくさいからってのもあるけど)術式自体が不安定になるし、召喚術式は特に色んなモノが出たり入ったりするから劣化速度も激しいし普通はしない。普通は。寧ろ普通の術式ならとっくに自壊してるはずだ。恐らく何かしらの細工がしてあるあるんだろう。……本音を言えば、色々と気になることはあるにはあるけど謎解きは後でゆっくり出来るしぶっ壊すのが最優先事項なんで私はそっちを優先しよう。
「ですが、今日の見回りでは発見されませんでした。なのに」
「うーん、私もそこが引っかかってんだよね……私みたいなやつじゃなくても探知である程度の位置は特定できるし。ま、そこは後で考えよっか。術式ぶっ壊すから各自衝撃に備えといて」
色々の内のひとつはこれだ。
彼女、コルネリアは攻撃魔法よりも探知や索敵といった補助魔法を得意としている。今期二年生の中だとコルネリア以上の探知能力を持っている奴ってったらコルネリアの双子の弟くらいなもんだと記憶しているし、魔道士科きっての英才の一人がこれじゃ魔道士科の教師に徹底的に炙ってもらうしかなかろう。
ちなみに、基本的にこの学園って生徒自治だから緊急性……と、あんまり言いたかないけど金の問題ついでに体裁的に動かなきゃいけなかったりしなきゃ教師共はほぼ動いてくれない。動いてくれる教師の方が希少種だと言っても過言じゃないんだ。その結果がこれとあってはとんだお笑い種だな。つか学園の警備くらいは手伝えっての。
……えー、話を戻すけどつまり魔力タンクであるこの術式を壊せば今出て来てる分を始末したら仕舞いだ。術式はあくまでもゲートの役割をしてるだけで、入口が開いていたとしても出口が閉じられてたら余程力のある……それこそこの学園の地下に幽閉されてる魔獣の往時くらいの力でもなけりゃ出て来れない。と、されている。身も蓋もない言い方ではあるけど出来るかどうかは別として出口がないなら無理矢理ぶち破……作れば出て来れるし。
「それでは皆様、わたくしの近くへ。防御魔法の展開に入りますので」
「はい!」
「おっけー、んじゃ、いっくよー。さーん、にーぃ、いーち」
「ユウェル先輩っ早くして下さい!」
「……ちっ」
「参ります。――我が力、我が心、繋ぎ結んで此処にか弱き者らの盾となれ」
「ぜーろ」
コルネリアの詠唱が終わる頃合いに合わせて術式を構成する魔力を握りこむ。そして同時に手の中の魔力の塊を吸収するイメージを頭の中に置くと視界がぼんやりとぼやけていく。私の手の中で魔力が急速に失われていくと同時に足元の術式がゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てて魔力を膨張させていく。一箇所でも綻べばあとはこうやって勝手に術式が自分から壊れていく。本来ならここで一気に放出されるんだけど流石に爆発させるほど私は鬼畜じゃない。ぶっちゃけぶっ壊したいのはやまやまだけど、生憎とこの地下には私の長年の友人――つまり、学園に幽閉されている魔獣が居る。下手な真似をしたら彼にも少々どころじゃない被害が及ぶからそれだけは避けたい。つかあの子になんかあったらこれみよがしに……いや、今はその話は考えないようにしておこう。
壊れていく術式を大地に繋ぎ止める相棒に手をかける。相棒が突き刺さっているこの場所こそこの術式の中核。つまり循環させている場所を塞き止めているわけだ。過保護な幼馴染みはいま、コルネリアの防御魔法の中。何をやらかしたって一歩手前で止められるなんてこともない。いや、止められたら困る。誰がって私が。説教ならあとで飽きるまで聞いてやるから本当にじっとしてて欲しい。私絡みで怪我されるとめんどくさいんだよ、ほんと。
思考の海を泳ぐのもそこそこに、肺に溜まったままの空気を一度吐き出してから両手で柄を握りこんで一気に地面へと押し込んだ。
「さあ、」
膨張した魔力が押し込まれた分の大地を競りあげる。刃が突き刺さる地面が割れてその奥に、黒い色をした光。そしてあれは、私を貫く。……毎度毎度思うけど、闇属性の魔力と私は本当に相性が悪いらしいな。こうして向かい合うと心臓がやけに痛む。
目の前まで黒い光が迫る。迷いなく、私の目に吸い込まれるように向かってくる。
「貫けよ」
その言葉を最後に、私は意識を手放した。
◆◆◆◆
爆音が鳴り止んだ時、冷や汗が背中を伝った。頭の中で警鐘が鳴る。早くはやく、アデルの元へ行けと追い立てる。脳裏にいつかの記憶、血塗れの小さな体、黒い瞳。
現実の目の前は、リアの発動した防御魔法による土壁の砂色があるだけだった。
「リア、魔法を解除してくれ」
「なりません。安全が確認出来ておりませんから」
「俺だけでも出せないか」
無茶を言っているのは分かっていた。土属性の防御魔法は鉄壁を誇るがその分扱いも難しい。安定させてしまえば魔力の供給を続けていれば防御力を維持したまま別の事が出来るというメリットもあるが水や火のように自由に動かすということは熟練の魔道士であっても困難だ。尤も、動かせるかどうかの難易度は土の質にもよるらしいが。
ずっと俺の目を見ていた薄い青の瞳が不意に伏せられる。その視線の先にあるのは生徒会メンバーに支給されている携帯端末。一瞬その秀麗な顔が歪められたのは気のせいではないだろう。
なにか思案を始めた彼女から視線を外し、新入生たちの状態を確認すると案外元気そうだったことに安堵する。ベネディートの一人娘は跳ねっ返りだとは聞いていたが冷静に状況を見られる子だ。付き人のカノーヴァの存在もあるだろうがあの二人は目立った外傷も見られない。二人の近くにいる少年は確か、アウレール・アウラだったか。彼については不安材料が多そうだが術式に気付いた観察力の高さは評価できる。……今年の新入生はどうにも優秀な人材が多いな。まるでこの学園で何かが起きていると、暗に示されているような気分にさせられる。
「魔法を解除致します。念の為、警戒はしておいて下さいね」
「……コルか?」
「……ええ、あの子から。周囲のガルガも粗方掃討したとの事です」
「そうか」
その言葉の終わりを待っていたように、砂色の壁が崩れ落ちる。砂煙が巻き上がり、目をまともに開けていられない。きつく瞑った目を開けると赤の滲む黒が、俺の視界に入る。
既視感。ついでに、眩暈。被害を極力最小限にする為に、あいつがやりそうな事だった。というかまず、俺が最初に止めておかなければならなかったんだ。これを。
「アデルさん!?」
「アーデルハイト・アルトドルファー!」
アウレールとユウェルの声が同時に鼓膜を叩く。これが普通の反応だ。さっきまで無傷で立っていた奴が今度はボロ雑巾みたいになって倒れているんだからそんな反応もするだろう。俺も幼い頃は庇われる度に涙目になっていたものだが……今思うと俺がいまこうして過保護気味になってしまった最たる原因はあいつの無意識の自己犠牲からきているからに他ならないのではないかと頭が痛くなった。もっと自分を大切にするべきだというのに全く、この跳ねっ返りは。これは本人がなんと言おうとアルトドルファーの誰かを召喚せねばなるまい。
人知れず固く決意しながら倒れ伏す……というより酷く疲弊して深く眠っているアデルを抱き上げる。それがいわゆるお姫様抱っこという、アデルが今起きていたら間違いなく俺の顔面に剣の腹を叩き込んでくるだろうことが想像に難くない体勢だという事を分かっていてそういう抱き方をしている。それにアデルはちんまくて細いからこう抱いた方が収まりが良いという理由もあるにはある。……途中で起きられて殴られても俺的には大して問題はないし、いっそのこと既成事実でも作った方がいいのだろうか。例えば――
「ベル」
「……リア、俺は何も考えてないぞ」
「わたくしはまだ何も申しておりませんが。というかその間はなんですの?」
「そうか」
人の話を聞けと呆れるリアときょとんとするアウレールを筆頭とする新入生たち、恐らく面白がっているであろうユウェルを置いて足早に校庭に設置された会場を後にする。
会場付近と学園敷地内の森はあとで生徒会と教師陣総出で大掃除を始めるだろうが……さて、アデルの件はどう説明するべきか。今までのように知らぬ存ぜぬで通せたら一番良いんだが。
「風紀委員長さん、どうしたんですか?」
「墓穴掘ってんだよ」
「ユウェル先輩、これ絶対聞こえてますよ。あの人見た目の基本はシエロですけど耳を見るにテリムの血入ってますよね?」
……俺の背後でこそこそと話している男子三人の生活点は後日、尤もらしい文言を添えて差し引いておこう。特にユウェル。お前だお前。職権濫用? この程度、教師に比べれば可愛いものだし何も問題はない。うんうん、風紀委員として新入生諸君らは是非とも死に物狂いで生活点を取り戻して頂きたい所存だな。……そう言えばユウェルは確かあと半分引かれたら留年だった気がするが…………、…………うん、気のせいだ。気のせい。そう言う事にしておこう。