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旅立つ者には祝福を  作者:
本編
9/36

第8話 その声は空に


 右手に握るのは刀。

 刀身から柄まで純白に染まるそれは、僕の新しい武器。

 ネセリンさんから貰った魔装具の試作品で、別名は『進化する魔装具』らしい。


 使用者の成長に合わせて武器の形状。効果を常に変化せていくように設計され、データ収集の意味を込めて、試作品として創られた物を使わせてもらっている。


「遅いぞ!」


「ちっ」


 目の前から長剣を持ったセイナが迫って来る。

 騎士団の訓練場で本物の武器を使う僕らは、周りから白い目で見られているが、僕が本物の武器を使うように頼んだから仕方がない。


 縦に振られた長剣に対して、横から刀を入れて防ぐ。

 木刀の時よりも重い衝撃が右手に走り、握力が無くならないように魔力を右手に回した。

 セイナの剣を上に弾き、狙いを首に定める。


 切っ先を突き出し、首に向かって真っ直ぐ伸ばしていくが、セイナがヘッドスリップでそれを躱し、一歩だけ懐に深く踏み込んで来る。

 腹部に攻撃をくらうと予想した僕を嘲笑うかのように、セイナが僕の足を払った。


「いてっ」


 バランスを崩し尻餅。

 そして、顔を上げると長剣が首に当てられていた。


「勝負ありだな」


 そう言って、セイナが長剣を腰にしまう。

 武器を一新した所で、僕がセイナに勝つ日は一向に近づかないような気がした。


「また負けかぁ」


「動きは良くなっているぞ。後は実戦で魔装具の性能と『札』を使ってみるだけだな」


 セイナがそう言って励ましてくれる。

 僕の魔装具は、今は適応率が低いせいか、最低ランクであるFランク程度の力しか発揮できない。

 僕の力が上げれば自然とランクが上がるらしいが、どうすれば力が上がったと言えるのか全くの謎だった。


 そして、ネセリンさんからもう一つ貰った『札』は、あらかじめ複数の術式を組み込んでいるため、任意で様々な魔法を使うことが出来る。

 説明書的なモノで使い方を読んだだけなので、実戦でどうゆう風になるのか全く予想がつかなかった。


 守り関係の魔法に力を発揮すると書いてあったけど、威力はどのくらいなのだろう。


「札はともかく、この刀も早く力を発揮して欲しいよ」


 立ち上がり腰につけた刀同様、純白の鞘に刀を収める。

 実戦はいつ来るか分からない。その時に対する備えは常にしておかないといけないと、森の中で死にかけた事から学んだ。

 あの時だって、シエルが来てくれなかったら僕とラーマエは死んでいたかもしれない。

 ここはもう、前の世界のように安全な世界ではない。常に死が隣り合わせであることを意識しないと本当に死ぬ。


「そろそろセイナに一撃当てなさいよ」


 脇で見ていたシエルの一言。

 当てられるのなら当てたい。最近になって気が付いたけど、セイナはなんだかんだで手を抜いてくれている。

 僕自身が力をつければつけるほど、その事がハッキリと分かり、彼女との正確な距離が見えて来る。

 背中は遥か前なんだけど……


「無茶言わないでよ」


「はぁ……情けない。ほら、手出しなさい」


 シエルがそう言って、医療魔法が発動し蒼白い光を放つ手を近づけて来る。

 毒づきながらも、いつも訓練中に居てくれるのは、僕を治す為だろうか?

 聞いたら怒られそうだから、期待だけしておこう。

 『札』にも簡易的な医療魔法の術式はあるので、試しに使ってみようか迷うけど、言ったら怒られそうだから、擦り傷だらけの右腕を差し出した。


「お願いします」


「素直でよろしい」


 シエルが口元を緩め、右腕を医療魔法で治療していく。

 森での事件以来、僕は以前よりもシエルに頭が上がらない。

 それを彼女自身も察してか、要求は日に日に厳しくなっていく。

 大変だと思うけど、楽しいと思う僕は結構Mなのだろうか……


 違うと信じたい。誰かと正面からぶつかることが、僕にとっては新鮮で楽しいからだと、そう思いたい。


「セイナ隊長」


 一人の兵がセイナに近づき、耳打ちをした。

 セイナは「分かった。すぐ行く」と返すと、僕とシエルに近づいて来た。


「シンジ、シエル様。緊急の案件があるそうです。お二人も関係があるそうなので、会議室でお待ちください」


 セイナはそう言い残し、城へと早足で去って行く。

 騎士団に緊急の案件なんて、悪い予感しかしない。


「なんだろうね? 僕とシエルも関係あるなんて」


「魔物が近くで発生したのかもね」


「よくあるの?」


「時々ね。魔物領に比べると魔物の数も強さも下とはいえ、魔物が人を襲うのは変わらない」


 魔物の討伐か。もしそうなら、僕は役に立てるだろうか。

 不安が胸に広がり、今朝食べたものが胃の中で暴れる。


「大丈夫よ」


 シエルの凛々しい声。


「最近のあんたは頑張っているから、なんとかなるわ」


 顔が不安に出ていたらしい。

 シエルなりに励ましてくれているようだ。

 なんとなるか……僕のできる事に集中していこう。

 そう心に決めて、シエルと共に城にある騎士団の会議室へと向かった。




 時々すれ違う兵たちが慌ただしく動いている。

 馬の準備や武器や防具の確認をしている所から、今から出撃するようだ。

 シエルの予想は的中していそうだ。


 城の中に居る兵たちも忙しなく動いており、彼らと時々すれ違いながら、赤い絨毯のひかれた廊下を歩き、会議室へと入った。

 中には円卓のテーブルと五つの椅子。


 五つ? 隊長は三人のはずじゃ?


 そんな事を思っていると、セイナが部屋へと入って来た。

 手には何やら分厚い紙の束が握られており、今回の案件に関する内容のようだ。


「近くの採掘場で魔物が発生しました。その討伐に今から向かいます」


 シエルの予想通り。魔物の討伐だった。


「怪我人は?」


「作業中の者が数名。今は近くの村に避難しているそうです」


「そう。でも、セイナを呼び出すと言うことは、三番隊を動かすの? 少しやり過ぎじゃない?」


 シエルの問いに、セイナは「まだ部下に黙っていてほしいのですが」と念押しした。


「実は魔物が凶暴化しているらしく、魔素の濃度が上がっている可能性があるそうです」


「最悪ね……」


 シエルが呟き、表情が険しくなる。

 魔素の濃度上昇。第二次人魔戦争は魔物たちが凶暴化し、魔物領から出て来ることで勃発した。

 その魔物たちが凶暴化した原因が、過剰な魔素の吸収である。


 何らかの原因がその地域一帯の魔素の濃度を上昇させ、供給量を飛躍的に増大させると、それを吸収した魔物たちは凶暴化する。

 対策としては魔素を増大させている原因を直接排除するしかない。


 つまり、今回の魔物討伐は下手をすれば、魔物侵攻の原因になりかねないと言うことだ。


「現場に行かなければ分かりません。しかし、最悪の場合は『原因』を排除する必要があるので、隊を動かすとのことです」


「急がないとね。あんたも頑張るのよ」


 シエルにビシッと指を差され、自信なく答えた。


「善処します……」


「私と訓練しているんだ。大丈夫、自信を持て」


 セイナのその自信を分けて欲しいよ。

 かなりの不安と、自分がどれぐらい出来るのか少しの期待を胸に、僕は二人の後に続いて部屋を出た。





















 王都より遠く離れた場所。


 ネニヴァスの南部に広がる広大な森林地帯。通称『鬼火の森』と呼ばれる、魔物領に次ぐ高位魔物たちの巣窟を見下ろす一人の男。

 長く伸びた黒髪を後ろで束ね、黒い瞳で眼下に広がる森を眺める。

 耳をすませば、風の音に混じって魔物たちの叫び声が聞こえた。


 数か月前感じた魔力の揺れ。

 鬼火の森を歩いている時に感じたその揺れは、今まで感じたことの無い『感覚』だった。

 揺れの原因は察しがついている。


「俺と同じ異界人か……」


 ボソッ呟く。

 この世界に召喚され舞い降りた男の脳裏に、10年前の記憶がよみがえる。

 『蒼い女神』と呼ばれる王女に呼ばれ、血の匂い、人の悲鳴、魔物の叫び声が木霊する戦場で戦った記憶。

 血にまみれた記憶の片隅で、いつも人々を癒していた蒼髪の少女。

 懐かしい。本当に懐かしい。


 新しい異界人はどんな道を辿るだろうか?

 自分と同じ道を辿るのだろうか?


「アリッサ……お前の妹が召喚魔法に成功したようだ」


 今は亡き『蒼い女神』の名前。

 自分が愛した女性の名前。


 かつて『黒の勇者』と呼ばれた男の声は、誰にも届かず空へと消えた。

 

 この手で殺した……アリッサ(彼女)の瞳と同じ澄んだ蒼空へと。


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