エピローグ
レイトは目の前の光景にただ驚いた。
何所まで広がっているのか分からない純白の空間。
足元も左右も真っ白な場所は距離感が曖昧になりそうだ。
「来ちゃったんですね」
懐かしい声だ。それが最初に浮かんだ言葉。
もう二度と聞くことがないと思っていたあの人の声。
振り返ると、『あの日』と変わらぬ姿で彼女は居た。
腰まで伸びた蒼い髪と大好きだった蒼い瞳。
懐かしい姿に、溢れて来る感情を抑え、ツンと鼻が痛くなる。
彼女はゆっくりと自分に近づいて来た。
そして、彼女の白い右手が顔に添えられる。
柔らかい感触。
彼女の手から伝わる温もりは、生前のそれと同じだった。
自分も彼女も死んだはずなのにどうして温もりが伝わるのか。
普通だったらありえないが、今はそんなことどうでもよかった。
「私の大好きなレイトさんのままで安心しました。あ、でもオジサンになっていても、私は大丈夫ですよ」
ニッコリと笑う彼女を力のままに抱きしめた。
両腕に力を入れ、彼女の細い身体をキツク抱いた。
もう2度と離さないように、遠くへ行かないように。
「レイトさんっ、苦しいですっ」
腕の中で彼女がもがいている。
少しだけ力を緩めた。そして、20年間言えなかった言葉を言う。
「ごめん………俺は君を……」
ずっと後悔していた。
彼女を殺したことを、勇者の役目を引き受けてしまったこと全てを。
溢れた感情が頬を伝い、白い床へと落ちる。
「レイトさん……離してくれますか?」
彼女に言われたとおり、レイトは手を解いた。
再び至近距離で向き合う。大の男が泣いているなど恥ずかしいとか思っていると、彼女が涙を拭ってくれた。
「謝らないといけないのは私の方です……あなたに全てを背負わせてしまった。本来ならば自分が背負うべき罰も重荷も全部……」
「でも、俺の力不足で君を死なせた。本来なら君は生きるべき人だった。俺のような人殺しではなくて……君が……!」
顔を歪めるレイトを諭すように、アリッサは優しく手を取り、両手で包んだ。
「確かに事実を聞けば、人はあなたを勇者とは呼ばないかもしれません。だけど、レイトさんが多くの人を救ったことも事実です」
「その分、多くの人を殺した。多くの人を死なせた。救えなかった人も大勢いた」
レイトは顔を伏せた。本当なら自分に、彼女に愛される資格などない。
アリッサの命を奪ったのは他でもない自分なのだ。
「ねぇ、レイトさん。顔を上げてください」
レイトは顔をゆっくり上げる。
直視するには辛すぎ蒼い瞳が向けられると知っていても。
「私もあなたに全てを押し付けたことを後悔していました。レイトさんがもっと、酷くて残虐な人なら愛することもなかった。父の言う通り、あなたが死んで当然の酷い人なら苦しまずにすんだって」
「何が言いたいんだ……? 俺は君を殺した。どんな理由があればその事実だけは変わらない」
「もういいじゃないですか。苦しまなくても」
驚くほど晴れやかな笑顔。
レイトは心の雪が解けていくのをハッキリと感じた。
「私たちがしたことをもう過去なんです。あなたは十分に苦しんだ……終わった事で自分を責めるのはやめて下さい」
「アリッサ……」
自分は苦しむことで何処かで許して欲しいと思っていたのかもしれない。
こんなに苦しんでいるから、許してくれと。
本当ならイェノムを殺した後は死ぬつもりだった。
死んで罰を受けるつもりだった。
それをシエルは許さなかった。
ある意味で生きるよりも残酷な罰を彼女は自分に与えた。
だから、今度は許されることを心のどこかで避け続けていたのかもしれない。
許される訳にはいかない。罪を背負うしかないと。
そんな重荷もアリッサの顔を見ているとスッと降りてしまう。
彼女の言う通り、もう自分は過去の人物なのだ。
シンジとシエルを導いてほしいとアリッサに懇願され、その役を全うした。
今度はあの二人が次の世代を導く番だ。
自分の役目は終わった。あとは静かに眠るだけである。
「それに……こうして会えたのに泣かれるとショックです。もっと嬉しそうな顔してくださいっ」
アリッサが口を尖らせるのは久しぶりに見る。
いや、彼女の仕草や声。その全てが久し振りで、ずっと待ち望んでいたものだ。
そう思うと自然に口元が緩んだ。
「やっと笑ってくれました」
「もう勇者の仮面を被らなくていいと思うと気楽だなって」
「そうですよ。だから、レイトさんの前の世界の話を聞きたいです」
「あれ? 話したこと無かったっけ?」
「はい。あまり聞いたことありません。もちろん、女性関係も含め全て……ね?」
ニコッと微笑む彼女の背後から黒い何かが見える。
レイトは慎重に言葉を選ぶ。死んだ後に自分の身を心配することになるとは流石に予想外だった。
「そうだな……何から話そうか」
「時間はたっぷりあります! 全部話してくださいね!」
アリッサはレイトの腕に自分の腕をからめる。レイトは照れくさそうに頬を掻いた。
誰もない。何者も邪魔しないその純白の空間は、いつまでも二人の楽しそうな話し声だけが響いていた。




