第4話 魔道学院の校長
ストレニア王国にある『王立魔道学院』。王都に設立された魔術系の魔法を学ぶ学校であり、新しい魔法と武器の研究も行われている。
10年前の戦争終結と同時に、後世の魔術師育成を目的に設立されたその機関で、シエルは教鞭をとっているらしい。
「人に教えるくらい凄いんだ」と聞くと、魔術師の数は昔に比べれば増えてきたが全体的な数はまだまだ少ないらしい。
そのため、優秀な魔術師であるシエルは先生として学院でも重宝される存在だから、別にそこまで凄くないと返された。
「どうして魔術師の育成は難しいの?」
魔道学院までの道を隣で歩く、シエルに聞いた。魔道学院は城から少し離れた場所にあるため、一般人が使う道を歩いていかなければならない。
すれ違う人たちに王女と気づかれると、色々と声をかけられ面倒と言う理由で彼女は灰色の外套に付いたフードを被っている。
僕を召喚した時に身に着けていた蒼い色の外套は、王族専用の物なので逆に目立つ。
周囲にばれないようにお忍びする時は、いつも灰色の外套を使うそうだ。
そういう僕も、黒色の外套に付いたフードを被っている。理由は分からないが、シエルが「いいから被って」と言うので、何も言わず被ることにした。
口答えして、怒られるのだけは避けたい。これは防衛本能的レベルで僕の脳裏に刻み込まれている。
「魔術系の魔法を使うのには、才能に頼る部分が大きいからよ。『術式』にどれだけの魔力を流すかは、本人の感覚次第。努力でなんとかなるのは、ある程度の段階までよ」
シエルが僕の質問に答えてくれた。
この世界の魔術系の魔法には、『術式』と呼ばれる回路的なモノが存在する。
上位の魔法になればなるほど、その術式は複雑で流す魔力の操作が難しくなる。
魔力を流しすぎて、術式を破壊すれば必要以上に魔力を消費する『リバウンド』と呼ばれる状態に陥り、人によっては一定時間動けなくなるとか。
流しすぎてはダメ、かと言って必要量を複雑な術式に沿って流さなければ、魔法は発動しない。
この絶妙なさじ加減が、口で教えられるモノではなく、本人の感覚に頼る部分が大きいから育成には時間がかかる。
生まれ持った『才能』を磨くだけの『場所』それが魔道学院と言うわけだ。
「育つのが難しいのは分かってけど、数が少ないのはなんでだい? 10年の間だけど、魔術師の育成は行われていたんだろ?」
「……第二次人魔戦争の終盤。王都に直接魔物の大群が攻めてきた時があったの、『王都決戦』と呼ばれる大きな戦いで騎士団は半壊。多くの魔術師が死んだ。そのあと、学院で育成された魔術師も『魔物領』の警戒で戦いの場に出ることが多い。実戦経験のない魔術師は戦地ではすぐに死ぬ。だから、魔術師の数はいつも足りていないの」
今は魔物との戦争中ではない。だけど、魔物の侵攻にはいつも警戒しているから、『魔物領』と王国の境目では常に兵を配備して、『魔物領』から出て来る魔物に対処しているらしい。
ここまでは本に書いてあった。当然、魔法が使える魔術師もその場に赴くのだろう、しかし現実は甘くない。
実戦経験のない、魔道学院を出たばかりの魔術師は戦場では的になりやすく、魔物に襲われやすい。
結果、ただでさえ数が少ないのに、その数はさらに減り慢性的な人手不足に陥る。
戦争が終わっても、この世界は普段の生活で常に死が隣り合わせらしい。
「着いたわ」
シエルが巨大な門の前で立ち止まった。
「でか」
門の迫力に思わず呟く。石造りの門は威圧感を感じさせ、来る者を拒んでいるようなイメージがある。幅は馬車三台が並んでもいくらか余裕があるくらい広く、高さは僕が見上げなければならないほどに高い。
その門の両脇には鉄の全身鎧に身を包み、槍を手に持っている衛兵が二人ずつの計四人。
その後ろには、門を見張っている兵士や生徒たちが通る為であろう小さな鉄の扉がある。あんな大きな門を毎回開けていたら面倒だからだろう。
シエルが衛兵に近づき何か話している。一人が僕の方一目見て、シエルに頷いた。
どうやら僕を通していいかどうかの確認らしい。
「いいわよ。ついて来て」
シエルにそう言われ、小さな鉄の扉を潜る彼女を小走りで追いかけた。
中に入ると綺麗に整備された石の道が、二階建ての校舎まで伸びている。
木造の校舎の窓から、席に座り、熱心に勉強している生徒の姿が見えた。
結構本格的にやってるんだ。そんな感想を勝手に抱いた。
校舎に入り、歩くたびにギシギシ音の鳴る廊下を歩く。
勝手に教室へ連れていかれると思っていた僕は、重々しい雰囲気の漂う扉の前に連れてこられた。
「シエル……? ここ教室じゃないよね?」
「ええ。校長室よ」
いきなりトップとご対面ですか。
王国の魔術師育成の中枢である魔道学院の校長。魔法に長けていることは容易に想像がつく。
戦いの場に魔術師たちを送り込むこともあるんだ、きっと厳しい人に違いない。
怖い……何かあれば、魔法でぶっ飛ばされたりしないだろうか……
「無理だよ! いきなり校長だなんて、ハードルが高すぎるよ!」
「なに? ビビってるの?」
「当たり前だ! シエルには分からないと思うけど、偉い人に会うってのは緊張するんだよ!」
僕の言葉に彼女は何か思いついたのか、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「気を付けなさい。ここの校長は姉様に魔法を教えた師匠で、『最強魔術師』の異名を持ってるから」
「尚更ダメだよ!」
シエルがダメ押しの情報をこれでもかと教えて来る。
英雄の師匠とか、絶対に怖い! それに『最強魔術師』って名前からして怖い!
まだ見ぬ校長に完全に腰が引けている僕を余所に、シエルが扉に拳を近づける。
「待ってくれシエル! 早まるな!」
「うるさい」
僕の静止を振り切り、シエルが扉をノックした。
ダメだぁ! もうダメだぁ!
頭を抱えて、己の死期を悟る僕に聞こえてきたのは部屋の中で誰かが動く音。
バタバタと動いていると思った後に聞こえてきたのは、ガラガラと何かが崩れた音。
「あの人は全く……」
シエルはそう言って、眉間に片手を添えた。
どうやら、校長の部屋から慌ただしい音が聞こえるのは何時もの事らしい。
「ネセリン。入るわよ」
「え!? シエル様!? 今はマズいです! 部屋が!」
女性の声だった。勝手に厳つい男の人を想像していた僕には意外に思えた。
シエルが校長の言葉を無視して、ドアノブに手をかける。
扉を開けてまず目に飛び込んできたのは、床一面を覆い尽くす紙のたち。
足の踏み場がないとはこのことか……
「あ……どうぞ……お入りください」
そう言ったのは緑色の髪を持つ女性。左肩から垂らした髪が大人の雰囲気を引き立て、大きな二つの胸にはどんな夢が詰まっているのだろうとか、勝手に思う。
「はぁ……まずは、片付けからね」
シエルがため息交じりにそう言った。何故か僕まで手伝い、3人で紙を一枚一枚拾っていく。
時々、拾った紙に目を通すが魔道学院の運営に関することだろうか、何を書いてあるか僕にはさっぱりだった。
最後の紙をネセリンと呼ばれる校長の女性に差し出すと、消えるかと思うくらい小さな声で「ありがとうございます……」と言った。
片付いた部屋には本棚が三つ並べられおり、どの棚も本がギッシリ詰まっている。
ネセリンさんが使う机の上にも数冊の本が置かれおり、普段から読書量が豊富のようだ。
「あ! あたしもう授業の時間だから行くわ。あとは二人で話しといて」
シエルが慌ただしく部屋から去って行く。
彼女を見送った後、ネセリンさんと二人で顔を見合わせる。
初対面の人と部屋で二人きりにするのは、遠慮したかった。
「えっと……シンジ・アラキです」
自己紹介がまだだなと思い、ネセリンさんに名前を名乗る。
そう言えば、この世界では苗字と名前は反対だと、シエルが以前教えてくれた。
理由は分からないが「黒の勇者」は少なくとも、そう名乗っていたらしい。
「ま、魔道学院校長のネ、ネセリン・トバールトです! と、歳は37歳!」
「別に歳まで言わなくても……」
「ご、ごめんさない!」
ネセリンさんがもの凄い勢いで頭を下げる。
20代後半と言われても信じる美貌に免じて、どんなことをされても許してしまいそうだ。
「えっと、顔上げてください……ね」
「な、なんかすいません……初対面の人って……き、緊張しちゃって……」
ネセリンの緑色の目が宙に泳ぎ、震え声でそう言った。
勝手なイメージで体育会系の凄く怖い人を想像していのに、目の前で小さくなる彼女のギャップに笑いが出そうになる。
しかし、一応相手はこの魔道学院の最高責任者なのだ。笑うのは失礼だと思い、手で口元を隠す。
「なんか意外です。『最強魔術師』と言われ、『蒼い女神』の師匠と聞いていたので、もっと怖い人だと勝手に思っていました」
「最強だなんて……昔から魔法が好きでのめり込んでいただけです……それに『蒼い女神』様はとても優秀な人だったので、私が教えたことなんてホンの一部です」
小柄なネセリンさんの身体がさらに小さくなる。
自己紹介をお互いに終えた所で何を話したらいいのか分からなくなる。
決して僕のコミュニケーション能力は高い方ではないので、初対面の人との会話は長く続かない。
普通、こうゆうときは仲介してくる人がいるもんだけど……本来その役目をするはずのシエルは教室へと行ってしまった。
「あ、あの……もしよかったら、シエル様の授業風景、見に行きますか?」
会話の話題に困っていた僕には、願ってもない提案だった。