第5話 二つの禁忌
シエルが授業をする教室までの移動中、ネセリンさんはこの世界の魔術系の魔法に関する基礎を色々と教えてくれた。
ある程度は本で読んでいたので、その確認と言ってもいい。
まず属性は「火」・「水」・「風」・「土」・「雷」の五種類が基本で、他には「闇」・「光」の二種類がある。
基本属性の五種類はそれぞれに優劣関係がある、『火は水に弱い』などがそれにあたり、同じ規模の魔法をぶつければ劣勢の属性魔法を消し去ることも容易だとか。
そして、10年前の『第二次人魔戦争』以降から新しく開発されたのが「闇」と「光」属性の魔法で、シエルが使っていた医療魔法は「光」に分類されるらしい。
理由は『蒼い女神』が使用していた『再生魔法』がベースとなっており、それをある程度の腕を持つ魔術師が使用可能に術式を簡略化したのもが、現在使われている医療魔法になるらしい。
前の世界で言う特許的なモノに似ていると、勝手にそう思った。
そして、一番驚いたのが、「闇」属性の魔法は『黒の勇者』が使用していた魔法がベースとなって開発されたと言うこと。
昔はネセリンさんも今の旦那さんと共に騎士団に所属していたらしく、その時に『黒の勇者』と一緒に戦った経験がある。
その時、当時まだ勇者として覚醒して間もなかった『黒の勇者』に発現した魔法は、この世界では未知の魔法だったらしく、その魔法に似せて開発されたのが「闇」属性の魔法である。
ここで一つ気になることが出てきた。
「術式を真似すれば、『黒の勇者』の魔法は完全に再現できるのではありませんか?」
魔法それぞれに与えられた術式。その魔法の構造自体を示す物でもあるため、術式の開示は魔法自体を無条件に相手に渡すことに等しい。
特に強力な魔法などを開発すると、その魔法の術式は『自国の技術』として大切に管理される。
同じ術式を用いれば、同じ魔法が自国に向けられるからだ。
「確かに理論上はそうのです。ですが理由は分かりませんが、『黒の勇者』の魔法には術式が存在していませんでした。魔法発動に関するスイッチがあるだけで、後は何もありません」
術式が存在しない魔法。本にやんわりと『机上の空論』として書かれていたような気がする。
本来、術式を持つ魔法には流せる魔力の限界値は決まっている。過剰な魔力は術式と言う名の回路を破壊し、リバウンドと呼ばれる魔力の虚脱状態を引き起こしてしまうからだ。
しかし、術式を持たずに発動できる魔法があれば、好きなだけ魔力を流せるので規模や威力を自由に設定できる。
しかも術式を持たないので、他の人には使えない唯一無二の魔法になると。
「今ではそうした特殊な魔法のことを『固有魔法』と呼んでいます。『蒼い女神』様が使用していた『再生魔法』もそれに分類されています」
「術式が無かったのですか?」
「再現不可能な術式の部分があったんです。それを強引に再現して、簡略化したものが今の『医療魔法』です。もちろん、再現率は100%とはなりませんでした」
固有魔法などと言うそれっぽい名前がついているが、ようはただのチートだと言うことだ。
大戦を終わらせた二人の英雄が持つ、圧倒的な『力』はこの世界でも特別らしい。
今ではその『固有魔法』が二人に発現した理由を研究中で、それが分かればこの世界の魔法はさらに進歩すると言われているそうだ。
どの世界でも新しい技術の開発は重要なんだな。
「着きましたよ」
ネセリンが生徒に聞こえない程度の大きさでそう言った。
二人で生徒の邪魔にならないよう、教室の後ろからこっそり授業を見学する。
シエルが黒板的な板に人差し指を滑らすと、指の通った個所に白い字が浮かぶ。
ネセリンさんに聞くと、あの黒板は魔力で字が書ける魔具だそうだ。
便利な道具もあるんだなぁと勝手に感心していると、シエルが字を書き終えて黒板をバンと掌で叩いた。
どうやら、気合の入り方が尋常ではないらしい。
「いい。今日の授業はこれよ!」
そこに書かれていたのは『禁忌』とでっかく二文字。
本で書いてあったような気がする。
確か、『生命を核にした魔具の開発』と『人体より生成された魔素の吸収』だった。
シエルの説明を聞きながら、本で読んだ自分の記憶を思い出す。
この世界の魔具は魔力を含む、魔法石を核にして作られており動いている。
前の世界で言うバッテリー的な役割をしていると言ってもいいだろう。
その核に魔法石ではなく、高い魔力を有する人間、もしくはエルフやドワーフと言った亜人を使い、半永久的に性能の高い魔具を使い続ける。
これが人道的観点から禁忌とされた『生命を核にした魔具の開発』の内容だ。
そしてその昔、魔術系の魔法に関して、とある優秀な一族がいたらしく、優秀ゆえにその道を踏み外してしまった。
その一族が作ったもう一つの禁忌が『人体より生成された魔素の吸収』だ。
魔素とは大気中に微量に含まれる物質で、優秀な魔術師が死んだ時にこれが人体より目に見える形で生成されることがある。
それを取り込めば、魔法に関する力を飛躍的に高めることが出来る。
力を欲するがゆえに人を殺すことなど、あってはならないと禁忌とされ、その一族は迫害されたそうだ。
今は『呪われた一族』と呼称されており、赤い髪・赤い瞳を持つこと以外、全てが謎に包まれている。
何処かで今もまだその末裔たちが生きているとも噂されているが、詳細は誰も分からない。
ゆえにこの禁忌には謎も多く、『能力変換効率』の問題があるそうだ。
この内容は横に居るネセリンさんが、シエルの授業を見て「実は……」と言って教えてくれた。
飛躍的な力を得るこの禁忌は、同じ大きさの魔素を吸収しても人によって力の伸び方が違うらしく、『ある条件』でその伸び方が決定するが、それが今現在不明である。
禁忌であるがゆえに、研究も進んでおらず完全に謎に包まれている。
裏ではその謎を明かすために、『呪われた一族』を探し求めている連中もいるとか。
物騒な世界だ。ふとそんなことを思った。
「あ、ネセリン校長だ」
教室から一人の生徒の声。その声につられて、生徒たちの視線が僕とネセリンさんに集まる。
授業を途中で中断させられ、シエルの顔は少し不満そうだ。
隣のネセリンさんが会釈したので、同じように頭を下げる。
「その人、だれー?」
一人の生徒が僕を指さして言う。
生徒の注目を集めてしまい、アタフタしているとシエルが通る声で言った。
「あたしが召喚した異界人よ」
その言葉を聞いた生徒たちから歓声が沸き上がり、みんな席を立って廊下へと出て来る。
僕の周りを囲んで、身体を触ったり興味の視線を投げつけてくる。
こ、怖い! 僕何か悪いことした!?
助けを求めてネセリンさんを見ても、生徒たちの勢いに巻き込まれてオロオロしている。
シエルは呆れたようにため息を零し、生徒たちに指示を出す。
「今からそいつに質問する時間取るから、教室に戻りなさい!」
この一言で生徒たちは「はーい」と返事して、教室へと戻っていく。
素直でいい子たちである、そしてシエルは思った以上にちゃんと先生をしているようだ。
「入って来なさい」
シエルにそう言われ、校長であるネセリンさんに目で確認すると小さく頷かれる。
生徒たちはまだかまだかと僕を待っていた。
腹をくくるか……
緊張しすぎて朝に食べたものが出てきそうだ。
そんな事を思いながら教室に前から入り、シエルの横に立つ。
一瞬、前の世界での教室風景が頭に浮かぶ。懐かしいなと思うがそんなことはすぐに忘れる。
「シエル様に召喚されたってことは、お兄さんは勇者なんですか!?」
などと言う唐突な質問が飛んできたからである。
どうやらこの子たちのイメージでは、『異界人=勇者』の図式が成り立っているらしい。
おそらく歴史の授業などで『黒の勇者』の話を聞いて、そうゆうイメージを抱いたんだろう。
残念ながらあんな英雄と比べられたら、僕なんてモブキャラすぎる。
かと言って、子供たちの希望を打ち砕いていいものか、そう悩んでいるとシエルが助け舟をだしてくれた。
「今は魔物の大侵攻が無いから、勇者を呼ぶ必要はないでしょ。だからこの人は勇者じゃないの」
質問した生徒が「なるほどー」と言って納得する。ふうっと息を吐いて一安心。
しかし、次の質問にまた胃が痛くなる。
「じゃあ、シエル様はなんで異界人を呼んだんですかー? 好きだからですか!?」
生徒から再び歓声。
「ヒューヒュー! 幸せになってくださいねー!」
「羨ましいよ、異界人のお兄さん!!」
「でも……なんか微妙じゃない?」
生徒たちからはそんな声が聞こえる。男子生徒は概ね祝福してくれているのに対して、女子生徒隊は顔を近づけ、最後のようなことをヒソヒソ話している。
自分が微妙なことくらい、一番分かっているよ……
しかし、自分よりも幼い生徒たちに言われるのはよりダメージが深い。
軽くへこみながら、なんて答えるのがいいのか考えているとシエルが先に叫んだ。
「な、なんであたしがこんな奴を好きで呼ぶのよ!」
そんなわけないと分かっていたけど、いざ本当に言われると精神的にくるものがある。
呼ばれてきたのに、どうして僕のメンタルはダメージを受けているのだろうか。
顔を赤くして生徒にいじられるシエルを見ながらそう思った。