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VELT 最果ての約束  作者: 鳳仙花
第一章
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第二話:主人公の最初の試練は大抵周囲巻き込み型である

 『それ』が起きたのは僕、アウレール・アウラがこの学園に来てから仲良くしてくれているベアトリス・ベネディート、クラウディア・カノーヴァと一緒に実戦形式授業のオリエンテーションに参加していた時のことだった。

 上級生によるエキシビションマッチを僕ら新入生が観戦して、先生や生徒会の人から諸注意を受ける……とこんな感じでオリエンテーション自体は恙無く進み、ユウェル・フィルハートという先輩が『魔封の剣神』と呼ばれているらしい人を指名して、その場に居なかったのを先生方が近くにいた風紀委員長さんに探してくるように言って、その帰りを待っていたんだ。


「遅いね」

「アレンは悠長すぎよ! ていうかなんで上級生なのにここにいないのよ!? 大問題じゃないのこれ!」

「いや、怒っても仕方ないと思うよ。噂じゃ、その剣神さんとやらは素行不良の超不真面目生徒らしいし?」


 僕の言葉にベアトリスが憤慨する。その次にクラウディアがやれやれと首を振りながら呆れた声でそう言った。そんな二人の間で僕はのんびり……してたら案の定怒られた。それにしても二人ともちょっとせっかちじゃないかなあ。それともベアトリスが言うように僕がゆっくりすぎるのかな? うーん、人と合わせるって難しい。


「く、クラウディア! それはいくらなんでも言い過ぎ、だよっ」

「じゃあアレンはどう思うのさ。まあ、言い過ぎということは自覚してるから強くは言えないけど……ん?」


 僕らの後ろでくすくすと笑う声がして振り向くと、耳と背中の白い翼に目を奪われる。次に、白色のリボンで薄い蜂蜜色の長い髪を高い位置に纏めた、薄い青色の目がきれいな女のひと。胸元のリボンと制服のストライプの色が赤色……ってことはこの人は二年生か。そういえばさっき試合会場で綺麗な魔法を見せてくれていた人がこんな感じの髪の色だったような。それと、この間先生の補佐をしてた人……? ああだめだ、人の顔があんまり覚えられないからこれ以上はわかんないや。

 僕が考え込んでいる間に試合会場を見たらしい彼女は今度はあらあらと苦笑した。どうしたんだろう?


「またお昼寝しに行ってしまったのね……全くもう、仕方のない子。ごめんなさいね、退屈でしょう?」

「い、いえ……」

「素直に物を申して下さっても宜しいのに、おかしな子……うふふ。申し遅れました、わたくしはコルネリア。生徒会の書記をしておりますの。魔道士科の者ですので、魔道士科の方なら一度お会いした事があるかと思います」


 そう言ってコルネリアさんは膝より少し下の長さのスカートを少し摘んで恭しくお辞儀をした。慌てて僕も名乗ってお辞儀をすると二人も挨拶していた。生徒会ってことは偉い人? だよね? ……あとで二人に聞いてみよう。

 そう言えばあの子って、もしかして剣神さんのことかな? 試合が始まる前に聞いてみよう。ユウェルさんや剣神さんとも仲良くなれたらいいなあ。僕こっちに来てまだ日も浅いし……友達は多い方が楽しいもん。


「あの、コルネリアさん」

「あらあら、なにかしら」

「剣神さん、って……」

「ああ、新入生の方は聞き馴染みがないですよね。魔封の剣神と呼ばれているのはアーデルハイト・アルトドルファーという女子生徒で、戦士科の二年生です。成績はとっても優秀なのですけどその、性格に難ありと言いますか……あら?」


 剣神さんについて尋ねるとコルネリアさんは苦笑いをしながら教えてくれた。不自然なところで言葉を切ったコルネリアさんの視線の先はベアトリス。

 そのベアトリスは『アルトドルファー』っていう単語に大きな目を見開いてわなわなと震えている。……今日、震えるほど寒かったっけ? 隣のクラウディアは頭を痛そうにして眉間に指を当てていた。どうしたんだろう?


「あ、アルトドルファーって……グランツ王国(このくに) の王族に仕える貴族じゃない!! なんでそんな家の子がこんなトコに居るのよ!!?」

「あーあ、始まった……」


 クラウディアが鬱陶しそうに耳を塞ぐとベアトリスは僕の肩を(たぶん途中で逃げないように)ひしと掴むと聞き取るのもやっとな速さで捲くし立てるように話す。そんなに必死にならなくても僕は逃げないのに……うう、昨日夜遅くまで剣を振ってたからそんなに掴まれると肩がちょっと痛いかもしれない。


「アレンは田舎者だから特別に教えてあげるわ、アルトドルファー家は代々グランツ王国の王族に仕えてるのよ。男なら近衛騎士だったり宰相だったり、女なら王妃の側仕え。グランツ王国に絶対の忠誠を誓う一族のひとつで……」

「アルトドルファーとジグヴァルトの二つの家を敬意を込めてグランツの双璧とお呼びするのです。ちなみに、先程先生にお使いを頼まれていた銀髪の男子生徒はジグヴァルト家の三男坊で、我が生徒会の風紀委員長をされておりますの」


 ベアトリスがなにやらヒートアップして僕の肩から手を離した隙にコルネリウスさんがそっと手を引いてくれて、僕と立ち位置を変わってくれた。ついでにこっそりと僕に耳打ちした彼女は悪戯っぽくウインクしてみせた。でもさっきの綺麗な人は男の人だったんだ……そっちのほうがびっくりだ。人は見た目によらないって本当だなあ……

 びっくりついでに試合会場に視線を戻すと、そこには相変わらずユウェルさん一人だけが仁王立ちしている。ユウェルさんはさっきからあの体勢から微動だにしていないけど、大丈夫なのかな。


「って聞いてないじゃない!」

「あ、ご、ごめん」

「ベアトの話が長いからだろうが……アレン、あんまり気にすんな。にしても遅くないか?」

「……そうですね。いつもの場所なら一時間ほどあればこちらへ戻って来れるはずですが」


 クラウディアの言葉にふむと腕を組んだコルネリウスさん。一時間ほどってことは徒歩だとちょっと遠いくらい……かな。あれから二時間は絶対に経ってるからそろそろ帰って来てもおかしくないのに。その場所よりも遠い場所に行っちゃったのかな。それとも。


「何かあったのかなあ」

「間違いが起きてないと宜しいのですが」

「うん、行き違いとか大変……」

「あらあら、非常に純粋で結構な事ですわ。……どうかそのままで居て下さいましね」


 じゅんすい? うーん、純水……? でも僕、水の魔法は使えないんだけどなあ。確かに魔法の心得はあるけど適性は火だからなあ。

 うーんと首を捻っているとクラウディアの手が肩にぽんと置かれた。なんだか生温かい目をされている気がする。……僕、また何か変なこと言っちゃったのかな?


「アレン、お前はそのままで良いんだぞ」

「……? うん、ありが」


 とう。そう続くはずだった言葉。どこかから絹を裂くような悲鳴。僕らが居る場所が一番人がまばらで、少し前に行くと人が密集してたはずで――そう、悲鳴があがったのは人が密集している、試合会場が良く見える場所。

 そう認識した瞬間、世界が一気に動き出す。我先に逃げ惑う人、戸惑いに足を動かす事も忘れて棒立ちになる人。何かを見つけて得物を抜く人、構える人。遠く、人の壁の向こう側から聞こえるナニカの咆哮。でも、僕の耳には声も音も聞こえない。目の前には色がない。ぜんぶぜんぶ、他人事みたいに僕を置いていく。


「あ、あぁ、」


 そう だ 。 ぼく は この こうけい を しって いる 。


『××、逃げなさい』

『ここはもう、だめだ』

『隔壁下ろして! 此処を突破される訳にはいかないの!!』

『術式を解け! 早く!』

『あは、道連れにしてあげる!』

『大丈夫、またきっとすぐに会えるよ』


『約束しよう』


 その こえ の あるじ たち の ゆくえ は いずこ ?


「アレン!」


 ぱちん、目の前で大きく手を叩く音。世界が色と音を取り戻す。目の前には険しい顔をしたベアトリス。目の前にはどこから現れたのかよく分からない魔獣(モンスター)と戦っているコルネリウスさんとクラウディアの姿。クラウディアは確か隠密科、だったはずだから真っ向勝負は不得手のはず。それはどっちかというと目の前にいるベアトリスの役目だ。彼女は戦士科だから。

 たぶん、僕がぼんやりしてたから、盾の扱いに長けているベアトリスが僕の傍に置かれて、近距離戦や真っ向勝負が元来不得手な科に属しているはずのコルネリウスさんとクラウディアが前に出ているなんていうことになったんだ。……はやく、構えなきゃ。そう思えば思うほど手が震える。喉から声が出ない。視界がぼやけて、あかいいろが――


「アレン、落ち着いて。大丈夫よ、あたしがついてるんだから怖がんないで」

「……うん、あり、がとう」


 目の前の赤い色はベアトリスの髪の色だった。真紅の髪がすぐそばにあって、あたたかい。気付けばベアトリスに抱きしめられていて、焦る気持ちが落ち着いていく。よしと言って離れた彼女はにいっと笑う。つられて僕も笑った。

 それにしてもさっきのは、ゆめ? ……ううん、違う。でも、もう思い出せないや。必死な人たちの声と、どこか、お城みたいな場所。そこで突然前触れなく魔獣が出て来て、知らないたくさんの声と逃げてるとなにか、古い時代の術式みたいな模様がいっぱいある部屋に辿り着いて。それで、その術式(そこ)から魔獣がいっぱい出て来て。……あれ? なんだかあの夢は――


「……似てる」

「アレン?」

「ねえベアトリス、この魔獣(モンスター)たちはどこから出てきたの?」


 ベアトリスは僕からの問いの返答に窮していた。難しい顔をして斬っても潰しても貫いても、新手が次から次へとどこかから出て来る魔獣たちを紫の目が鋭く睨む。

 学園には結界なるものが張ってあって、普通なら魔獣は学園の内部には侵入出来ない、という話を入学式の時に聞いている。結界は一定周期ごとに張り替えられていて、動力源は学園のどこかに眠っているこの土地に昔から住んでいた魔獣さん。名前は分からないけど、かなり上位の種類らしくて人語を話せるらしい。魔獣とは言っても敵対する者には情けも容赦もないらしいって話だから、その魔獣さんが招き入れたわけじゃないだろう。

 じゃあ、誰が? どうやって? なんとなくだけど、僕はこの魔獣たちがどうやって入ってきたのか知っている気がする。だって、すごく――似ているから。


「……チッ、たかがガルガだってのになんなんだってんだ」

「とにもかくにも、数が多すぎますね……これでは全滅も時間の問題かと。ベアトリスさん! そちらに数体行きましたわ!」

「っりょーかい! ベネティートの娘をなめんじゃないわよ!」


 敵の眼前に躍り出たベアトリスの、鮮やかな槍の一閃。それだけでガルガが何体も吹き飛ばされて、色んな場所から赤い血を吹き上げる。耳が痛くなる声でガルガが吼える。クラウディアが耳障りだ、と機嫌悪そうに吐き捨てた。

 どうしても気になって、応戦しながら事切れたガルガが累々と横たわるそこをじいっと見つめる。その時、流れ出たガルガの血に含まれている魔素と反応して、薄らと光った何かを僕は目視した。なんとなく、が、確信に変わる。


「……やっぱり!」

「アレン?! 一人で何処に……!」

「術式! 解かなきゃ!!」

「術式? ああ、お待ち下さいまし!」


 迫るガルガはベアトリスが薙いで一蹴、それでも追ってくるのはクラウディアが一体ずつ確実に仕留める。二人に守られながら僕とコルネリアさんはある一点を目指して走る。


「ユウェルさああああんっ」


 目指していたのは。


「そこっどいてくださああああああああいいいいい!!」


 ユウェルさんが仁王立ちしていた、試合会場。……なんだけど。


「ぐえっ」

「ひゃあああああっ!?」


 案の定、ぶつかった。ユウェルさんがなんかすごい声を出して倒れてしまった。ついでに言うと僕が押し倒すように倒してしまった。あ、あとで謝らなきゃ……いまは術式見つけるのが先……でもどうしよう、ここにはガルガがいないし、血も何もないし……うん? なにもない?


「く、来る前に……言ってくれ……」

「ユウェル、大丈夫ですか? まあそんな口が聞けるなら大丈夫ですよね」

「っるせえぞコルネリア! それより大丈夫か新入生。怪我とかねえか?」

「はいぃ……すみません……」


 よしよしとユウェルさんに撫でてもらって立たせてもらうと改めて周囲に視線を走らせる。……やっぱりなにもない。外はあんなに大騒ぎなのに、血の一滴も落ちてない。それどころかガルガが一体も見当たらない。試合会場に入るまでは無尽蔵に出現し続けるガルガが僕を含めてたくさんの人を襲っていたのにここはなんにもいない。いるのはユウェルさん、僕、ベアトリス、クラウディア、コルネリアさんの五人。

 疑惑の目が無傷なままのユウェルさんに向けられる。


「ユウェル、まさかとは思いますが」

「アホ言え、俺は確かに召喚魔法は使えっけどあんな無作為にゃ呼べねえっつの」


 コルネリアさんの言葉にユウェルさんが怒りながら否定する。ユウェルさんができないとして、じゃあここはどうして無事なんだろう?


「それは私が説明してやるよ」

「誰だ!」


 背後から聞こえた少し偉そうな口調の声に、僕らは振り向いてユウェルさんが叫ぶと目を見開いた。

 そこには制服をすごく崩して着ている黒髪をおさげに結んだ女の人と、剣神さんを呼びに行った風紀委員長さんがそこにいた。

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