第8話 その声は空に
右手に握るのは刀。
刀身から柄まで純白に染まるそれは、僕の新しい武器。
ネセリンさんから貰った魔装具の試作品で、別名は『進化する魔装具』らしい。
使用者の成長に合わせて武器の形状。効果を常に変化せていくように設計され、データ収集の意味を込めて、試作品として創られた物を使わせてもらっている。
「遅いぞ!」
「ちっ」
目の前から長剣を持ったセイナが迫って来る。
騎士団の訓練場で本物の武器を使う僕らは、周りから白い目で見られているが、僕が本物の武器を使うように頼んだから仕方がない。
縦に振られた長剣に対して、横から刀を入れて防ぐ。
木刀の時よりも重い衝撃が右手に走り、握力が無くならないように魔力を右手に回した。
セイナの剣を上に弾き、狙いを首に定める。
切っ先を突き出し、首に向かって真っ直ぐ伸ばしていくが、セイナがヘッドスリップでそれを躱し、一歩だけ懐に深く踏み込んで来る。
腹部に攻撃をくらうと予想した僕を嘲笑うかのように、セイナが僕の足を払った。
「いてっ」
バランスを崩し尻餅。
そして、顔を上げると長剣が首に当てられていた。
「勝負ありだな」
そう言って、セイナが長剣を腰にしまう。
武器を一新した所で、僕がセイナに勝つ日は一向に近づかないような気がした。
「また負けかぁ」
「動きは良くなっているぞ。後は実戦で魔装具の性能と『札』を使ってみるだけだな」
セイナがそう言って励ましてくれる。
僕の魔装具は、今は適応率が低いせいか、最低ランクであるFランク程度の力しか発揮できない。
僕の力が上げれば自然とランクが上がるらしいが、どうすれば力が上がったと言えるのか全くの謎だった。
そして、ネセリンさんからもう一つ貰った『札』は、あらかじめ複数の術式を組み込んでいるため、任意で様々な魔法を使うことが出来る。
説明書的なモノで使い方を読んだだけなので、実戦でどうゆう風になるのか全く予想がつかなかった。
守り関係の魔法に力を発揮すると書いてあったけど、威力はどのくらいなのだろう。
「札はともかく、この刀も早く力を発揮して欲しいよ」
立ち上がり腰につけた刀同様、純白の鞘に刀を収める。
実戦はいつ来るか分からない。その時に対する備えは常にしておかないといけないと、森の中で死にかけた事から学んだ。
あの時だって、シエルが来てくれなかったら僕とラーマエは死んでいたかもしれない。
ここはもう、前の世界のように安全な世界ではない。常に死が隣り合わせであることを意識しないと本当に死ぬ。
「そろそろセイナに一撃当てなさいよ」
脇で見ていたシエルの一言。
当てられるのなら当てたい。最近になって気が付いたけど、セイナはなんだかんだで手を抜いてくれている。
僕自身が力をつければつけるほど、その事がハッキリと分かり、彼女との正確な距離が見えて来る。
背中は遥か前なんだけど……
「無茶言わないでよ」
「はぁ……情けない。ほら、手出しなさい」
シエルがそう言って、医療魔法が発動し蒼白い光を放つ手を近づけて来る。
毒づきながらも、いつも訓練中に居てくれるのは、僕を治す為だろうか?
聞いたら怒られそうだから、期待だけしておこう。
『札』にも簡易的な医療魔法の術式はあるので、試しに使ってみようか迷うけど、言ったら怒られそうだから、擦り傷だらけの右腕を差し出した。
「お願いします」
「素直でよろしい」
シエルが口元を緩め、右腕を医療魔法で治療していく。
森での事件以来、僕は以前よりもシエルに頭が上がらない。
それを彼女自身も察してか、要求は日に日に厳しくなっていく。
大変だと思うけど、楽しいと思う僕は結構Mなのだろうか……
違うと信じたい。誰かと正面からぶつかることが、僕にとっては新鮮で楽しいからだと、そう思いたい。
「セイナ隊長」
一人の兵がセイナに近づき、耳打ちをした。
セイナは「分かった。すぐ行く」と返すと、僕とシエルに近づいて来た。
「シンジ、シエル様。緊急の案件があるそうです。お二人も関係があるそうなので、会議室でお待ちください」
セイナはそう言い残し、城へと早足で去って行く。
騎士団に緊急の案件なんて、悪い予感しかしない。
「なんだろうね? 僕とシエルも関係あるなんて」
「魔物が近くで発生したのかもね」
「よくあるの?」
「時々ね。魔物領に比べると魔物の数も強さも下とはいえ、魔物が人を襲うのは変わらない」
魔物の討伐か。もしそうなら、僕は役に立てるだろうか。
不安が胸に広がり、今朝食べたものが胃の中で暴れる。
「大丈夫よ」
シエルの凛々しい声。
「最近のあんたは頑張っているから、なんとかなるわ」
顔が不安に出ていたらしい。
シエルなりに励ましてくれているようだ。
なんとなるか……僕のできる事に集中していこう。
そう心に決めて、シエルと共に城にある騎士団の会議室へと向かった。
時々すれ違う兵たちが慌ただしく動いている。
馬の準備や武器や防具の確認をしている所から、今から出撃するようだ。
シエルの予想は的中していそうだ。
城の中に居る兵たちも忙しなく動いており、彼らと時々すれ違いながら、赤い絨毯のひかれた廊下を歩き、会議室へと入った。
中には円卓のテーブルと五つの椅子。
五つ? 隊長は三人のはずじゃ?
そんな事を思っていると、セイナが部屋へと入って来た。
手には何やら分厚い紙の束が握られており、今回の案件に関する内容のようだ。
「近くの採掘場で魔物が発生しました。その討伐に今から向かいます」
シエルの予想通り。魔物の討伐だった。
「怪我人は?」
「作業中の者が数名。今は近くの村に避難しているそうです」
「そう。でも、セイナを呼び出すと言うことは、三番隊を動かすの? 少しやり過ぎじゃない?」
シエルの問いに、セイナは「まだ部下に黙っていてほしいのですが」と念押しした。
「実は魔物が凶暴化しているらしく、魔素の濃度が上がっている可能性があるそうです」
「最悪ね……」
シエルが呟き、表情が険しくなる。
魔素の濃度上昇。第二次人魔戦争は魔物たちが凶暴化し、魔物領から出て来ることで勃発した。
その魔物たちが凶暴化した原因が、過剰な魔素の吸収である。
何らかの原因がその地域一帯の魔素の濃度を上昇させ、供給量を飛躍的に増大させると、それを吸収した魔物たちは凶暴化する。
対策としては魔素を増大させている原因を直接排除するしかない。
つまり、今回の魔物討伐は下手をすれば、魔物侵攻の原因になりかねないと言うことだ。
「現場に行かなければ分かりません。しかし、最悪の場合は『原因』を排除する必要があるので、隊を動かすとのことです」
「急がないとね。あんたも頑張るのよ」
シエルにビシッと指を差され、自信なく答えた。
「善処します……」
「私と訓練しているんだ。大丈夫、自信を持て」
セイナのその自信を分けて欲しいよ。
かなりの不安と、自分がどれぐらい出来るのか少しの期待を胸に、僕は二人の後に続いて部屋を出た。
王都より遠く離れた場所。
ネニヴァスの南部に広がる広大な森林地帯。通称『鬼火の森』と呼ばれる、魔物領に次ぐ高位魔物たちの巣窟を見下ろす一人の男。
長く伸びた黒髪を後ろで束ね、黒い瞳で眼下に広がる森を眺める。
耳をすませば、風の音に混じって魔物たちの叫び声が聞こえた。
数か月前感じた魔力の揺れ。
鬼火の森を歩いている時に感じたその揺れは、今まで感じたことの無い『感覚』だった。
揺れの原因は察しがついている。
「俺と同じ異界人か……」
ボソッ呟く。
この世界に召喚され舞い降りた男の脳裏に、10年前の記憶がよみがえる。
『蒼い女神』と呼ばれる王女に呼ばれ、血の匂い、人の悲鳴、魔物の叫び声が木霊する戦場で戦った記憶。
血にまみれた記憶の片隅で、いつも人々を癒していた蒼髪の少女。
懐かしい。本当に懐かしい。
新しい異界人はどんな道を辿るだろうか?
自分と同じ道を辿るのだろうか?
「アリッサ……お前の妹が召喚魔法に成功したようだ」
今は亡き『蒼い女神』の名前。
自分が愛した女性の名前。
かつて『黒の勇者』と呼ばれた男の声は、誰にも届かず空へと消えた。
この手で殺した……アリッサの瞳と同じ澄んだ蒼空へと。